近距離恋愛
「そーいえば、さ」
今日もフランスのバカは俺の家にやってきて、自分の指定席と言わんばかりに広いソファに足を伸ばして腰掛け、ここに来る途中で買ってきたらしい雑誌を捲っていた。
用件らしい用件もないのに、頻繁にわざわざ海を越えて俺の家を訪ねてくるこいつは、一体どれだけ暇人なんだろうか。
今日だって朝から来て、仕事が忙しいから帰れと言ったのにも関わらず、 仕事の邪魔はしないし、あとでご飯も作ってやるから と、勝手に部屋に上がり込んできた。
こいつが用もないのに姿を見せるときは、仕事にせよ刺繍にせよ何にせよ、とにかく俺のやることを邪魔しに来たというのが当たり前の認識だったのだが、今日は余計なちょっかいも出さないし言った通り本当に大人しくしていて、時折俺が仕事をしている様を眺めながら持参してきた雑誌を静かに読んでいる。
そのフランスが、唐突に壁に掛かっていたカレンダーを見て、言った。
「今日で何回目だっけ」
「…………何が」
「んー…? なんだと思う?」
「……………」
によによ笑って言ったフランスを見て、 ああ、やっぱりそうか と俺は奴から目線を外した。
フランスは今日は用がないのに訪ねてきたわけじゃない。
奴の問いが何のことを指しているのか、本当はすぐにわかったけれど、即答するのは何故か少し気恥ずかしくて目線を逸らしてわざと聞き返した。
簡単に言うと、今日はいわゆる記念日なのだ。
記念というにはちょっと違うような気がするが、とにかく俺たちにとって結構大きな意味がある日だ。
とは言え、今さら記念日がどうのこうのと盛り上がるような間柄でもない。
俺も、フランスも。
だけど…………今日だけは特別なんだ。
105年前の今日は、俺とフランスの新しい関係が始まった日なのだから。
「もう百年以上経つんだなー。戦ってた年月が長すぎて、当時はこんな協商一つでそう簡単にお前との関係が変わるもんかよって思ってたけど、あれ以来お前がいきなり優しくなるからびっくりした」
まー優しいって言っても前と比べてほんの少しだけどな、とからかうような口調で付け足され、俺は手に持っていたボールペンをフランスの頭に命中させた。
なにすんだよ痛えな、と不満そうに言うわりに、落ちたペンを拾うフランスの表情は穏やかなままだ。
拾い上げたペンを指先で器用にくるくると回し、雑誌を閉じて手にしていたペンと一緒にローテーブルに放って身を起こす。
「…ねえ、こっち来てよ。ずっと書類と睨めっこしてんじゃん、少し休憩したら?」
奴は座っていたソファから足を下ろし隣のスペースを開けると、薄く微笑って手招きをする。
仕事の邪魔しないんじゃなかったのかよ、と思いつつ、これは休憩だ、朝から机に向かいっぱなしで疲れてただけで、別にフランスに言われたからってわけじゃねえからな! と心の中でぶつぶつ言いながら席を立った。
素直に隣に腰掛けた俺を見つめて、フランスの奴が嬉しそうにだらしなく表情を緩ませて笑うもんだから、急に恥ずかしくなってわざとらしく大きな溜息を吐く。
それでも多分、そんな俺の態度は照れ隠しだとわかっているのだろうフランスは、気安く俺の肩に腕を回して言った。
「お前とケンカするのもいいけどさぁ、そればっかりじゃなくて、今日みたいにただ一緒にいられるのも悪くねえなってお兄さんは思うわけよ」
協商以来、フランスが俺の家を訪ねてくる頻度はだいぶ上がった。
一緒に過ごす時間が増えたせいか、互いのことを知っているようでいて、知らなかったこともたくさんあったのだと、今でも初めて見る一面に驚くことがある。
それを知ることが出来たのは、俺にとっても奴にとってもきっと悪いことじゃない。
少なくとも、俺にはそうだ。
そうでなかったら、…こいつのことをこんなに好きだと思うわけがないんだ。
「イギリスのことなら性格も行動パターンも千年前からお見通しだと思ってたけど、こうやって一緒にいると結構新しい発見があるんだよなぁ」
例えば、とフランスはそこで言葉を切って、俺の肩に回した腕に少しだけ力を込める。
触れられたところが熱く感じて心音が早まるが、その手を払ったりはせず、目線だけフランスに向け黙って続く言葉を待った。
するとふいに奴の顔が眼前に近づき、至近距離で目が合うとフランスは薄く笑って空いた手で俺の頬を撫でる。
キスをされるのだと思って咄嗟に瞼を閉じるが、唇に触れたのはおかしそうに吹き出したフランスの吐息だけだった。
「……? な、なんだよ?!」
予想と違うフランスの反応を不思議に思って目を開けると、奴は僅かに目元を赤く染めていやらしい笑みを浮かべている。
「お前さー、俺が顔近付けるといっつも目閉じるよな」
「はぁ?! それはお前が、…」
キスしようとしたんじゃねえか、と言いかけたとき、フランスはニヨニヨ笑って続けた。
「俺は今、まぁ今に限ったことじゃねえけど、キスしようと思ったわけじゃないのに、お前いつもそうやってして欲しそうに目を閉じるんだぜ。気付いてたか?」
「っ…、今のは違う! そんなつもりじゃねえよばか!」
思わず否定してしまったが、言われて初めて、そういえばそうかもしれないと気が付いた。
フランスとキスするのは好きだから、無意識にそういう行動をしていたものらしい。
ああ、くそ、こいつの方こそそんなつもりじゃないのに、俺がして欲しそうに目を閉じたりなんかしてるから、望む通りに毎回キスしてくれてたってわけか。
どおりでキスした後のフランスは異常に機嫌がいいわけだ………でもそんな恥ずかしいことしてんのは俺だけじゃねえだろ!
「お、お前こそ俺から触ると、いつも泣きそうなエロい顔してんじゃねえかっ! 自分から俺に触るときは無駄に余裕あるくせによ!」
「なんだそれそんな顔してねえよ! ……多分」
自信なさげに語尾が勢いをなくしたことで、こいつも俺と同じで、言われて初めてそうかもしれないと気付いたんだろう。
目元から朱が散って、フランスは赤く染まった頬を隠すように片手で顔を覆った。
「してねえって言い張るなら、今度デジカメででも撮ってやろうか?!」
「ちょ、勘弁してくれよ、それなんのプレイ?! しょうがねえだろ、お前に触られるとすげえ興奮するんだもん。ってかそれはお前も同じだろ、理性がトンでわけわかんなくなると何回も俺のこと好きだって言って縋り付い」
「いいいいいい言ってねええええええ!!!!!!!!! てめえなにデタラメ言ってんだ死にてえのか?! そうなんだろ?!!」
話の途中で奴の長い髪を掴んで思い切り引っ張ると、 痛いやめてはげるからマジで!!! と裏返った声が聞こえたが、無視してそのまま強く髪を引いた。
…確かにやってるとき、最後の方は自分が何を口走っているのかわからなくなるときがあるので、多分、フランスの言うことはデタラメではないのだろう。
デジカメはいい案だと思ったが、フランスのエロい顔だけならともかく、何かの間違いで俺の好きだとかなんとかいう科白も(いや俺は言った覚えはこれっぽっちもない、ないったらない)入ってしまうかもしれないし、もしそんなものがデータに残ったら、それをネタにこの先ずっとからかわれるに違いない。
いやいやいや言った覚えはないけどな俺は、と思いながらちら、とフランスに目線を向けると、奴が涙目になっていたので掴んでいた髪を放してやった。
他の誰よりも付き合いが長い相手なのに、未だにこんなふうに自分でも気が付いてない、お互いしか知らない部分があって、そういう新しい一面を見るたびに俺はフランスのことをもっともっともっと知りたくなる。
知りたいと思う欲求に底はないのだと思う。
そして知れば知るほど、俺の中にフランスの存在が深く刻みつけられて、不思議とそれを心地良く感じてもいた。
「……で、さっきから何が言いたいんだよ、てめえは」
「だからー、……105年前の今日がなかったら、俺たち今こうして一緒にいなかったかもしれないじゃない?」
「…………」
そんなことはない、と思う。
昔からこのバカが気に食わなくて、大嫌いで、こいつさえぶん殴れればそれで良くて、……でも結局離れられずにずっと一緒にいたのだ。
戦時中だって嫌と言うほど戦場で顔を合わせたし、直接刃を交えたことだって少なくなかったが、俺とフランスの間に決定的な亀裂が入ることはなかった。
戦いが落ち着いているときは、今日みたいに気まぐれにふらりと俺の家を訪ねてきては仕事の邪魔をして、それから美味い食事を作って帰っていく。
もちろんその頃は今みたいな……恋人同士みたいな付き合いなんかなかったけど、その短い時間は酷く温かで心地良いものだった。
ともかく、散々繰り返した戦いが協商を結んだことで意外にもすんなりと途絶えたのも、その頃にはフランスと戦うことに何の意味も見いだせなくなっていたからでもある。
協商はきっかけに過ぎない。
それを言い訳に、俺が少しだけ、フランスに対する本当の気持ちを晒すことが出来るようになったきっかけだ。
俺はフランスの膝の上に頭を乗せ、ソファに横になると奴の指先がそっと髪の毛を撫でる。
「どうしたよ、眠くなった?」
「……ん…少し寝る」
朝から山積みの書類と格闘して疲れたのは事実なので、俺は奴の膝の上に頭を乗せたまま、ゆっくりと目を閉じた。
「寝るならベッドに連れてってやろうか?」
「…ここでいい。一時間経ったら起こせよ」
「はいはい、おやすみ」
優しく髪の毛を撫でてくれるフランスの指の感触は気持ち良くて、委ねた意識はすぐに薄れていく。
目が覚めたらフランスが作る料理を食べて、随分前から今日のために密かに用意しておいた贈り物を渡すのだ。
驚くだろうか、それとも喜ぶだろうか……、俺はフランスの反応を楽しみに思いながら眠りについた。
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仏英は 一億と二千年あとも愛してる を地でいってほしい。