未来は僕らの手の中/04


初日の研修はすっかり陽が落ち、窓の外が夕闇に包まれた頃にようやく終わった。
研修の後はすぐに夕食の時間になり、みんなそろって食堂へと向かう。

「ようフランス、なんでお前俺たちと一緒の部屋にしなかったんだよ」

いやに馴れ馴れしく肩を組んできたのはプロイセンだ。

「あー、だって生徒会長が俺たち集まるとうるさいからだめだって」

目線だけでイギリスの姿を探しながら答えると、プロイセンは 「お前も大変だよなぁ、こんなときまでイギリスと一緒なのかよ」 と顔をしかめている。
適当にプロイセンの話を聞き流しながら食堂の中を見回し、窓際の一番角の席にイギリスが座っているのを見つけたフランスは、によ、と表情をゆるませてそちらに向かって歩き出す。
するといきなり横から強く腕を引っ張られた。

「お、あっちの席空いてるぜ」

「えっ、ちょ、俺は…」

「なにぼやぼやしてんだ、早く行かねえと取られるぜ!」

そのままプロイセンに腕を引かれて、彼と一緒に食事をとることになってしまった。
本当はイギリスのところに行きたかったが、混み合う食堂内は多くの生徒で溢れていたためイギリスの近くの席もあっというまに埋まっていた。
これでは仕方がない、と嘆息し、フランスはプロイセンと二人並んで腰掛け、夕食を食べ始める。
パスタにスープにサラダという可もなく不可もなくなメニューで、見た目はぱっとしなかったが意外と味は悪くなかった。

「あれ、スペインたちは?」

フランスの問いに、プロイセンは拗ねた口調で答える。

「さぁなー、どうせロマーノと二人でメシ食ってんだろーよ」

デレデレに甘い顔をしてロマーノの世話を焼くスペインを想像して、フランスはつい笑ってしまった。
懐かないだの可愛げないだの言いながら、なんだかんだでロマーノを溺愛している。
そんな二人を見ているとなんとも微笑ましい気分になるが、スペインがロマーノばかり構うからせっかく三人一緒の部屋なのにプロイセンは一人ぼっちらしい。
だからって俺に絡まなくてもいいのに、ドイツとかいるじゃん、……と思ったらドイツもイタリアや日本と一緒だし、ハンガリーもオーストリアにぴったり寄り添っていて、とても入っていける雰囲気ではない。
本当はイギリスと一緒にご飯を食べたかったがこのあと部屋で二人きりでいられるのだし、たまにはこの不憫な友人に付き合ってやるのもいいだろう。
世間話やら研修の話やら、食事中に話すことでもないような下世話な話をしたりしながら食事を済ませると、食堂でプロイセンと別れて部屋に戻った。

部屋の中にイギリスの姿はなく、まだ戻ってきてないのかな、とフランスは小さく首を傾げる。
明日もホールで研修があるので資料の準備などをしているのかもしれない。
そういう簡単な雑用は大抵セーシェルの仕事だ。
自分が呼ばれていないのは彼女に任せているからだろうと思ったが、仮にもフランスは副会長であるし今日は遅刻をしてイギリスを怒らせたばかりか、アメリカにも迷惑をかけてしまった。
その埋め合わせくらいはちゃんとしないとなぁ、と彼の仕事を手伝うつもりでフランスはイギリスを探し始める。
しかしホール、食堂、アメリカたちの部屋と心当たりの場所はすべて回ったというのに、どこにも彼の姿は見あたらない。
仕方なく一度部屋に戻ってみたが、そこにもイギリスはいなかった。

「どこ行ったんだ、あいつ…」

困ったように独り言を漏らしたフランスは彼を探すのを諦めて、部屋に戻ってくるのを大人しく待つことにした。
仕事の埋め合わせはまた別件ですればいいだろう。
自分の寝床である二段ベッドの上にのぼり、しばらく持参してきた雑誌を読んでいた。
興味のない記事まであらかた読み終えた頃には、フランスが部屋に戻ってから一時間ほども経っていたが、明日も早いというのに一体どこで何をしているのか、まだイギリスが戻ってくる気配はない。
いつまでもこうして待っていても埒が明かないので先に風呂に入ることにして、フランスは鞄からタオルと着替えを取り出し浴場へ向かった。
浴場へ続く通路の途中、ホールから聞き慣れた声が聞こえて足を止めると、アメリカとイギリスが机に広げた紙面の前で何やら話し合っているのが見えた。
なんださっき探しにきたときはいなかったのに、と思いながらホールの中を覗き込む。
おそらく明日の研修の打ち合わせなのだろうが、副会長の自分を差し置いてなぜアメリカなのかと、普段仕事をしなかったり真面目に研修に参加しなかったりな自分を棚に上げ、面白くない気分でほんの少しだけホールの扉を開けて二人の様子を窺う。

「そういえば君、結局フランスと同室にしたんだね」

思わぬところでアメリカの口から自分の名前が出たことで、フランスはとっさに身を隠すようにして壁に張り付いた。

「ん、…まぁな。…あいつがどうしてもっていうから仕方なくだけどな!」

おいおい、俺がいつどうしてもなんて言ったんだ、とフランスは呆れたが、ひとまず黙って二人の様子を窺うことにする。

「どうしても? へえ、フランスも物好きだなぁ、俺だったらイギリスと同室なんて絶対お断りだよ」

肩をすくめて実に嫌そうに言ったアメリカに、イギリスはどん、と乱暴にテーブルを叩いて声を荒げる。

「うるせえなっ、昔はお前の方が俺と一緒に寝たがってたじゃねえか!」

「もー、またそんな昔の話かい? 相変わらず粘着質だな、君は」

呆れた口調のアメリカに、イギリスはそっぽを向いて少し間を開けてぽつりと言った。

「おい、……あいつに部屋割りのことなにか聞かれたら、俺がお前らと同室になりたがってたけど断ったって言っとけよ」

「ん? なんでだい?」

イギリスの言葉にアメリカは不可解そうに眉をひそめる。
そしてそれはフランスも同じだった。
イギリスだけは僅かに目元を赤く染めて、腕を組んで偉そうに答える。

「や、…その、あいつにはお前らに断られたから、仕方なく同室にしたって言ってあるんだよ。そ、そういう理由でもつけないと、あのバカいちいちうるさいからな! とにかくそういうことだ、余計なことは言うなよ!」

アメリカは 「相変わらずめんどくさい関係だなぁ」 と苦笑したが、妙に歯切れの悪いイギリスの言葉を聞いてフランスは耳を疑った。
宿泊所についたばかりのときは、フランスと同室であることをまるで望んでいないような素振りをしていたくせに、イギリスの意志で同室にしたとは思わなかった。
無駄にプライドの高い彼のことだから、自分から同室を希望したなどとフランスには言えなかったのだろうが、それにしても素直じゃないにもほどがある。
これはいいことを聞いたな、とフランスの機嫌は一気に急上昇し、自分がこのことを知っているとわかったときのイギリスの反応がどんなものか今から楽しみだ。
我ながら現金なことだと思うが、イギリスの本意を知ればあれだけ苛立った彼の素っ気ない態度が、やけに可愛らしく思えたのだった。


**********


入浴を済ませ、フランスはいい気分で鼻歌を口ずさみながら浴場から戻ってくると、アメリカとの打ち合わせも済んだのか、ようやくイギリスが部屋に帰っていた。
けれども彼は早々と二段ベッドの下段に横になり、フランスが戻ってきたことにもまったくの無反応である。
バスでの長時間の移動や研修、明日の準備などで疲れているのはわかるが、今日はまだろくに会話も交わしていないのだ。
やっと二人きりになれたというのに、先に一人で寝てしまうなんてあまりにもつれない気がする。
フランスはベッドの脇に膝を付き、こちらに背を向けて眠っているイギリスにそっと声を掛けた。

「イギリスー…起きてるか?」

起きているなら聞こえないはずはない程度の音量で呼びかけたが、彼は返事をするどころか身動き一つしない。
反応のないイギリスに、何だ本当に寝てるのか、と落胆したけれど研修はまだ始まったばかりだ。
誰の目も気にすることなく一緒の部屋で夜を過ごせるのに、いちゃいちゃ出来ないのは残念だけれど疲れているところを無理に起こすこともない。
それに疲れているのはフランスも同じで、まだ少し早いが今日はもう眠ることにした。
二段ベッドではイギリスの寝顔を見ることもかなわないので、寝る前にちょっとだけ彼の顔を見ようとベッドの柵に身を乗り出す。
そうやってイギリスの顔を覗き込むと、閉じられた彼の瞼がヒクヒクと僅かに震えている。
…それが導き出す答えは一つだ。
どういうつもりか、イギリスは寝たふりをしているらしい。

「なーんだ、もう寝てんのかぁ」

普段通りの口調を装い空々しくそう言ったフランスの表情には、ニヨニヨといやらしい笑みが浮かんでいる。
本当に眠っているのならそのまま寝かせてやろうと思っていたが、自分の前で寝たふりをするなんていたずらして下さいと言っているようなものだ。
ぎし、とベッドに手をついて身をかがめイギリスの耳元に唇を寄せると、抱き合うときにしか聞かせることのない甘やかな声音で囁いた。

「イギリス……、あいしてるよ」

熱のこもった吐息で耳の皮膚をくすぐってやると、イギリスの肩が小さく揺れたがフランスはそれに気付かない振りをして、サラサラと流れる金髪に指を絡め梳くように撫でてやる。
少し癖のある柔らかい金糸を撫でながら耳の後ろや首筋に何度も口付けるうちに、久しぶりに触れたイギリスの肌の感触と体温と匂いに身体の芯が熱くなり軽い眩暈を覚える。
指に絡めたイギリスの髪は少し湿っていて、唇を寄せた肌からはボディソープの良い香りがした。
フランスが施設内を探し回ったり部屋で雑誌を読んでいる間、どこにもいないと思ったら先に風呂に入っていたらしい。
その甘い香りに誘われるように思わず皮膚に歯を立てたり舌で舐ったりと、フランスの理性のたがが外れかけたところでセクハラ紛いの行為に耐え兼ねたイギリスが、がば、と勢いよくベッドから起き上がった。

「っ、いい加減にしろ、この変態!」

フランスは振り上げられた拳をひょい、と避けて、白々しい口調で言う。

「あれー、起きてたんだ? なんだよ、寝たふりしてるなんて酷いんじゃないの、イギリス」

「うるさい、てめえが言うなっ! …どうせ起きてるって気付いてたんだろうが…!」

寝たふりがバレていたことに、イギリスはばつが悪そうに顔を背けた。
フランスはベッドの柵を乗り越え、彼の隣に腰掛ける。

「なんで寝たふりなんかしてたんだよ?」

「…別に…、なんかお前……研修のとき機嫌悪かったから…」

「あー…、それはイギリスが悪いんだぜ? ほんとは俺と同室になりたかったくせに、あんな可愛くない態度するからさー」

溜息混じりのフランスの言葉に、イギリスの顔が一瞬で朱に染まる。

「…! なっ、なんでそれ…、アメリカの奴、言うなって言ったのに…!」

「おーい、アメリカに濡れ衣着せるなよー。さっきホール通りかかったとき、お前らが話してるのをたまたま聞いたんだよ。それよりイギリス、何で俺と同室にしたのか、お兄さんそろそろお前の口からほんとの理由を訊きたいなぁ」

もう答えはわかっているけれど、やっぱりちゃんとイギリスの口から訊きたい。
ただ一言、そうしたかったからだと言ってくれれば、フランスはそれで満足なのだ。
それ以上の言葉は今は望まない。
しかしイギリスは困ったように眉尻を下げ、毛布の中に隠れるように潜り込んでしまう。
すると顔が隠れたことで多少羞恥心が薄れたのか、フランスが期待する以上の言葉が返ってきた。

「お前…つまんねーこといちいち聞くんじゃねえよ! ……寮じゃあんまり一緒に寝られねえし、…こういうときくらい……いいだろっ、文句あんのかよ?!」

「え…」

これはイギリスがフランスともっと一緒に寝たい、と思っているということなのだろうか。
日頃の言動からはとてもそんなふうに思っていたなんて想像もつかないが、彼はこの手の話でリップサービスが出来るような可愛い性格ではないし、そもそも一緒に寝る、ということは二人にとって言葉の通りの意味だけではなかった。
イギリスと同じベッドで寝るときは互いの肌に触れ合わない日はなかったし、それがたとえ研修中であろうとフランスにとっては例外ではない。
自分の方がより彼のことを好きなのだと思っていたけれど、今の言葉を聞く限りではそうでもなかったのかもしれない。
イギリスも同じ気持ちだったらしいと思うと嬉しくて、ゆるんだ頬はなかなか元に戻らなかった。

「イギリス。……それ、誘ってるようにしか聞こえないんだけど?」

言いながら顔を近付けていくとイギリスはほんの僅かに身を固くしたが、ベッドに横たわったまま逃げようとしない。
それどころか毛布から赤いままの顔を出し、寝返りを打ってこちらに向き直るとゆっくりと瞳を閉じた。
キスを待つようなその反応にフランスはそっと唇を重ね合わせ、手のひらでイギリスの頬を包むように撫でる。
研修の休憩時間にしたような触れるだけのキスではなく、今度は深く口付け口内を舌で探った。
口腔の粘膜をくすぐり舌を絡めて吸い上げ、貪るような長いキスにイギリスの頬がほんのり上気していく。
普段ならこんなところでフランスを誘うなんてありえないことなのに、先ほどの あいしてる という短い言葉だけでイギリスの理性は溶けてしまったのか、彼の全身は早くも熱を帯び始めていた。





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