メロウ/04


そうとわかっていても緊張してしまうのはどうしようもない。
ドキドキしながら返事を待っていると、フランスは考える素振りもなくはっきり答えた。

「え? やだよ、なんで一週間もこんなじめっとしたとこにいなきゃなんねえの」

やだよ、と即答したフランスに、それなりに勇気を出して言った言葉だけにイギリスは大きなショックを受け、頭を金づちででも殴られたかのような衝撃が走った。
……おかしい。
妖精たちの話ではあの秘薬を飲ませれば、彼は自分にめろめろになるはずではなかったのか。
確かにいつもに比べれば二人の間に少し甘い空気が流れているような気がしないでもないけれど、こういう反応は普段のフランスと全然変わりがないではないか。
秘薬の効果は間違いなく出ていると思うが、もしかして効果が薄いのだろうか。
やっぱり入れた量が少なかったのかな、と不安になって考えこんでいると、ふいに肩に腕を回されフランスの方に抱き寄せられた。
隣り合って座っているだけでも近いのに、さらに密着した身体に体温と心拍数がぐんぐん上がる。

「なっ、なんだよっ!」

「そんな残念そうな顔すんなよ。やだ、なんて冗談に決まってるだろ?」

ニヨニヨと人の悪い笑みを浮かべながらそう言われて、かぁっと頬が熱くなった。

「残念そうな顔なんかしてねえよっ! 勝手なこと言うな!」

そっぽを向いて声を上げたが、フランスはだらしなく表情をゆるませたままイギリスの肩を抱く腕に力を込める。
そして顎に手を添えて、背けた顔をそっと彼の方に向けさせられた。

「俺もお前と一緒にいたいし、ここに一週間泊まってやるよ。……でもイギリスからそんなふうに誘ってくれるなんてめずらしいな。なに、今デレ期なの?」

「ちげーよバカ! 調子に乗ってんじゃねえ!」

耳元に唇を寄せ吐息がかかる距離で、酷く嬉しそうな声音で囁かれたばかりか耳たぶに唇を押し付けられ、首をすくませると慌ててフランスの身体を肘で押し返した。
けれどもその手にはいつものように容赦なく殴り飛ばして拒否するほどの力は入っていなくて、本気の抵抗じゃないことは彼もすぐに気が付いただろう。
フランスは飽きもせずイギリスの髪や頬や耳に軽く触れるだけのキスを繰り返し、彼の唇の感触を皮膚に感じるたびにじわじわと身体が熱を帯びていく。
大人しくキスを受け入れていたからか、フランスは調子に乗って耳たぶにやんわりと噛み付いてきた。
その瞬間とうとう羞恥心が限界を超えてしまい、イギリスは密着していた彼の身体を両手で押し返して席を立つと 「紅茶のお代わりを淹れてくる!」 と慌ててキッチンに逃げた。
背後でフランスが笑う気配がしたのに気付いて、ますます頬が熱くなっていく。

ケトルでお湯を沸かしながら、彼のいるリビングの方が気になって仕方がない。
フランスは好意を持つ相手にはあんなふうに触れたりするのか、と初めて知る彼の一面に胸の鼓動は高鳴るばかりだ。
それはイギリスが想像していたのとは少し違ったけれど、このフランスの言動を見るかぎりでは秘薬の効果は十分すぎるほど出ているようだ。
さっきみたいにかわいがられるみたいな態度はなんともむず痒いが、ずっとこんなふうに甘やかしてもらえたらいいのにと心の中で思っていたので、恥ずかしいよりも嬉しい気持ちの方が大きい。
今日からの一週間はイギリスにとって、これ以上もなく幸せで特別な日々になるだろう。
一週間なんてこれまで自分たちが生きてきた年月に比べたら一瞬と言えるほんのわずかな時間だが、だからこそずっと胸の奥にしまっておけるような大切な思い出にしたかった。
そのためにはいつものようにつまらない意地を張ったりせずに、できるだけ自分の気持ちに正直になるべきなのだ。

頬や耳にキスをされたくらいでいちいち照れていてはとても一週間ももたないし、素直になれないまま秘薬の効果が切れて二人の関係がもとの腐れ縁に戻ったとき、二度とない機会だったのに恥ずかしがっていないでもっと甘えれば良かったと盛大に後悔するに違いない。
そもそも一週間で終わりになってしまわないように、フランスがこれから先も自分と本当に恋人になりたいと思うような七日間を送らなくてはならないのだ。
きっとイギリスは、通常の状態……妖精の秘薬が効いていない本来のフランスにとっては、付き合いたいと思う対象からもっとも遠い存在なのに違いない。
それならいつもどおりに接していてはだめだ。
今のフランスは秘薬のおかげで目が眩んでいるような状態だから、いつものかわいげないイギリスの態度にすら好意を示しているけれど、一週間後にはそんなふうには見てもらえなくなる。

一週間という短い時間でどれだけフランスの心に自分の存在を残せるかが鍵だ。
普段とは違う、彼が自分をかわいいとか恋人にしたいと思ってくれるような一面をたくさん見せなければ、七日後フランスのイギリスに対する気持ちは以前と変わることはないだろう。
夢のような一週間は、フランスにとっては本当に夢になって終わってしまう。
とはいえ、素直になるとか羞恥心は捨てて甘えてみるとか、言うのは簡単だが実際には難しいな、と深い溜息を吐いた。
それができれば最初から、顔を合わせればケンカばかり……なんて関係にはなっていない。

とにもかくにもいつまでもこうしてキッチンにこもっているわけにもいかないので、紅茶のお代わりをポットに淹れてリビングに戻ると、とりあえずフランスの隣に座ってみた。
いつもは向かい合って座るのがほとんどで、自分から彼の隣に座ることなんてなかった。
密着しない程度に間隔を開けて座ったものの、普段よりずっと近い距離に少しだけ緊張しながら紅茶を啜り、恋人同士ってどんな会話をするのだろうとぼんやり考える。
今まで恋人と呼べる親密な関係の相手がいたことのないイギリスには、恋人同士の付き合いというものがよくわからなかった。
そんなイギリスとは逆に、フランスは多くの相手と多くの恋愛を楽しんできたのだと思うし、今さら自分がちょっと素直になったくらいでそう簡単に彼の心が動くのか疑問だ。

千年掛けて積み重った互いの関係や感情が、たった七日間で変わるものなのか……自分にそれを変えられるのか自信がない。
どんな会話をすればフランスが楽しんでくれるのか、いろいろ考えてみても彼を陥れ入れたり困らせたりしたことは山ほどあれど、楽しませたり喜ばせたいと思ったことは一度もないのだ。
フランスが楽しいと思うような、気の利いた会話なんてわかるわけがないし、それがわかれば最初から妖精の秘薬を使う必要などない。
会話の糸口が掴めないままカップの中身ばかりが減っていき、フランスからも話しかけてこないのでなんとなく空気が重い気がする。
なんでもいいから何か彼の気を惹くようなことを言わなくては、と気がはやった。
いつもこの男があちこちで言っているような、好きとか愛してるとかそういうことを言えばいいのだろうか。
そこまで考えて、イギリスは眉間に深い皺を刻んで唇を噛む。

(……言えるか、そんなこと……こいつ相手に……!)

そんな甘ったるい科白、心の中で言うことはできても口にすることはできない。
まるで身体がその言葉を言うことを拒否しているかのようだ。
飽きもせずにケンカばかり繰り返して、本当の気持ちは長い間心の底に隠していたのだから、突然それを全部さらけ出して 「好きだ」 なんて言えない。
でも今のフランスなら、好きだという本心を告げても迷惑に思うどころかむしろ喜ぶはずで、これは今まで言えずにいた告白を好意的に受け取ってもらえるまたとないチャンスなのだ。
それなら思いきって言ってみようか、と彼の方に目線を向けるのと同時に指で頬をつつかれた。

「なにさっきから赤くなったり怖い顔したりしてんだよ? 変な奴だなぁ」

「う、うるさいばかっ、放っとけ!」

からかわれたことに頬が熱くなり、フランスの手を払うと腕を組んで思いきり顔を背ける。
すると 「もー、かわいくないな」 と苦笑混じりの彼の声が聞こえてはっとした。
素直になってかわいいと思ってもらえるようにしなければならないのに早速失敗してしまい、しまった、ととっさに口を閉じるが、フランスは眉尻を下げて困ったような表情でこちらを見つめている。
ついいつもの調子でかわいげのない返事をしてしまって、フランスの視線にいたたまれない気持ちになった。
彼にかわいいと思ってもらうには一体どんなふうに振る舞えばいいのだろう。

(……わかるかよ、そんなもん!)

かわいくないと言われ続けて千年だ。
頭ではわかっていても、急にかわいい態度になろうとしても無理に決まっている。
思うように甘える言葉が出てこないし、身体も動いてくれない。
初日からこんなんじゃ一週間なんて何もしないうちにあっという間に終わっちまう、ともどかしい気持ちで膝に置いた拳をぎゅっと強く握った。

「イギリス? どうかした?」

顔を背けたきり黙り込んでしまったせいか、フランスが心配そうに顔を覗き込んでくる。
こちらを見つめる青い瞳は柔らかく細められていて、酷く優しい笑みを浮かべていた。
そんな表情を見ていると、きゅうっと締め付けられるように胸が苦しくなる。
本当にこの男が、たった一週間素直な態度で接したくらいで自分に心を傾けてくれるのだろうか。
フランスは昔から美しいものやきれいなものが好きだし、世界のお兄さんだとか自分で抜かしているだけあって、頼りにされるのはまんざらでもない様子だ。
イタリアやアメリカ、カナダにモナコにセーシェルにと、かわいがっている国も大勢いる。
多分イギリスもフランスにとってはかわいがっている部類に入るのではないかと思うが、その中で一番かわいくないのが自分なのだろう。

そんなことはわかっているし、たとえ打算を含んだ言葉であっても 「フランスがいないとだめだ」 なんてイギリスにはとても言えそうにない。
そういうことをするっと自然に言える奴が少しだけ羨ましいと思う。
またも大きな溜息が零れ、両手で持ったカップの残り少なくなった中身を見つめていると、ゆらゆら揺れる琥珀色の紅茶に情けない顔をした自分が映っている。
その表情を見たらますます情けない気分になり、沈んでしまいそうな気持ちを奮い立たせて顔を上げた。
落ち込むのは一週間後、だめだったときに思いきり落ち込めばいいのだ。
今は自分にできる最大限のことをしなければ、とフランスに向き直ると、小さく咳払いをして問う。

「……お前、どういう奴が好みのタイプなんだ?」

そんなことを訊いたのは、フランスの好みは幅が広すぎて彼がどういう反応を好むのか、いまいちぼやけているからだ。
もう少しその範囲を絞って、たとえば好みのタイプとして具体的に他国の名前が挙がればその国の性格や態度を、イギリスでも真似できそうなところを取り入れてみようと思っての問いだった。
こんなことを遠回りに上手く聞く方法なんて思いつかないし、欲しい答えを確実に得るにはこれくらいシンプルな問いの方がわかりやすくていい。
それにこの男相手にあれこれと頭を悩ませて考えるのも面倒くさいししゃくなので、ストレートに訊いてみただけなのだが、なにがそんなにおかしいのかフランスはニヨニヨ笑っている。

「えっなに、イギリスってばお兄さんの好みのタイプが気になるの?」

イギリスの問いに彼は妙に嬉しそうに瞳を輝かせて予想以上に食いついてきたので、今さらなんだかとても恥ずかしいことを訊いてしまったんじゃないかという気がして、急激に頬が火照ってくる。

「うるせえな、てめえは訊かれたことだけさっさと答えりゃいいんだよ!」

羞恥心をごまかすように怒鳴りつけ、目の前の長い髪の毛を掴んでぐいぐいと引っ張ると、フランスは「痛い!」と悲鳴に似た声を上げる。
それを聞いて またやってしまった、 と慌てて手を離したが、からかうようなことを言われるとつい条件反射で手が出てしまうのだ。
こんなんじゃこの一週間が過ぎてからも、こいつが俺と付き合いたいなんて思うわけねえよな、と少しへこんだが、今はへこんでいる暇はない。





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