Restaurant Malicemizer/04


目覚めたアーサーの視界に映ったのは、見知らぬ天井だった。
明らかに自宅の天井とは異なる真っ白なそれをぼんやり眺めながら、 ここはどこだ、なんで俺こんなとこにいるんだろう、 と寝惚けた頭で記憶を辿る。
仕事が上手くいって、気分良く酒を飲んだ後に変なレストランに入って………で…………うわああぁあああああああぁぁああああああああぁ!!!!!
昨晩のことを思い出し、一気に覚醒したアーサーはがば、と勢いよく跳ね起きた。
……いや待て夢だよな、そんな変な店があるわけねえし夢だったんだ、あんなの夢に決まってる。
そう考えて無理矢理気持ちを落ち着けようとしたが、身を起こした自分の姿を見ると素っ裸の肌にはあちこち鬱血の痕が散らばっている上に、しかもなんだか下半身がすごく怠い。

「………!!!」

当たり前だが夢じゃなかった。
いくら飲み過ぎたと言ってもこれはありえねえだろ俺、うっかりやらかしたってレベルじゃねーぞ、なんで飲むといつもこんなわけわかんねえことになるんだよあああぁああもう死にてえ…!
さぁっと血の気が引いて、アーサーの脳内には後悔と羞恥がぐるぐると巡り、ベッドの上で頭を抱えた。
昔から飲み過ぎて泥酔すると暴れたり喚いたり、とにかくアーサーの酒癖の悪さは酷いの一言では片付けられない。
この酒癖のせいでこれまで何度も周囲に迷惑を掛けたり、恥を掻いたりしているというのにどうして懲りずに繰り返してしまうのか、自分自身の学習能力のなさに泣きたくなる。
悪いことにそうやって飲んで暴れたときのことはしっかりと記憶に残っているので、酔いが醒めたときの後悔やら羞恥は毎度死にたいと思うほどだ。
しかし毎度のこととはいえ、今回のは今までで一番ありえない。
やらかした、で済む話ではない。

(…………でもすげえ気持ち良かった、…かも)

昨夜自分を抱いた男…フランシス、といったか…とのセックスは身体の芯まで蕩かされ、何をされても異常なほど感じてしまった。
あの男の触り方がいちいちエロいのと、そういうやり方が好きなアーサーは酔っていることも手伝って、見知らぬ相手と抱き合うことに何の抵抗もなくあっさりと受け入れてしまった。
呆れるほど隙だらけだった自分も悪いけれど、彼もアーサーが酷く酔っぱらっているのがわかっていて好き勝手なことをしたり、そもそもこの店自体が悪意の塊のようなものではないか。
そうだ、俺も悪かったけどあいつも悪い。
済んでしまったことをぐだぐだ言いたくはないが、一言文句を言わないことにはどうにも気分が収まらない。
それに前払いとかで散々払わされたのに、まだ料理なんか一つも口にしていないのだ。

アーサーは床に落ちていた服を拾い、急いで身に付けるとベッドを降りた。
昨晩は室内は真っ暗でベッドサイドの僅かな明かりしかなかったが、今はきちんと明かりが付いている。
改めて中を見回すと部屋にはベッドと小さなキャビネットがあるだけで、どう見てもここはただの寝室だ。
今さらながらここは本当にレストランなのか、疑わしさと騙されたような気持ちでいっぱいになる。

ドアはふたつあり、一つはアーサーがここまで通ってきた通路に繋がっているのだろう。
もう片方のドアは磨りガラスの引き戸だった。
引き戸を開けて中に入ると部屋の奥から美味しそうな匂いが漂ってきて、その匂いにつられるように先へ進むと、広いカウンターキッチンがありテーブルには出来立ての料理が並べられている。
食事の支度をしていたフランシスは、アーサーが立っているのに気付くと柔らかな微笑を浮かべて声を掛けてきた。

「おはよう、アーサー。ちょうどご飯出来たとこ。今起こしに行こうと思ってたんだ。ほら、そこ座れよ」

「…え、…あぁ…」

がたん、と椅子を引いたフランシスに促され、大人しくそこに腰掛ける。
昨夜からまともに食事を摂っていなくて腹が減っていたアーサーは、目の前の美味しそうな料理をスルーすることは出来なかった。
何よりこの料理の代金は昨夜まとめて支払っているのだ、食べないのは損以外の何でもない。
アーサーがフォークとナイフを手に取ると、フランシスも向かいに腰掛けぼやくように言った。

「ほんとは昨日作るつもりだったのに、お前あの後すぐ寝ちまうんだもん」

「しょ、しょうがねえだろっ、酔ってたから眠くなったんだよ! ってか、てめえは酔っぱらい相手につまんねえことしてんじゃねえよ、この変態!」

「変態ってなんだよ。お前が自分の足でここまで来て、身体で払うってのも拒まなかったんじゃねえか」

「う、…いや、それは…」

拒めなかったのは全身に塗った媚薬入りのクリームで身体が疼いて仕方なかったのと、彼に触れられることがあまりにも気持ち良すぎたからで、自分の意志なんかでは断じてない。
酔っていたから本能が気持ちいいことを勝手に受け入れてしまっただけだ。
素面で理性が残っていたなら、フランシスに蹴りの二、三発もくれてやって、とっくにこんな店から出て行っていたに違いない。
……多分。

「…お前客が来るたびこんなことしてんのかよ」

「うん、……ていうか、ここまで来たの、お前が初めてだけどな。客自体たまにしか来ないし、来ても怪しんで帰っちゃうし」

それはそうだろう。
自分だってあれほど酔っていなければ、フランシスに会う前に帰っていたと思う。
それ以前にこんな山中にすら来ていなかったはずだ。
きっとフランシスもばかな酔っぱらいが来たもんだと思っていることだろう。
これ以上何か話すと墓穴を掘るばかりのような気がして、アーサーは目線を落として溜息を吐いた。

「冷める前に食べたら?」

「…ん」

ここにいることも何だかいたたまれなくなって、さっさと食べて帰ろうと思った。
これがまずかったら目の前の変態野郎をどうしてやろうか、などと考えながら料理を一口食べたアーサーは、無意識のうちに顰めていた表情を緩める。
フランシスの作った料理はどれもびっくりするほど美味しいのだ。
思わず顔を上げ、向かい合って座ってアーサーが食べる様を見ていた彼に言う。

「…お前普通のレストランやればもっと客来るんじゃねえの?」

「あれ、それって美味いってこと? うーん、俺もそう思うよ」

笑って言う彼は料理の腕にだいぶ自信があるらしい。
この自信満々な態度は癪だが、テーブルに乗っている料理は本当にどれも素晴らしく美味しくて、空腹だったアーサーはあっという間にそれらを綺麗に平らげた。
食事が済むとワインを出され、さすがに今は酒は遠慮したい気分だったが、フランシスが昨夜80年物の良いワインだと言っていたのを思い出す。
これの分も前払いに含まれているのだと思うと、飲まないのももったいないような気がして、グラスの半分だけ空けた。

「まともな料理作れるくせに、なんでこんなわけわかんねえ店やってんだよ」

「だって普通に店やったら客がいっぱい来て忙しくなっちゃうし」

あんまり働きたくないしね、と続けた彼にアーサーは呆れた。
確かに料理は美味しいし、もっと立地の良い場所で普通の店をやればそれなりに繁盛するだろうと思うが、自分でもあっさりそれを肯定するとはどれだけ自信過剰なのだろう。
けれどフランシスにとってそんな話はどうでもいいらしい。
彼はアーサーを正面から見つめて、さっきからずっとによによと緩みっぱなしの顔で言った。

「それにしても初めてのお客さんが看板に書いといたまんまって、こんなことあるんだなー。……童顔でエロくて、ほんとかわいいなぁお前。俺、あんな夢中になったの久しぶりなんだけど」

「なにサラッと恥ずかしいこと言ってんだてめえは!!」

でも否定は出来ない。
フランシスの言う通り、彼とのセックスは気持ちいいことばかりであんなに他人の体温を心地良く感じたのは初めてだった。
そんなみっともなくて恥ずかしいことは口には出せず、アーサーは言葉を飲み込む。
するとフランシスの手のひらがそっとアーサーの手に重ねられ、ぴくりと身を震わせるが彼の手を振り払うことはしなかった。

「ねえ、またご飯食べに来てくれる? アーサーにはいろいろサービスしてあげるから」

「…いやだ」

「ええー、なんで?」

「なんでって…、めしは美味かったけど………だって身体で払わなきゃいけないんだろ」

「いや?」

「…いや、ってか……」

正直に言うといやではない。
食欲も性欲も最高のレベルで満たされるのだから、いやではないのだ。
ただ恥ずかしい。
わざわざこんな山奥まで来て、同性のフランシスとセックスしておかしくなるくらい気持ち良くさせられて、自分の身体を好きなように弄り回したのと同じ手で作られた料理を食べるなんて、どうしようもなく恥ずかしい気がしたのだ。
そんな本心をそのまま伝えることは出来ず、もっともらしい適当な理由を答える。

「ここまで来んのが遠いし……めんどくせえ」

「うーん……それもそうか。車でも来るの大変だもんなー、ここ」

フランシスはそう言ってのんきに笑っているが、それがわかっているならなぜこんな山の中に店を建てたのだろう。
客もろくに来ないらしいし、フランシス自身もいろいろと不便ではないのだろうか。

「まぁ確かに遠いかもしれないけど…、どうしても来れねえの? 俺はまたアーサーに来て欲しいんだけどなぁ…」

よほどアーサーのことが気に入ったのか、彼は諦めずに食い下がってくる。
人からこんなふうに言われたのは初めてで、かぁ、と顔が熱くなった。
しかしフランシスの作る料理は普通に金で支払ったなら、気軽に食べに来られるような値段ではないだろう、と食に疎い自覚があるアーサーでさえそう思う。
実際食後に出されたワインは、これ一本の価格で車が買えるほど上等なものだった。
何よりフランシスはアーサーに優しいし、作る料理も美味しいし、ベッドでも羞恥心を忘れるほど良くしてくれる。
それを考えるとそう悪い話でもないのだ。

「…そんなに言うならお前がうちにめし作りに来ればいいじゃねえか。どうせここで待ってたって客なんか来ないんだろ」

それはかなりアーサーに都合のいい提案だったが、自分からここに来るとは言えなくて、これが精一杯の譲歩なのだった。

「え、いいの? アーサーって一人暮らし?」

「そうだけど、……勘違いすんなよっ、俺が行くのは面倒だし、お前がうちに来るなら考えてやらんこともないってことだからな!」

「いいよ、じゃあ俺がアーサーの家に行って、美味しいご飯作ってあげる。…でも俺も慈善事業じゃねえからなぁ、出張費は高く付くけどそれでもいい?」

「そ、それも身体で払うのかよ?」

「当然だろ?」

薄く笑みを浮かべた彼の表情は無駄に色気があって、アーサーは熱くなった頬を隠すようにそっぽを向く。
フランシスにとっては手間しか掛からないであろう提案もあっさり受け入れられてしまっては、出張費の上乗せくらいは仕方がない。
早速来週の末に訪ねてくるということで話はまとまり、帰る足のないアーサーは彼の車で自宅まで送ってもらった。

「…悪いな、わざわざ送らせて」

「んー? いいよ別に、お前んちがどこなのかわかってちょうど良かったし。あ、そうだこれ渡しとく」

フランシスが差し出したのは彼の名刺。
何気なくそれを見て、アーサーは目を疑った。
渡された名刺には彼の名前と、肩書きと、店の名前が書かれていたが、その店名は昨夜行ったところではなくアーサーでも知っている有名なフランス料理店のものだった。

「お、お前これ……?!」

「ああ、昨日お前が来た店は俺が趣味で始めた店で、一応こっちが本業なんだよ。収入源も全部こっちだし」

「………マジかよ…」

聞けばフランシスは世界中にいくつも店を持っているのだという。
それを聞いて料理が上手いのも、金を取らない店を経営出来るのもすべて納得出来た。
さっき言っていた 「普通に店をやったら客がいっぱい来る」 というのは、根拠のない自信などではなく事実だったらしい。
なんだこの敗北感、と複雑な気持ちでアーサーも懐から自分の名刺を取り出し、フランシスに渡した。

「……じゃあ、来週。七時には帰ってる、と思う」

「わかった。なんか食べたいものあったらメールででも連絡くれよ。アーサーが好きなものいっぱい作ってやるからさ」

「…食いたいものリクエストすんのに別料金とか言わねえだろうな」

「言わねえよ。まぁ別料金にして欲しいならそうするけど?」

にやりと笑って答えた彼に、アーサーは顔を赤くして それくらいただにしろよばか、 と睨み付ける。
フランシスはおかしそうに声を上げて笑うと、食材を仕入れる都合があるから早めに連絡するように言って帰っていった。

シャワーを浴びて着替えを済ませてから自室に戻り、もらった名刺を眺めながら、彼に何を作らせようかと考える。
また美味しい食事と、目も眩むような快感を得られるのかと思うと、とくんと胸が甘く疼いた。
次の週末が少しだけ楽しみだ、と頬を緩ませたアーサーはフランシスの名刺を懐にしまうと、紅茶を淹れるためにキッチンへと向かったのだった。





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マリスミゼルが好きでした。<タイトル
灰銀はもっと好きでした。
原作が台無しですけれど楽しかったので後悔はしていない。