ストロベリーチップス/後編
…クリスマスの夜、そろそろ寝ようかという時間になって、いきなり寝室の扉を蹴破って姿を見せたイギリスに、フランスは何事かと軽く混乱に陥った。
顔を真っ赤に染めて、目の据わっているイギリスはどう見ても泥酔していて、まともな状態じゃないということはすぐにわかった。
しかもなぜかサンタの帽子とブーツと手袋をつけただけで、ほとんど裸というフランス的にはなかなか刺激的な格好をしている。
まさかこの格好でここまできたのだろうか。
いくらなんでもそれはないよな、と思いたいが酔っ払っているイギリスではありえないとは言い切れない。
彼が何を考えているのかさっぱりわからず、フランスははぁ、と大きな溜息を吐く。
イギリスは酔っているせいかふらふらとおぼつかない足取りでベッドまで近づいてくるが、カーペットのたるみに足を取られてバランスを崩し、ベッドに倒れ込んできた。
「おいおい、…大丈夫か? ってか酒臭い! それに何、その格好…」
思いきり顔をしかめてそう言って、腕を掴んで起こしてやるとイギリスは急いで身を起こし、ぱぱっとフランスの腕を振り払って顔を背ける。
「……デートは終わったのかよ?」
「ん? あぁ…、まぁな」
赤い顔をして拗ねた口調で言ってじろりとこちらを睨みつけてくるイギリスから目線を逸らし、フランスは言葉を濁して答える。
一瞬イギリスの言う「デート」というのがなんのことかわからなかったが、夕方彼から連絡があったとき、予定があるからと断ったことを思い出した。
本当は今日はフランスに新しい予定などなかった。
昼間女性にふられたあと、その後はいつものようにイギリスと一緒に過ごすつもりで彼の家を訪れたとき、予定があるから帰れと言われてフランスは酷く落胆した。
もともとふられてもふられなくても、女性とのデートは夕方までには切り上げ、クリスマスの残りの時間はイギリスと過ごそうと決めていたし、これは毎年のことだから彼もそのつもりでいるのだと思っていたのに、予定があると冷たく断られた。
イギリスにクリスマスを一緒に過ごすような相手が自分以外にいるなんてありえないだろ、と酷くおもしろくない気分になった。
どうせ見栄を張ってるだけだろ、と初めは思っていたが、何度携帯や自宅に電話をかけてもまったく連絡がつかなくて、なんだよマジで誰か他の奴と会ってんのかよ、とフランスの気持ちは一気に沈んだ。
出掛ける気力もなく、 イギリスのばかばか、 と拗ねてふて寝をしていたところである。
そもそもフランスと付き合っているようなものなのに、他の相手と予定を入れるなんてどういうつもりなのだろう。
(…いや…俺も人のことは言えないけどさ)
フランスも本心では一日ずっとイギリスと一緒にクリスマスを過ごしたいと思っているくせに、「あんなちんちくりんのモサ男、俺が付き合ってやんないと誰にも相手にされなくて可哀想だし」と彼をバカにするようなことを考えるのは、イギリスはちゃんと自分の誘いを待っていてくれるという安心感があるからだ。
そんな些細な優越感を感じたいがためにあえて女性の誘いに乗ったりするのだが、結局デート中もイギリスとどんなふうにクリスマスを過ごそうか、そんなことばかり考えてつい上の空になり、誘ってくれた女性を怒らせてしまうのだ。
こんなことは以前なら絶対になかった。
一緒にいる目の前の女性より彼のことばかり考えてしまうのは、それだけ自分の中のイギリスの比重が大きくなっているということらしい。
それにしても毎年フランスがイギリスのところへ来るのをわかっているくせに、どうして今年に限って他の誰かと予定を入れたりしたのだろう。
夕方になってイギリスから連絡がきたとき、用事が早く済んだのはふられたわけじゃないなどと言っていたが、こんな時間に酔っ払って訪ねてくるなんてふられてやけになっているとしか思えない。
フランスが予定が入ったと彼に嘘をついたのは、自分よりも他の相手を優先させたイギリスに少し腹が立ったからだ。
イギリスの家を訪ねていく時間は毎年ほぼ同じで、彼もそれをわかっていてきちんと二人分の紅茶の準備をして待ってくれているのに、今年はフランスが来る時間を見計らったかのように予定を入れるなんて、なんだか一緒に過ごしたくないと言われているようで寂しかった。
夕方に彼から電話がかかってきたのはきっとふられて時間が空いたからで、そんな誰かの穴埋めみたいなことはいやだったから嘘をついて断ってしまった。
おかげで一人寂しいクリスマスを過ごすはめになり、クリスマスの前日からイギリスのためにケーキや料理の準備をして待っていたのに、一人では食べる気もしなくて冷蔵庫に残ったままだ。
しかしこれは自業自得かもしれない。
イギリスが自分以外の誰かと予定を入れることにこんなにいやな気持ちになるなら、そろそろ腹をくくってイギリス一人にした方がいいのかな、と思う。
自分がこうしてフラフラしているから、イギリスもよそに目を向けるのだ。
彼には自分だけを見ていて欲しいと思うし、その気持ちがわがままでもエゴでも構わない。
それがフランスの本心なのだ。
そんなフランスの心情も知らないイギリスは、ベッドの上に乗ったまま室内をきょろきょろと見回して言った。
「なんだよ、今の時間に一人ってことはまたふられたのか?」
ニヨニヨ笑ってそう言ったイギリスの腕を掴んで引き寄せると、フランスは彼の裸の身体を抱き寄せた。
服を着ていないとイギリスの身体は余計に薄っぺらく感じる。
相変わらず貧相だなぁと思いながら、抱き締める腕に力を込めるとイギリスはわずかに身を強張らせたが、優しく背中を撫でてやると少しだけ力が抜けた。
彼の身体を腕に抱いたまま、フランスは小さく溜息を漏らして答える。
「…うん。一番一緒にいたかった子にふられた」
「……そうかよ」
耳元に響いたフランスの言葉に、イギリスは少し悲しそうに表情を曇らせ俯いた。
寂しそうに言ったフランスの科白を聞いて、こんな時間に酔っ払ってやってきたことを反省しているのだろうか。
「でも来てくれたからいいよ。お前のためにケーキも料理もたくさん作ったから、あとで一緒に食べてくれる?」
「え…?」
続いたフランスの言葉に、イギリスは驚いたように緑色の瞳を大きく見開いて顔を上げた。
「なんで今日他に予定入れちゃったの? 俺より優先する相手かよ?」
「フランス、…なんだよっ、なに言って…、予定を入れたのはてめえの方だろっ! その一番一緒にいたかった奴にふられたから俺のところにきたくせに、偉そうに言ってんじゃねえよ!」
返ったイギリスの言葉に、フランスは目を丸くして彼を見返す。
一番一緒にいたかった子というのはイギリスのことを言っているつもりだったのに、彼は自分ではない他の誰かだと勘違いをしているらしい。
勘違いなのに本気で拗ねているのがおかしくて、フランスは思わず吹き出してしまった。
「バカ、それはお前のことだよ! 毎年俺が来るってわかってるくせにさー、他の奴と予定入れたとか言うんだもん。俺のことなんかどうでもいいって言われたみたいで、……寂しかった」
腕の中の痩せた身体をさらにきつく抱き締めると、イギリスは酔っていて赤い顔をますます赤らめて声を荒げた。
「おっ、お前だって……俺が夕方誘ったとき、他の奴と予定あるって言ってたじゃねえか…! 自分は他の奴と散々遊んでるくせに、人のことばっかり言うなっ」
「俺の予定ってのは嘘だもん。…ほんとは予定なんかなかったよ。でもお前が俺の誘いを蹴って他の奴と会ってたと思うとおもしろくなくて、……そいつにふられたから会いに来るのかよって思ったら、なんかいやだったからさ」
「なに勝手なこと言ってんだ……お前だって女にふられてから俺のところに来るくせに、……自分のことを棚に上げたことばっかり言いやがって…」
「はは。……そうだよな。虫のいいこと言ってるな。……ごめんな。でも俺はイギリスと一緒にいたいから、お前にもそう思って欲しいんだよ」
彼の肩に顔を埋めるようにそっと頬を擦り寄せ、ぎゅう、と抱き締めるとイギリスは少しだけ力を抜いた。
「……俺も、…ほんとは予定なんかなかったんだ。予定があるふりして、夕方からお前のところに行ってちょっと驚かせてやろうと思っただけだったのに、……お前が予定入れたとか言うからっ……一人で寂しく飲むことになったんだからな…! お前のせいだぞ、ばかぁ…」
それを聞いてお互いような同じことを考えて、いもしない相手に嫉妬していただけらしいと知った。
イギリスが酔っ払って現れたのは自分のせいだったのかと思うと、嬉しくて笑みが零れる。
ちゃんとイギリスの本心が聞けたことにほっとした。
するとふと彼が顔を上げ、潤んだ瞳で見上げてくる。
わずかに開いた唇は誘っているようで、フランスはそっと顔を近づけてキスをした。
互いの唇はすぐに離れ、フランスは彼の赤い頬を撫でながら問う。
「ところで眉毛のサンタさんはなにかプレゼント持ってきてくれたの?」
「ん……あぁ…いや…」
フランスの問いに、イギリスは慌てた様子で固く握った拳を後ろに隠した。
それを見て彼がこんな時間に訪ねてきたのは、ひょっとしてイギリスの誘いを断ったことに腹を立てて殴りに来たんじゃないだろうな、と少し呆れたが、続いた彼の言葉にフランスの表情もゆるむ。
「…、なんか欲しいものあるのか?」
「うん。イギリスがフランス領になってくれたら嬉しいなぁ」
「なるか、ばかっ!」
もちろん本当の意味で言っているのではないし、イギリスも冗談だとわかっていて耳まで赤くして素っ気なく答える。
フランスは上に乗っていたイギリスの身体を抱えてベッドに倒し、体勢を入れ替えると額やまなじりにキスをしながら、もう一度甘い声音でねだるように言った。
「じゃあ今日だけでいいよ。プレゼント、くれるんだろ?」
「……今日だけなら、……仕方ねえな」
酔っているせいなのか、今日のイギリスは少し素直だ。
いつもなら一分でもお断りだ、と蹴りでも飛んできてもおかしくないのに、瞳を伏せて小さくこくりと頷いた。
そのことに胸がきゅうっと疼いて、ベッドに倒したイギリスの真っ赤な頬にキスをして痩せた身体を抱き締める。
なぜ裸で来たのかを聞きそびれてしまったが、脱がせる手間が省けたので理由を聞くのはあとでいいか、と彼の体温に意識を集中させた。
クリスマスはもうわずかな時間しか残っていないが、かわいいサンタクロースが来てくれたので良しとしよう。
フランスはイギリスの温かい肌に触れながらそんなことを考えて、小さく笑ったのだった。
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