ずっと俺のターン!!(U.K.ver)/06


プルルル…、と聞き慣れない電話の音で目が覚めて、フランスは毛布を被ったままサイドテーブルに手を伸ばし、手探りで受話器を探し当てた。

「…はーい…」

『おはようございます。本日チェックアウトのお時間を過ぎております』

フロントからの電話だったが、寝起きの頭でそれを理解するのには少し時間を要した。
そういえば昨日はイギリスが取ったホテルに泊まったんだっけ、とぼんやりと思い出し、 すぐ出ます、 と答えて受話器を置く。
上体を起こして大きな欠伸を一つすると、広いダブルベッドの上にいるのはフランスだけで、一緒に眠っていたはずのイギリスの姿は見当たらない。

まさか一人で先に帰ったんじゃ、と慌ててベッドから這い出て、イギリスの荷物があるか確認するためクロゼットを開けた。
そこにイギリスの荷物と、彼のスーツが掛けられているのを見てほっと安堵の溜息を吐くと、バスルームから微かに水音が聞こえるのに気付く。

昨夜イギリスはシャワーを浴びる余力もなく、そのまま眠りについていた。
汗と白濁とワインとでべたべたの身体は、目覚めたときさぞかし気持ち悪かったことだろう。
ちょうど裸だし時間もないし…というかイギリスと一緒に入りたいし、ついでに自分も入ろうかな、とフランスは遠慮なしに扉を開けて中に入った。

「ねえ、俺も入っていい?」

そう声を掛けると、磨りガラスの向こうの影がびく、と身体を震わせる。
大袈裟なくらいのその反応に、くく、と笑いを堪えて、イギリスの返事も待たずにバスルームのドアを開けた。

「ちょ、何勝手に入って来てんだよ! 出てけバカ!」

身体を洗っていたらしいイギリスは泡だらけのスポンジを投げつけてきたが、そんなもの当たったところで痛くも痒くもない。
タイル床に落ちたスポンジを拾い、 お兄さんが洗ってやろうか、 と微笑って言うと、イギリスの顔はみるみるうちに赤くなった。
泡と泡の間から覗く濡れた彼の肌には、ところどころにフランスが付けた鬱血の痕が散らばっていて、思わずにやけてしまう。

「しょーがねえだろ、フロントからチェックアウトの時間過ぎてるって電話来たんだもん。一人ずつのんびりシャワー浴びてる時間なんかねーよ」

「だからって何で一緒に入らなきゃなんねーんだよ! つーか何だよそのやらしい顔は!」

イギリスは顔を赤くしたままバスルームの端まで後ずさった。
別にいたずらするつもりはないのに、こうも過剰に反応されると逆に何かして欲しいのかと思ってしまう。
しかし残念だが今はここでイギリスとじゃれている時間はない。

「文句は後でいくらでも聞いてやるから、さっさと綺麗にして出ような。時間ないのは本当だし」

イギリスはまだ何か言いたげだったが、チェックアウトの時間が過ぎていることを気にしたのだろう、手早く身体の泡を洗い流すと逃げるようにバスルームから出て行ってしまった。
そこまで急いで出なくても、たまには少しくらい一緒に入ってくれてもいいのになぁ、とがっかりしながらフランスも軽く汗を流した。
濡れた髪と身体をタオルで拭きながら部屋に戻ると、イギリスは早々にきちんと着替えを済ませていて、鞄に荷物を入れながら顔も上げずに問う。

「お前この後どうすんだ」

「どうって……帰るけど。でも予約してたの朝一の飛行機だったんだよなー…。もう乗り遅れちゃったし、今から朝飯食いに行こっか? 昨日一緒に晩飯食えなかったしさ」

着替えをしながら昨日イギリスがフランスと夕食を一緒に食べられなくて、子供のように拗ねていたことを思い出しだらしなくにやけた顔で誘ってみた。
……が、イギリスは不快そうに思い切り眉間に深い皺を刻んで、これ以上もないくらいウザそうに言い放つ。

「なんで朝からお前の顔見て飯食わなきゃなんねーんだよ。それに俺はもうすぐ飛行機の時間だし、一人で食って一人で帰れ」

「ええっ?! ちょ、それはないだろー?! 昨日はお前が帰るなって言ったんじゃん、ここに泊まったから俺飛行機に乗り遅れたんだけど!」

「乗り遅れたのはお前が寝過ごしただけじゃねえか! 早く起きれば飛行機だって間に合ったんだろ? それに俺は帰るなとは言ったけど、泊まっていけとは言ってねーぞ。人のせいにすんなバカ」

「…お前マジで酷い……」

軽く泣きそうだったが、確かにイギリスの言うことは間違ってはいない。
彼はここに泊まってもいいとは言ったが、泊まっていけとは言わなかったのだから。
要するに泊まったのはフランスの意志だし、飛行機に乗り遅れたのも間に合う時間に起きなかったフランスが悪いわけで、それはイギリスの知ったことではないらしい。

……とはいえ、別に飛行機に乗り遅れたこと自体は、フランス的にはさほど重要ではないのだ。
起きられなかった自分が悪いのは事実なのだし。
それよりあんなふうに縋るように甘えてくるイギリスを置いて帰れるわけがないのに、居ても居なくても良かったみたいな言い方は地味に傷つく。

単に昨夜フランスが好き勝手やったことに対するささやかな仕返しのつもりなのかもしれないが、イギリスの冷たい態度には何ともやるせない気持ちになってしまう。
少しだけ恨みがましいような気持ちでイギリスを見つめると、彼は鋭く目を細めて睨み付けてきた。

「…なんだよその顔何か文句あんのか?」

「……あるけどないです」

「あるんじゃねーか。言いたいことがあんならはっきり言えばいいだろ!」

「………………ないです」

口調もさることながら心なしかこちらに向けられた視線も冷たく感じられ、昨夜の可愛らしく拗ねていた素直な態度はどこになりを潜めてしまったのか、本当にツンとデレの温度差が半端ない。
何故何百年も愛想を尽かさずにイギリスとこれまでやってこれたのか、ときどき本気でわからなくなる。

「昨夜はあんなに可愛かったのになぁ…」

同一人物とは思えない豹変ぶりに溜息を漏らすと、イギリスは昨夜の自分の姿態を思い出したのか、頬を染めて部屋のカードキーを投げつけてきた。

「うるせえバカ! 昨日ほどてめえを変態だと痛感した日はねえよ! お前頼むからマジで死んでくれよ」

「死にませんー、大体俺が変態だって言うなら、あれできもちよくなってたお前も変態なんだぜ? むしろお前の方が変態だよ、あれでイッちゃうんだもん」

昨晩のイギリスは思い出すだけで頬が緩むほど可愛かった。
だからつい調子に乗って意地悪なことをしてしまったのだが、彼の身体はちゃんと快感を拾っていた。
それなら問題ないじゃないか、とフランスは思うのだけれど、イギリスにしてみればあんな普通じゃない行為で快感を得てしまったことが問題で、自分におかしな性癖があるんじゃないかと恥ずかしくてならないのだろう。
フランス的にはイギリスのところでやっているしょうもないエロ行事と昨夜の行為は大差ないので、今さら何を恥ずかしがっているのかそっちの方が不思議だ。

「てめえええええそれ以上言ったらマジで殺すぞ!! あ、あんなのきもちいいわけねーだろっ、まだ何か刺さってるような変な感じしてんだぞばかぁ!!」

「あ、そうなんだ? おかしくなってるかもしれないから見てやろうか?」

ちょっとだけ涙目になったイギリスの科白に、フランスはによによ笑って彼のベルトに手を掛けた。
その瞬間、イギリスの右ストレートがフランスの頬にめり込んで、そのまま身体が宙を舞い部屋の端まで吹っ飛んだ。
イギリスはどしゃ、と床の上に倒れたフランスを見下ろして、

「今度あれやったらこんなもんじゃ済まねえからな!!」

と怒鳴りつけ、バタンと乱暴にドアを閉めると部屋から出て行ってしまった。
完全に怒らせてしまったらしい。
せっかく彼の機嫌を直すために尽力したのに、これではまた振り出しだ。

…というか、昨夜フランスは何でも言うことを聞くと言ったのだから、綿棒を使うこともイギリスがやめろと言えばやめるつもりだったのだ。
限界まで身体の熱を煽られ、追い詰められたイギリスにそんな余裕がなかったのはわかっているが、それでも強く拒否しなかったのは彼の方なのに、今になって文句を言われるばかりか手加減なしにぶっ飛ばされるのはどうにも腑に落ちない。

「もー……殴るならせめて顔はやめてほしいんだけどなー…」

鏡を見ると殴られた頬が赤く腫れていて、口の中も少し切れている。
この顔で帰らなければならないのかと思うと、自然と零れる溜息も大きくなった。

イギリスはいつも平気でフランスの顔を殴りつけてくるので、 あいつ俺の顔好きじゃないのかなぁ、髭も気に入らないみたいだし、 とベッドに凭れてがっくり項垂れた。
けれど後々腫れ上がった痣を見ると、自分でやったことなのにイギリスの方が痛そうな顔をしてそっと触れてくる。
彼の指先の体温を感じると、何故かじんわりと胸が温かな感情で満たされるのだ。

今にして思うとイギリスの攻撃はいつも容赦ないが、どんなに顔を殴られても蹴られても痕が残ったことはなかった。
もしかしたら顔を殴るときは、痕が残らない程度には手加減してくれているのかもしれない(それでも十分痛いのだが)。
きっと今殴られた痣も、時間が経てば綺麗に消えるのに違いない。

(ほんとイギリスってわかりやすいようなわかりにくいような……変な奴。でも放っておけないし、気になるんだよなぁ……まぁそういうめんどくさいとこもおもしろいし好きだけど)

イギリスに殴られた頬の痛みが引いてから、フランスはようやく彼が投げて寄こしたカードキーを拾い上げた。
とりあえず一度自分で取ったホテルに戻り、日本から借りたDVDと大きな荷物は国際便で先に自宅に送ることにする。
その後は近くのカフェでゆっくり朝食を摂って、新たにロンドン行きの航空チケットを買わなくてはならない。

一足先にロンドンに帰ったイギリスは、フランスが訪ねていけばまた相変わらずの不機嫌な顔で出迎えてくれるだろう。
空港に向かう前に昨日美味いと言っていたワインを買って、イギリスの家で彼の好物を作ることに腕を振るってやれば、少しは機嫌を直してくれるだろうか。
そんなことを考えながら、フランスはチェックアウトの時間を大幅に過ぎたホテルの部屋を後にした。





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イギリスを見ているとなんとなく海馬社長を思い出してしまいます。
そういや昔遊戯王のゲームで何故かバラ戦争をモチーフにしたやつがあったなぁ……遊戯王といえばエジプトなのになにゆえバラ戦争だったのか謎です。