アンダーグラウンド オーバー・ザ・スカイ


受け入れられるわけがない、と思っていた千年越しの想いが実ったのは、今からほんの数ヶ月前のことだった。
好きだという本心を告げ、晴れて恋人として付き合うことになった相手は言葉もろくに話せないような小さな頃からバカだなんだと罵り合ってきた腐れ縁の隣国で、昔も今もだいぶ手を焼いている。
性格最悪、と思いつつ、それでも小さな頃はかわいげないながらも今よりもう少し素直だったように思う。
今は昔以上に口が悪く、素直だったところなど欠片も残っていないが、一方では変に子どもっぽさを残したまま大きくなったようなところもある。
口を開けば皮肉や暴言ばかりだけれど、彼の言葉と本心は必ずしも一致しているとは限らず、そんな面倒くさいところをかわいいと思うし放っておけない。
付き合いが長いので、素直じゃない言動の裏にある本心もある程度は読み取れる。
これだけ長く隣国をやっていれば二人の間にはいろいろなことがあったし、今もケンカばかりしている関係だけれど自分にとっても相手にとっても、互いの存在は良くも悪くも特別なものだ。

しかしちんちくりんだのあか抜けないだの、散々ばかにしていた相手のことを、好きだなぁ、としみじみ気が付いたのはつい最近のことだ。
すっかり平和になって昔のような争いごとがなくなって、協力し合うことが増えて行くにつれぼんやりとそう思うようになっていた。
好意を自覚すれば、それを伝えずにはいられなくなった。
けれども長年敵対し続けた相手に、いきなり好きだなんて言われても困らせるだけかもしれない。
そう思うとストレートに自分の想いを伝えることは気が引けてしまい、らしくもなく少し遠回しにそれとなく伝えるのが精一杯だった。
ときどきかなりあからさまな言動をしたこともあったのに、相手は親しい友人の一人もいない男なので他人から好意を寄せられることにまったく慣れていなくて、なかなか自分の想いは伝わらなかった。

それをもどかしく思う気持ちは日々大きくなり、これははっきり言わないとだめかな、と考えを変えたある日、お前のこと好きなんだけど、と世間話の合間に告げると彼は少し驚いたように緑色の瞳を大きく見開いた。
そしてすぐに「たまには意見が合うじゃねえか」と、ほんのり頬を赤くして答えた。
それはつまり、彼も自分のことを好きということなのだろう。
二人の気持ちが同じ方向に向いていたことは、本当に嬉しかったけれど嬉しいよりもようやくあるべき関係に収まったというか、妙にしっくりきた感じがした。
そうして恋人としての付き合いが始まっても、初めのうちは今までとあまり変わり映えのしない関係のままだったが、ふと気付くと彼の自宅を訪ねていく回数が増えたり、二人きりでいるとき向かい合って座っていたのが隣に座ることが多くなったりと少しずつでも彼が自分に甘えるようになってきて、ベッドで抱き合うと自分の方がすっかり彼に夢中になってしまった。
かわいげがないと思っていた顔も声も、ベッドではあんなふうに甘くとろけるなんて知らなかった。
ゆらゆら揺れるゼリーみたいな緑色の瞳で見つめられると、たまらない気持ちになる。
貧相で色気のない身体なのにどうしようもなく欲情してしまうし、あの痩せた身体が自分の手で快感を覚えていく様を見るのは抑えようもなく興奮する。

「まぁとにかくかわいいんだよ、イギリスがさ。なんでこんなに長いことそれに気付かなかったんだろうな」

これまでの彼との付き合いを思い返してフランスがコーヒーカップを傾けながら上機嫌に言うと、顔を合わせてから数時間、延々と聞きたくもないのろけ話を聞かされ続けてうんざりした様子のプロイセンが顔をしかめて盛大な溜息を吐いた。

「…なんつーか…、フランスがそこまで趣味が悪い奴だとは思わなかったぜ」

「ほんまやなぁ、イギリスがかわいいなんて、はっきり言うて狂気の沙汰としか思えへんわぁ」

溜息混じりに言ったプロイセンの言葉に、同席していたスペインもデザートをつつきながら力いっぱい頷いて同意した。
その友人二人の冷めた科白にフランスの浮かれた気持ちは少しだけしぼんだ。

「なんでだよ。失礼だなーお前ら…」

拗ねたように言うと、プロイセンは頬杖をつきスプーンでコーヒーを掻き回しながら答える。

「なんでって…そりゃお前、…あのイギリスがフランスを本気で好きだとは思えねえしなぁ。大体昔からケンカばっかりで、それは今だってあんまり変わらねえだろ?こう言っちゃ悪いけどよ、付き合ってるって盛り上がってんのはお前だけっつーか。あー…ひょっとしてお前、あいつに騙されてんじゃねえの? そうやって浮かれて油断してると、また上半分取られちまうぜ?」

人ごとだと思ってか、プロイセンはとんでもなくいやなことを言ってけせせせ、と笑う。
なんてこと言うんだこいつ、とフランスは眉間の皺を深くするが、スペインまで彼の言葉にうんうんと頷いているので、他人からはそう見えているのかと少し不安になった。

「……あれ? そうかな? お兄さん騙されてる?」

今さらイギリスが自分を騙して陥れようなんて考えているとは思えないが、イギリスの性格を考えるとありえないとは言い切れない。
過去のいろいろがあるだけにちょっと心配になったが、自分を見つめるイギリスのうっとりととろけた瞳を思い返すと確かにフランスへの恋情が満ちている。
滅多なことではイギリスの気持ちを言葉で聞けることはないけれど、きちんと彼の口から「好きだ」と言われたことだってある。
それを考えると友人たちの冷めた科白にも、いやいやそんなはずないもん、イギリスだってちゃんと俺のこと好きだって言ってくれたもん、お前らは知らないだろうけど! とフランスの気持ちは浮上した。
イギリスの態度を見ていれば自分は彼に愛されていると思うし、特にフランスに対しては素直に好意を言葉にも態度にも表すことができないイギリスが、フランスの愛を囁く科白やベッドで抱き合うことも受け入れてくれているのだ。
そんな彼の反応や数少ないフランスへの想いを伝える言葉を疑いたくはないし、信じている。
ついこの前会ったときだって海を渡って家を訪ねていったフランスのために、美味しい紅茶を淹れてくれて(黒こげの見るも無惨なスコーンらしきものも添えられていたが)、以前フランスがきれいだと褒めたバラの花が玄関に飾られていた。
イギリスのために食事を作ってやるとなんだかんだと文句を言いながらも美味しそうに食べてくれて、フランスの料理を頬張る様は小さな子どもだった頃と全然変わっていないのがかわいい。

ベッドでも必死な様子で縋り付いてきて、なにもかもフランスに許しきっているのがよくわかる。
そしてなにより、イギリスは他人と抱き合うことはそれほど経験がないか、フランスが初めてだったと思う。
彼と初めてセックスしたときのことを思い出すと、本当にかわいかったな、と今もふんわりと温かくて幸せな気持ちになる。
そもそも平和になった今の世の中、プロイセンたちが言うようにイギリスが自分の身を投げ出してまでフランスを騙そうという理由などない。
そうやって考えてみればちゃんと愛されているのだと実感して、まただらしなく頬がゆるんだフランスはカップに残ったコーヒーを飲み干した。
あの面倒くさい男の良さがわかるのは自分だけでいいのだ。
しかしイギリスとの関係を親しい友人に否定されるのは少し悲しい。
そしてイギリスの自分への気持ちを疑われるのも心外である。

「確かにあいつはどうしようもない奴だけど、心底お兄さんに惚れてるよ。俺にはわかるもん」

空になったカップを置いて、フランスが自信ありげに言ってもプロイセンはまたも大きな溜息を吐いて、呆れた表情で答えた。

「そんなんだから騙されるんだろ、お前はよー…。なぁスペイン、お前もそう思うだろ?」

「ああ……もう見てられへんって思うわ…」

二人は完全に可哀想なものでも見るような目をしてフランスを見つめている。
酷い反応である。

「騙されてねえよっ、もー、ほんっとお前ら失礼な! イギリスの家に泊まりに行くと、ちゃんと俺のパジャマとか用意してくれてるし(着ないけど)、たまにシャワーも一緒に浴びたりするし、エッチのあと一緒に寝るとき腕枕してやるとすっげえ喜んでてかわいいし…」

イギリスとの付き合いが騙されているのではなく、お互いの意志によるものだということをなんとかわかって欲しくて、思いつく限りのことをそこまで一気に話したところ、スペインに激しく拒絶反応が出た。

「うおおおおやめてえや、もう耐えられへん! なんやそれ、幻覚でも見とるんちゃうか?! そんなイギリス怖すぎるやろ! どんな恐怖体験しとんねん!」

スペインはフランスの言葉を遮るように声を上げて、顔にまでぶわっと鳥肌を立たせ、ぶるぶる震えている。

どうやらまだイギリスの元ヤン時代にしめられた記憶が消えていないらしい。
プロイセンもなんとも言えないしょっぱい顔をしてフランスを見つめていたが、こうも必死に力説されてはもう言うだけ無駄と思ったらしく小さく嘆息してコーヒーを啜った。

「…まぁ、そこまで言うならお前の方は本気なんだな。それはよくわかったぜ。上半分取られてから泣きついてくんなよ」

彼らのなんとも素っ気ない反応に、どうしてこう人の幸せに水を差すようなことばかり言うのだろう、とフランスはがっかりと肩を落とす。
イギリスの日頃の言動を見ていれば彼らのこの反応も無理はないと理解できるが、それにしたって付き合っていることすら認識されていないなんて悲しいにもほどがある。

「取られねえよ! っていうか、お前ら全然祝福する気ないよな……やっと好きな子と付き合うことになったんだから、もっとこう、…言葉だけでもおめでとう、とか言えないのかよ?」

友達ってそういうもんじゃないの、とフランスは思っていたが、二人の反応は相変わらず失礼なものだった。

「そんな残酷なこと言われへん……残酷すぎるやろ…」

「なぁ…騙されてる奴におめでとうなんて言えねえよ」

顔を背けてくっと目頭を押さえた二人に、フランスは思いきり顔をしかめてテーブルに身を乗り出した。

「どういうこと?! なんでさっきから完全に騙されてる前提なの?! お前らなーいい加減にしろよ、ほんとに俺たち付き合ってんの! イギリスはさ、まぁ…ああいう性格だから人前じゃ照れちゃって素っ気ないけど、あれは相当お兄さんに惚れてるぜ。心配いらないって」

あまりに自信満々なフランスの言葉に、プロイセンが急にニヨニヨ笑いだして顔を上げる。

「ほー、ずいぶんな自信じゃねえか。そこまで言うなら俺らにわかりやすくイギリスがお前を好きだってことを証明してみせろよ」

突然何を言い出したのか、とフランスは訝しげにプロイセンを見返した。

「ええー? どうやって?」

「たとえば、…そうだな……付き合ってんならキスくらいするだろ。俺らの前でしてみろよ」

実に楽しそうに笑っているプロイセンの提案に、スペインも「そんなん無理やん」とあまりの無茶ぶりに笑いを堪えている。

「よーし、決まりな! 頑張れよ、フランス!」

「いやいやいや無理無理無理!」

人前で、しかもスペインやプロイセンの前でそんなことをしようものなら間違いなくドーヴァー海峡に沈められる。
フランスは全力で左右に首を振り、重い溜息を吐くと椅子の背もたれに寄りかかった。

「そんな簡単に言うなよ、あいつ人前じゃ絶対触らせてくれないんだから……キスなんか無理だって」

「おー、ずいぶん弱気じゃねえか。イギリスはお前に惚れてんじゃなかったのかよ? ほんとに好きなら、それくらいで本気で怒ったりはしねえだろ。むしろ応じたらそれこそ愛されてるってことじゃねーか」

プロイセンにばしばしと肩を叩かれてそう言われて、確かにそれも一理あるかな、と考える。

「あ…、あぁ…そっか…? そうかな…?」

「うんうん、俺もそうやと思うで。そんなん好きやなかったせえへんもん」

笑いを堪えながら言われてもいまいち説得力がないのだが、さすがにこの話の流れで断るのは男が廃るし、イギリスはキスが好きだからフランスがうまく誘導してやれば出来ないことはないように思われた。
フランスは何度も「大丈夫、俺ならできる」とぶつぶつ独り言を呟いて、決意を固めるように両の拳を握ってぱっと顔を上げた。

「…よし、じゃあやってやる。お前らの前でキスすればいいんだろ? できたらちゃんと祝福しろよな。そうだ、キスできたらイギリスとお前んとこに旅行に行くから、いいホテル用意しろよ」

プロイセンに向き直ってそう言うと、彼は腕を組んで笑ってフランスにとってさらに厳しい条件を付ける。

「あー、できるもんならな。ただし期限は今日中だぜ。このあとイギリスに会うんだろ? ちょうど良かったじゃねえか」

「えっ」

「当たり前じゃねーか、好きで付き合ってんなら、キスくらいいつでもできるだろ? それとも、やっぱり無理なのかよ? ほんとにお前が好きならキスくらいできんじゃねえかなぁー。できないってことはやっぱり…」

お前は騙されてんだよ、と続くであろうプロイセンの言葉を遮るようにフランスは声を上げた。

「わかったよ! やればいいんだろ、やれば! お前…最高級のスイートルームを用意しとけよな! あんまりお兄さんを甘く見んなよ」

「おーおー、任せとけ。ヴェストに頼んで一番いいホテルを取ってやるよ!」

散々聞きたくもないのろけ話を聞かされたことに対する仕返しのつもりなのか、プロイセンは「どうせ無理に決まってるけどな」と言わんばかりの表情でニヨニヨと笑っていて、デザートをつまむのに夢中なスペインも助け船を出してくれそうにない。
確かに今日はこのあとイギリスと会う予定なのだが、いきなり彼らの前でキスしたい言ったところで素直に応じてくれるわけがない。
フランスとしては少し時間をかけて、わずかずつでも外で触れ合うことに慣れさせてからと考えていたので、今急にやろうというのはかなり難しい。
イギリスは人前での接触を極端に嫌うのだ。
ケンカばかりして今も仲が悪いと認識されている相手と、恋人として付き合っていることを知られるのが恥ずかしいという気持ちもあるだろうし、なにより紳士ぶっている彼が人前でのキスに応じるとは思えない。
かといって今さらやっぱり無理、なんて引き下がれないし、どうしたもんかなぁ、と考え込んだそのとき。

「……おい」

ふいに背後から聞こえた唸るような低い声音は耳に馴染んだ聞き慣れた声だった。
フランスが振り返るとそこには不機嫌そうに眉間に深い皺を刻んだイギリスが、仁王立ちでこちらを睨み付けている。
今日の彼との待ち合わせ場所はこのカフェのすぐ向かいにある、大きな街路樹の前だったはずだがイギリスがなぜここにいるのか、フランスは首を傾げて問う。

「あれ、イギリス…? なんでここに?」

心底不思議そうな顔をして言ったのんきなフランスの問いに、イギリスの太い眉毛はみるみるうちにつり上がっていった。

「なんでじゃねえだろっ、バカ! 待ち合わせの時間、とっくに過ぎてんだろーが! なんでてめえは毎回毎回そう時間にルーズなんだよ!」

後頭部をべしっと手のひらで引っぱたかれて、慌てて時計を見ると約束の時間を三十分も過ぎていた。
まずいことに早速怒らせてしまったらしい。
しまった、と顔から血の気が引いたが、デートの約束をしていながら時間を気にしていなかった自分が悪い。

「あー、…悪い。でもよくここにいるってわかったな」

「遅えと思ったら、向かいのカフェに見慣れたバカ面が三つ並んでやがったからな。…てめえで呼び出しといて時間どおりに来ねえとは、……ふざけてんのか?」

「なんやバカって、俺らも含まれとんのかい」

不満げに言ったスペインを一瞥し、イギリスはフランスの髪を力いっぱい引っ張る。

「痛い! はげちゃう!」

「いいこと教えてやろうか? 日本では反省するとき、頭を丸刈りにするらしいぜ。俺がてめえの髪をむしって丸刈りにしてやってもいいんだぜ…!」

恐ろしくドスのきいた声で言いながら、さらに強く髪を引っ張られた。

「遠慮します! ていうかマジで痛い!」

容赦ないイギリスの言動と悲鳴のような声を上げるフランスに、初めは早々に勝利を確信してニヨニヨと笑っていたプロイセンとスペインだったが、あまりにも恋人同士とはほど遠い二人のやり取りにやがて酷く気の毒そうな顔をしてイギリスをなだめ始めた。

「ああ、もうその辺で許したって……俺らも悪いねん、フランスが待ち合わせしとるのわかっとったのに、時間とか気にせえへんかったから!」

「そうそう、もうその辺で勘弁してやってくれ…」

二人に止められて、イギリスは顔をしかめたまま仕方なく掴んでいたフランスの髪を放し、手にごっそり絡みついたフランスの髪の毛を不快そうに払っている。
これではとてもキスなんてできる雰囲気ではないがあきらめるには早すぎるので、フランスは気を取り直し乱れた髪を手早く直して席を立った。

「イギリス、待たせて悪かったな。ほんとごめん。でもお前に会うの久しぶりで楽しみにしてたからさ、お兄さん、二時間前からここで待ってたんだぜ」

「待ち合わせ場所にいなかったら意味ねえだろ」

「ああ、…ごめん……、…とりあえず出ようか…」

不機嫌なままのイギリスの手を引いてカフェを出ると、プロイセンとスペインも席を立ってついてきた。

「あー、俺らも出るぜ! 行くぜスペイン!」

四人揃ってカフェを出たあと、イギリスは後ろにくっついているスペインとプロイセンが気になるらしく、しきりに背後に目線を向けている。

「…おい、なんであいつらも一緒に来るんだよ」

「ああ、その、……ちょっと…」

「……なんだよ?」

妙に歯切れの悪いフランスの反応にイギリスは眉間に皺を寄せて問う。
確かに後ろに二人がくっついたままではデートどころではない。
年末で忙しくて、イギリスと顔を合わせたのは一月ぶりだ。
早く二人きりになって待ち合わせに遅れたお詫びに、彼の行きたいところに連れて行ってやりたい。
しかしイギリスの隙を突いてキスをするのはできないことではないけれど、あとで確実に殺されるのでできればきちんと了承を取りたいところだ。
それにそんな不意打ちみたいなキスじゃフランスの捨て身の行動にしか見えないだろうし、あの二人も納得しないに違いない。
どうやってキスをするかと頭を悩ませているあいだは久しぶりのデートも楽しめないし、なにより後ろの二人が邪魔すぎる。
時間が経つほどにあれこれ考えてしまって言い出しにくくなりそうだし、ここは直球勝負しかない。
フランスは小さく息を吐くと、意を決して隣を歩いているイギリスにそっと耳打ちした。

「……なぁ。一生のお願いがあるんだけど」

「なんだ、いきなり。待ち合わせに遅れたくせにお願いとはずいぶん図々しいじゃねえか」

棘のある科白が返るが、フランスは怯まずに続ける。

「……キスしたい。今すぐ、ここで」

彼にだけ聞こえるような小声ではっきりとそう言うとイギリスは足を止め、ゴミでも見るような目つきでフランスを見つめている。

「そんな顔すんなよ……一回でいいんだけど…だめ?」

「だめに決まってんだろ、バカかお前…こんなとこで」

「誰も見てねえよ?」

「すぐ後ろにいる奴らが見えてねえのか、バカ」

「いいじゃん、見せつけてやったら」

しつこく食い下がるとイギリスが無言で拳を握ったので、フランスは慌てて口を閉じる。
プロイセンとスペインはニヨニヨ笑って二人の様子を見つめていて、どうせ無理なんだろ、と言わんばかりの表情だ。
そんな彼らを見返してやりたいという気持ちもあるが、ずっとイギリスとキスをすることを考えていたせいか、気が付いたら本当に彼とキスをしたくてたまらなくなってしまっていた。

「……イギリス、…したい」

ベッドでしか聞かせないような低く甘い声音で囁くと、イギリスはほんの少し目元を赤く染めて「バッカじゃねーの」と悪態を吐く。
不機嫌な口調のわりには顔中赤くして、さっきまであんなに怒っていたというのにまんざらでもなさそうな彼の反応に思わずフランスの表情がゆるんだ。
こういう変化を見てくれればいいのに、と後ろの友人たちに対して溜息を吐くが、さすがにこれだけでは些細すぎてわかりにくいので仕方がない。

「ね、……一ヶ月ぶりに会ったら我慢できなくなっちゃった。相変わらずかわいいもんな、お前」

ぼさぼさの髪をかき混ぜるように撫でるとイギリスはフランスの手を乱暴に振り払ったが、目元まで真っ赤に染めている。
もう一押しで頷いてくれそうな雰囲気だけれど、逆にしつこい、と怒らせてしまうかもしれない。
これまでの経験上、殴られる可能性の方が高いし、下手に怒らせてデートまで台無しになるのは困る。

「……だめ?」

最後にもう一度ねだるように問うが、イギリスからの返事はない。
やっぱりだめかぁ、と内心で落胆すると、イギリスが急に「あ」と声を上げた。

「……どうした?」

「あそこ、…なんか変なものがあるぞ」

「え、…どこ?」

フランスがイギリスの指さす方向に顔を向けると、スペインとプロイセンもつられて同じ方角を向く。
するとぐい、と髪を引っ張られて、イギリスの方に顔を向けさせられた。
その直後、痛い、と声を上げるまもなくイギリスの顔が眼前に迫ったかと思ったら、彼の唇がフランスのそれに触れた。

「…………!」

唇が触れ合った瞬間にイギリスがぱっと身を引いたので、本当に一瞬だったけれどフランスが望んだとおりイギリスはキスをしてくれた。
らしくないことをして羞恥心と戦っているのか、顔を背けてしまってイギリスの表情は見えないが、耳が赤く染まっている。

「なんだよ、なんもねえじゃねーか」

プロイセンは顔をしかめてこちらに振り返るがフランスは想定外のことに固まってしまい、イギリスの羞恥心が伝染したようにじわじわと全身が熱を帯びる。

「……おい、フランス? どうしたよ」

返事のないフランスの肩を叩き、訝しげに声をかけたプロイセンを無視してじっとイギリスを見つめていると、羞恥心が限界を超えたらしく突然彼に足を踏まれた。

「いった! ちょ、なにすんだよ!」

「うるせえ、こっち見んな!」

「あああ、もう、下ろしたばっかりの靴なのに…!」

「知るか!」

またくだらないことでもめ始めた相変わらずな二人のやり取りに、プロイセンはニヨっと笑って大きく肩をすくめる。

「あーあ、これ以上ついてっても時間の無駄っぽいな。ま、俺らの考えは間違ってなさそうだし、メシでも食いに行こうぜ、スペイン」

「せやなー、俺お腹空いたわ。カフェのデザートだけじゃ足りひんもん。ほんならフランス、またな〜! 身体半分取られんように気ぃつけや〜」

スペインとプロイセンはフランスたちをその場に残し、軽い足取りで機嫌良く歩き出す。

「せや、近くに美味いパエリアの店あんねんけど、そこ行かへん?」

「おー、行く行く!」

友人たちのそんな会話が遠ざかっていくのを聞きながら、フランスはイギリスに向き直って言った。

「……わがまま言ってごめんな。…嬉しかった」

「…なんのことだ」

そっぽを向いたイギリスは妙に上擦った声で答える。
フランスのわがままを聞いてくれたのに、こんなところで自分からキスをしたことが恥ずかしくて知らないふりをしているのがおかしかった。
まったく素直じゃないと思いつつ、頬がゆるむのを抑えられない。

「…じゃあ俺たちも行こうか。このあとちゃんとデートの仕切り直しさせてくれる?」

「……当たり前だ…、バカ」

頬を赤く染めたままのイギリスの答えにフランスは満足げに笑って彼の手を取ると、雪の降り出した街並みを二人並んでゆっくりと歩き出した。





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