朝、学校に着いて部室でユニフォームに着替えようとした時。
 ――――しまった。
 豪炎寺の手が一瞬硬直し、胸に緊張が広がりだした。






 シャツを脱いだ胸には、ペンダントが無い。
 無くしたのではなく、置いてきてしまったのだ。二階堂の家に。
 反射的に胸元を脱いだ衣服で隠し、脳裏に記憶を呼び起こす。


 昨日の事だ。二階堂のマンションへ泊まりに行って、ソファでテレビを観ていると、表情を変えずに眺めている豪炎寺を二階堂がからかってきた。抱き寄せて、重心をかけられた。
 不機嫌そうに、けれども触れてくれた喜びを含めながら胸を押す豪炎寺だが“あっ”と声を上げて首を押さえる。ペンダントの鎖が絡んでしまったのだ。鎖の粒が小さく、運動では支障が無いが身体を倒すと絡まり易い。鎖は複雑に絡んでしまい、困り果てる豪炎寺に二階堂は一度外すように勧める。
 不服そうにしながら、しぶしぶ豪炎寺はペンダントを外した。
「待ってろ」
 二階堂が丁寧に絡んだ鎖を直してくれる。直れば直ったで、豪炎寺は無邪気に喜んだ。
「有難うございますっ」
「お前、俺じゃ解けないと思ったろ」
「…………少し」
「正直な奴だな」
 髪をくしゃくしゃさせて豪炎寺の頭を撫でる。
「でもちょっと、危ないな」
「そうですね」
 ややトーンの上がった声で交し合う二人。この後の行為を考えれば、また鎖は絡まってしまいそうだった。
「朝、出る時につけたらどうだ」
「そう、ですね」
 手の平の中に収まるようにペンダントをゆっくり下ろす豪炎寺。二階堂は顔を寄せて共にペンダントを眺めながら、耳元で囁いてきた。
「絡まったペンダント、首輪みたいに短かったな」
 どくん。豪炎寺の胸が奥底から突き上げるように高鳴る。
「なに言うんですか」
 視線をペンダントに集中し、半眼になる豪炎寺の胸はどくどくと鼓動が忙しい。
「お前をペットにして、閉じ込めちゃおうか。……冗談だよ」
「当たり前です。馬鹿みたい」
 立ち上がり、怒りを主張するように歩調を速めて寝室に逃げ込んだ。
「…………………………」
 背を押すように扉を閉めて、口を尖らせる。
 胸に手を当てれば、まだ治まらない。
 性質の悪い冗談ではあるが、黙って木戸川を去った豪炎寺にとっては内心嬉しいのだ。戻れはしないけれど、欲してくれるのは悪い気がしない。
「豪炎寺〜」
 コンコンと、扉の向こうから二階堂が小さくノックしてくる。
「悪かった。ごめんな」
「…………………………」
 そっと扉を開ければ手を入れられ、大きく放たれた。そうしてギュッと強く抱き締められる。
「ほーら、捕まえた!」
「…………………………」
「え……ああ…………はは」
 照れを隠すように明るく笑いながら、二階堂は身体を解放させた。その間もチラチラと豪炎寺の顔色を伺うものだから、つい豪炎寺は息を吹いてくすくすと笑う。


 それから二人でじゃれあって眠って、うっかり寝坊してしまった。慌てて家を出て電車に乗り、やっとここでペンダントを置いてきた事を思い出したのだ。
 ペンダントを取ってくるのは特に問題はないが、二階堂との逢引きが原因で忘れてしまったのは後ろめたい。おまけに絡ませてしまったの鎖を、自力で直せなかったのも手痛い。
 ――――昨日、二階堂監督があんな事言うからだ。
 いつも己で抱え込む性格なのに、二階堂への甘えか彼に責任転嫁しそうになる。
 自然と口が尖り、着替えていると不意に隣から声を掛けられた。
「豪炎寺」
「えっ」
 焦ったように振り返ると、円堂が豪炎寺の胸元を指差す。
「ペンダントは?」
 ストレートすぎる。あまりにも直球過ぎて、どう答えれば良いのか戸惑いが生じた。
 一息間を開けて放とうとすれば、染岡が大げさなリアクションを取る。
「おおおおい!どうしたんだよ!ペンダントねえぞ!」
 染岡の反応に、他の仲間たちも寄ってきた。
「ホントだ!ありません!」
「どうしたんだよお」
「妹さんと喧嘩した?」
 じろじろと大勢に裸の胸を見られて、さすがに恥ずかしく豪炎寺は視線を避けようと動こうとする。
「ゴッドハンド!」
 がしっ。円堂が豪炎寺の肩を掴んで向き直らせた。
 一瞬、手が巨大化して輝いたように見えた。
「どこ行くんだよ、なんとか言えよ豪炎寺」
「ペンダントは、忘れたんだ……」
「なんで」
「なんでと言われても、つい」
 視線を彷徨わせながら、ぼそぼそ答える。
「肌身離さず持ってるもんをどうして忘れるんだよ」
「たまたま、外したんだ」
「なんで」
「なんでと言われても、たまたま」
 ずいずいと近付き、豪炎寺をロッカーの隅まで追いやる雷門メンバー。
「妹さんと何かあったんだろ……」
「何も無い」
「なんで」
「なんでと言われても、ない」
 話題がループに陥っているのに、抜け出す突破口が見えない。
 ――――二階堂監督のせいだ。
 二階堂に会った時の文句を考えながら、豪炎寺は仲間の説得に悪戦苦闘した。







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