ぱん。音を立てて手を合わせ、二階堂は頭を下げる。
「な、頼むよ」
 向かい合う豪炎寺は困惑の表情を浮かべた。
「一本。一本だけだからっ」
 この通り!頭をさらに下げて二階堂はお願いする。



一杯



 事は伊賀島の薬を豪炎寺に仕込まれた二階堂が、子供の姿になってしまってから始まる。
 効果は数日で切れるらしいのだが、もう三日目。縮んだ理由は学校に許可を取って貰ったらしいが、いかんせんこの姿は弄られやすくストレスが溜まるらしい。おまけに酒も煙草も子供なのでアウトとなると、二階堂のストレスは溜まる一方だった。
 豪炎寺も申し訳なく思い、二階堂の姿が変わってから泊りがけで共に過ごしている。これが監視の意味もあって、とにかく二階堂から大人の嗜好品を奪い取った。
 そしてとうとう、二階堂が豪炎寺に“ビールを一本だけ飲ませてくれ”と申し出てきたのだ。
「監督」
 腕を組み、豪炎寺が放つ。
「本当に、一本だけですね」
「うん!」
 本当に飲みたいのだろう。彼は本当の子供みたいに大きく頷いた。
 普段、二階堂は豪炎寺の前では酒を飲まないので、これは相当飢えているのだろうと察する。
「わかりました。一本だけですよ」
 冷蔵庫を開け、二階堂に渡した。
「有難う豪炎寺!」
 にっこりと微笑む二階堂と豪炎寺の顔の高さはほぼ同じで、近すぎる笑顔にどきりと心臓が高鳴る。
「飲むぞー」
 ソファに座って、いい音を立ててプルタブを開け、喉を鳴らして一気に飲む。
「監督、そんな一気に……」
「ぷっはぁーっ、美味い!」
 缶を口から離すなり、二階堂の顔がカーッと赤く染まった。
「やばい、回った」
 頭をたれ、ソファにぐったりと横になる。
「監督、大丈夫ですか」
 豪炎寺は隣に腰掛け、優しく彼の背を揺らす。
「もーねむい。ねる」
 呂律の回らない舌で言う。
「うごけない。ごうえんじ、つれてってくれ」
「………………………………」
 二階堂が豪炎寺の前で飲酒をしなかった理由がなんとなくわかった。かなり面倒な性格になるようだ。
「しょうがないですね。行きましょう」
 腕を回し、抱き起こそうとする。すると二階堂も腕を回し、豪炎寺にしがみついてきた。
 べったりと、頼るような力に、また豪炎寺はどきりとする。
「おぶって」
 放った後に、喉で笑う二階堂。豪炎寺に甘える振りをしてからかうつもりらしい。
「ごうえんじ。おぶって」
「……今日だけですからね」
 背を向け、二階堂をおぶって寝室まで連れて行く。
「ごうえんじ。好きだよ」
 二階堂は後ろからぎゅっと抱きしめて、耳に息を吹きかけてくる。アルコールの香る甘い吐息が豪炎寺の鼓膜をくすぐった。
「今度したら落としますよ」
「こわいこわい」
 むかつく。こめかみをひくつかせる豪炎寺であった。


 寝室に入り、ベッドに落とすように二階堂をおろす。
「……う、ん………っ……」
 二階堂は赤い顔で喉を鳴らすだけだった。衣服の隙間から覗く素肌も染まってしまっている。子供の身体で、しかも大人のペースで一気に飲んで酒が回りすぎてしまっているのだろう。
「二階堂監督。もう休みましょう」
 布団をかけてやる豪炎寺だが、伸ばされた二階堂の手が腕を捉えた。
「豪炎寺も一緒に、寝ようか」
 薄く開かれた瞳はとろんと虚ろだ。寝ぼけとは異なる、欲を含んだ色をしていた。
 一緒のベッドで眠るのは、豪炎寺がお願いした時でしか二階堂は許さないのに、自ら誘いをかけてくる。まったく異なる二階堂の一面に、とても危険な匂いがした。しかし、断り我慢できるような術を豪炎寺は持ち合わせてはいない。
「監督」
 引き寄せられるままに、豪炎寺もベッドに入り込む。
「かわいいなぁ、お前」
 頬を両手で包み、口付けを施す二階堂。
「そういうの、やめて、ください」
「本当のことだろ。かわいい、俺の豪炎寺」
 ちゅ、ちゅ、と唇の音を立てて、優しく愛撫をする。
「豪炎寺」
 頬を摺り寄せ、にこにこと微笑む。
 豪炎寺の心臓は爆発しそうなくらい、どくどくと脈打つ。
 普段の愛の囁きも優しいが、いつもどこか立場を感じ、一線が引かれていた。だが今は境界線を感じない。共に溶け合う温もりがあまりに心地よくて、心臓が追いつかないのだ。
「かんとく、二階堂かんとくっ」
 豪炎寺もお返しとばかりに二階堂に口付け、衣服をずらして肩を露出させ、首筋に舌を這わせた。
「……あ……っ……」
 びくん、と二階堂の身体が震える。そうして声を上げた口元を拭う。
「い、いまの、なし」
 羞恥に視線をそらした。
「どうして無し、なんですか」
 豪炎寺は二階堂の胸元をはだけさせ、胸の間を指でなぞる。また、ぴくんと震えた。
 酒のせいで理性が利かないのだろう。刺激に敏感になっているように見えた。
 前から薄々気づいてはいたが、二階堂は感度が良い。本人は豪炎寺を子ども扱いしながら隠しているが、わからないほど豪炎寺も子供ではない。普段は大人の力で負かされ、ごまかされるが、同じ子供ならば二階堂の全てを暴けそうな気がした。弱点を探すチャンスである。
「かんとく」
「うあ……、こら、………こら、やめなさい」
 抱きしめて愛撫すれば、腕の中でぴくぴくと反応した。
「監督こそ、可愛いじゃないですか」
「……っはぁ」
 甘い声を漏らす二階堂に、豪炎寺はぞくぞくと欲情にそそられる。
「違うって。これは、違う」
「駄目ですよ監督。そんなの通じないです」
 また手で声を抑えようとする二階堂だが、豪炎寺は企みに唇を緩ませて退かせた。
「二階堂監督」
 豪炎寺の手が、二階堂の身体を丹念に撫でだす。検査をするように、探り出した。





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