先週から木戸川清修サッカー部に副監督として、教育実習生の若い女教師が就くこととなった。
 彼女は二階堂の選手時代のファンらしく、しきりと彼を慕ってきて、二人はある事ない事の噂の的になってしまう。そんな中、雷門との合同練習の話が持ち上がった。
 フットボールフロンティア優勝校かつエイリアの脅威から救った雷門は有名で、当然女教師もついていく事となる。
「ん?新しい人?」
 土門が西垣に女教師を指して問う。
「ああ、教育実習生だよ」
「へえ……」
 会話を交わす二人の間を突っ切って、豪炎寺が二階堂の元へ向かった。
「うわ、吃驚した」
「修羅場?修羅場?」
 くすくすと喉で笑う土門と西垣。
 豪炎寺が二階堂に好意を向けているのは、本人の口から言わずとも鈍い連中以外は周知であった。
 生徒が監督に恋なんて叶わないと密かに哀れまれているのだが、まさか結ばれているなどとは誰も知らない。


「二階堂監督」
 後ろから二階堂の裾を引っ張って、彼を振り向かせる豪炎寺。
 丁度、女教師と話している最中だった二階堂は豪炎寺を見て“おお”と軽く挨拶をしてから、彼女の肩を抱いて女教師に紹介する。
「今、話していた娘、豪炎寺です」
「こんにちは。先週から副監督を勤めさせてもらっているの。貴方も二階堂さんの教え子だったのね」
 二階堂さん。呼び名が面白くなくて豪炎寺の表情は無表情から無愛想になった。
「豪炎寺です……」
「貴方のプレイや活躍はテレビや新聞で見てるわ。凄いわね」
「……有難う、ございます……」
 女教師は豪炎寺を口では褒めるのに、視線は二階堂へ一心に注がれている。二階堂はわかっているのかいないのかヘラヘラしていた。
 面白くない。豪炎寺は不満で胸がいっぱいになる。女教師は気に入らないし、こんな二階堂を見たくはない。
 二階堂の事になると、いや二階堂と想いを伝わせてから、豪炎寺は嫉妬深くなったと自覚している。ただでさえ離れているせいか、自分が傍にいる時は二階堂に自分だけを見て欲しくなるのだ。
「…………………………………」
 豪炎寺の二階堂の衣服を掴む手が、腕にしがみついてくる。
「ん?どうしたんだ豪炎寺?今日は早いから眠いのか、なんてな」
 とぼけた口調だが、二階堂は豪炎寺の嫉妬の信号を悟っていた。
「すみません、豪炎寺が私に用事があるみたいなので、ちょっと行ってきます」
「は、はい」
 二階堂は豪炎寺を連れて、人目のつかない適当な建物の裏へ行く。


「豪炎寺」
 二階堂は豪炎寺に向き合い、膝をついて視線の高さを揃えてから両肩に手を置いた。
「どうしてあんな膨れっ面するんだ。愛想良くしろとは言わないが……」
 豪炎寺は視線をそらし、そっぽを向く。
 子供っぽい仕草だとわかっていても、胸のムカムカが治まらない。
「仕事上の付き合いだよ。それくらいわかっているだろ」
「…………………………………」
 豪炎寺はそっと二階堂の片手を持ち、指を口元まで持ってくる。
 そして――――かぷ、と彼女は噛み付いた。
「いたっ」
 二階堂が声を上げても、かぷかぷと何度も噛んでくる。
「こら、やめなさい」
 豪炎寺を引き寄せて、ぎゅうと丸ごと抱きしめる。
 硬く意地っ張りな身体が、だんだんと緩くなっていき、ふにゃりと柔らかくなって抱き返してきた。
 軽く離させてから額に口付け、次に唇に触れてやれば、真っ赤になって頬に口付けを返してくる。
「監督、ごめんなさい」
 噛み付いた箇所を舌先で舐る豪炎寺。
 息と唾液と舌の滑りに、二階堂の胸はどろりとした欲情が沸くが、表情には出さずにじっと指を見つめていた。いくら好きでも相手はまだ子供。狼にはなれない。
「豪炎寺。いい子だ……」
 でも。二階堂は豪炎寺の髪を撫でながら耳へ唇を寄せて、そっと囁く。
「こう悪さばかりすると、躾を考えなきゃいけなくなる」
 これが初めてでは無かった。前にも豪炎寺はやきもちを妬いて噛み付いてきたのだ。
 ぴくんと震えるのがわかった。豪炎寺は甘えん坊でやきもち妬きで怖がりだ。付き合うまではこんな性格だと知らなかったが、全てが愛おしくて仕方ない。彼女の態度も、二階堂が愛するからこそ見せる愛されたい行動とも取れる。
「監督。怒っていますか?」
「怒ってないよ。躾だって、こういうのだよ」
 二階堂が豪炎寺の耳に甘噛みする。
「監督」
 首に腕を回して、頬を摺り寄せてきた。ひげ、との呟きに二階堂はやや困り顔で微笑む。
「さ、豪炎寺。あの先生の所に戻るぞ」
「はいっ」
 きちんと答える豪炎寺は、普段のものに戻っていた。
 二階堂が手を差し出せば握り返す手つきも、生徒のもの。
 スイッチの切り替え方はさすがなのに、また口付けでもして戻したくなる悪戯心が二階堂の胸に渦巻いた。





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