暑い、眩しい日だった。
夏の女神
昼休憩を知らせるチャイムが鳴り、円堂は教室を出て部室へ向かう。室内は誰もないので静まっており、普段の活動的な雰囲気はなく物寂しい。左側の物置の戸を開けて、物色を始めた。
この物置はかつての響木もいたイナズマイレブンOBが使用していた部屋。祖父の残したものもたくさんあるらしい。円堂は合間を見てこの部屋を調べている。誰かがいるとサッカーがやりたくなって集中できないので、主に人気の無い昼休憩を利用していた。
「よっ……と」
背を屈めてダンボールを漁っていれば、自然と開けられていた戸は閉まる。その次の瞬間、外側の扉が開いて誰かが入ってきた。
「?」
誰だろうか。物置の戸についている埃だらけの硝子窓を軽く擦って様子を伺う。
薄い水色の長い髪が見える。恐らく風丸だ。
彼女は円堂の古い付き合いで、円堂の熱意に押されて女性ながら入部して戦ってくれている頼もしい友人である。
「お」
おい風丸。呼びかけて姿を見せようとした円堂の唇が、最初の一言を発するだけで固まった。
風丸は水着姿だった。水着は真っ黒で髪も下ろされている。恐らく、プールの授業が終わった直後にここへ来たのだろう。汚れた硝子窓から、黒い水着と白い肌のコントラストが艶めかしく映る。いや、濁っているせいか、ぼやけてより官能的に見えたのだ。
どきん。円堂の胸が緊張で高鳴った。
風丸はずっと友達で、今もずっと友達だった。性別とか関係なく遊んでいた。
まるで女の子みたい。当たり前なのに、彼にとっては驚きだった。
水着の輪郭が女性の線をなだらかに描いている。男とは違う、丸くて柔らかくて、気持ち良さそうな線をだ。
ごくん。生唾を飲む円堂。色恋沙汰など特に興味は無いのに、視線が釘付けになってしまう。
女性の色香を目の前にして、生理的でどうしようもない男の本能が引きずり出される。
「……………………………」
円堂の存在に気付かない風丸は、着替えの入っているらしいバックを適当な机の上に置き、ロッカーを探る。
「あった」
何かを取り出して口元を綻ばせた。どうやら着替えよりも優先させたかった忘れものを取りに来たに違いない。忘れものを鞄に入れ、扉の方へ行ったと思うと鍵を閉めた。
円堂は非常に嫌な予感がする。風丸は着替えずにここへやって来た。ここが誰もいないのならば、だ。やる事は一つだろう。
風丸は自らの肩に手を置き、水着を下げる。
そう、風丸はここで制服に着替えようとしていた。皆と一緒ならばタオルでも被るが、一人なのを良い事にそのまま隠さずに着替えを始める。
湿った水着は脱ぎ辛く、ゆっくりと下ろされていく。鎖骨が覗き、もう片方の肩も通して胸元まで下ろそうとした。
「……………………っ……」
円堂は両手で目を隠すが、指の間から覗き見てしまう。けれども長い髪で隠れて胸の突起は見えなかった。しかしささやかな乳房の丸みが見えて、丸見えよりもいやらしく感じる。
この行為は覗き以外の何ものでもない。しかも相手は気心の知れた友人の風丸。最低の事をしている自覚はある。だが、目が離せない。声も出ない。
きゅ、と水着のきつそうな音がして、腰まで下ろされる。真っ白で小振りの尻が露になった。
ギィ……。
鈍い、音がした。誰が力を加えた訳でもなく、風の仕業でもなく、自然と物置の戸は開いてしまった。しっかり閉めていなかったので、立て付けの悪さから自動的に開いたのだ。
ガタン。
ノブが木製の壁に当たって音を立てる。物音に引かれるように風丸は振り向き、その奥にいた円堂とばっちり目が合った。
「……………………………」
「……………………………」
円堂の顔は急速に熱くなり、冷めていく。風丸の顔の熱は上昇するばかりだ。
「え、…………え、………ど……?」
あまりのありえない状況に、風丸は唇の動きと声が合わない。
「違う!違うんだよ!違う!」
円堂は手を前に出して振り、無実を訴える。円堂が喋った事により、風丸の中で何かのスイッチが入る。
「なんで!なんでお前ここにいるんだよ!信じらんない!」
涙目で叫びだす風丸。まさか円堂に覗かれるなんて理解の範囲を超えていた。円堂はサッカーばかりでそんな素振りはちっとも見せていなかった。大好きで慕っていて、淡い想いもあった友人に、こんな真似をされるなんて頭がどうにかなってしまいそうになる。
「最悪だよ!どうしてこんな事するんだ!」
感情が昂って、ひたすら喚く。
「俺、そこで中を調べていただけなんだって!風丸が着替えを始めるなんて思わなかったんだよ!」
「言ってくれれば良いだろ!」
「出るに出られなくなったんだよ!」
はぁ、はぁ……。声を荒げ、息を整える二人。ただタイミングが最悪だっただけ、双方に非は無い。
言いたい事をだいたい口にすれば、落ち着いてきた。
「……円堂、信じて良いんだな」
「信じてくれよ、風丸」
「わかった」
風丸は小さく頷き、胸元を手で隠し、鞄からタオルを取り出そうとした。
けれども足の付け根辺りまで下ろされたままの水着が引っ掛かり、滑って転んでしまう。
「わ!」
「風丸っ!」
助けようと駆けつけた円堂も、床に足を滑らせて倒れこんだ。
「……………………………」
もはや円堂は弁明の余地がない事を悟る。
全裸同然の風丸に圧し掛かるような体勢で、床に手をついてしまった。視線を交差する風丸は顔を真っ赤にさせて泣き出してしまっている。無理も無い。これではまるで無理矢理、強姦でもするかのような格好だ。円堂自身も風丸を怖がらせてしまっているのを自覚している。
早く退かねばならないのもわかっている。わかっているのに、円堂は興奮を抑え切れないでいた。床に散らばった風丸の髪が、肌が、輪郭が、綺麗だと思ってしまった。人間の女性美を焼き付けられていた。
「円堂……どうしたんだよ……なんとか……言えよ……」
細く、風丸は囁く。
頼りない声色に隙間がチラつく。悪魔の誘いのようにも聞こえた。男を狼に変える女の引力――――。心臓の忙しない鼓動が暴れだす。
「ごめん……見とれて……た」
風丸は一瞬、目を丸くさせた。今日の円堂は円堂らしくない事ばかりを言う。彼の一つ一つの仕種が、風丸の身を羞恥に焦がす。だがプールで冷えた身体は寒く、くしゃみをした。
「ごめん……」
円堂は風丸を抱き起こし、鞄からはみ出ていたタオルを出して肩にかける。
「そんなに、謝らなくていい」
「でもさ」
「円堂だから、信じてる」
俯き、ぽつりと呟く風丸。
「駄目、だって」
返ってきた円堂の言葉に顔を上げた。
「俺、だって」
エッチな事考える。
言いかけて、円堂は口を閉ざす。
なんとなく察した風丸はほんのりと頬を染め、くすぐったい雰囲気が漂った。
「くしゅ」
風丸がまたもやくしゃみをして、つられて円堂もくしゃみをする。
「円堂は別に寒くないだろ」
「なんか、出た」
笑い出す風丸に円堂も笑う。くすぐったくて、笑ってもいなければ落ち着かない。
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