「ふう」
風呂からあがり、脱衣所から居間に出てきた二階堂は頭にタオルを巻き、バスタオルという姿だった。ぺたぺたと裸足で冷蔵庫の元へ行き、ビールを取り出す。テレビを観ながら飲もうかとソファに座ると、人の視線を感じた。
無防備の夜
「………………かんとく?」
振り返れば、寝室から豪炎寺が覗いている。
今夜、彼を泊めて先に風呂に入らせたので、すっかり眠っていると思い込んでいた。はしたなく、大胆な格好に二階堂はバスタオルの位置を気にしながら彼に語りかける。幸い、ソファの背もたれが二階堂の姿を隠してくれている。
「豪炎寺、起きちゃったのか?」
「はい……」
二階堂は隠しきっているつもりであるが、豪炎寺からは裸の肩が丸見えであった。髪を上げたうなじまで見えて、かなり目に毒な光景であり、眠気はどこかへ飛んでしまう。
「二階堂監督、湯冷めしますよ」
「え、ああ。ビール一杯飲んだら寝るよ」
豪炎寺を泊まらせるのは、二人が想いを通わせてから三度目。彼のいる時に酒を飲むのは初めてであった。
「監督、飲むんですか?」
豪炎寺の足が前に出る。
「眠くなるまで、監督の傍にいて良いですか?」
「ん、構わないけれど。お腹でも空いたか?おつまみ用意しようか」
二階堂は立ち上がり、つまみを取ってくると言うのを口実に脱衣所で着替える。
タンクトップとジャージのズボンという姿で豪炎寺の元へ戻って来た。そうして二人はソファに並んで座り、深夜の映画でも眺めながら時間を過ごす。
酒が入れば二階堂の気も緩み、豪炎寺にも浸透して二人の気持ちは溶け合っていく。
ついこの時間が心地良くて、ビールは一本、二本と量を増やし、二階堂の意識はアルコールに浸る。酔いが回るにつれ、二階堂の様子に変化が表れる。豪炎寺の知らない二階堂へと変わっていく。
「ごうえんじ」
声が近くで聞こえ、豪炎寺の身体が硬直した。
腕が回って抱きすくめられ、ふわりとシャンプーの香りが鼻孔を甘くくすぐる。
「ふふ」
二階堂は喉で笑い、背中から重心をかけた。
ふに。彼女の乳房があたる。
むに。柔らかな感触がした。
こんな関係になるまでは知らなかったが、二階堂は見た目より胸が大きい。元選手で現役時代よりは筋肉はないだろうが、身体は十分に引き締まっており、柔らかい部分は柔らかい。
「かんとく」
豪炎寺は嫌がる素振りをチラつかせた。
こんな抱かれ方はいかにも子供扱いだし、思春期には刺激が強すぎる密着だ。
「嫌かぁ?」
二階堂が豪炎寺の顔を覗きこんでくる。その瞳はとろんと眠たそうで熱っぽい。完全に酔っ払った顔だ。
「俺を玩具にしないでください」
「つれないなぁ。先生は豪炎寺が大好きだぞ」
ちゅっ。豪炎寺の頬に軽い口付けを施す。
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ。顔中に落としだした。
「か、監督っ。あっ……あ……ちょっと……」
硬直した筋肉が緩み、ふにゃふにゃに豪炎寺の身体は解れていく。
柔らかくて温かくて気持ちいい。いい匂いがして、酔って絡む二階堂は無邪気で可愛らしいと豪炎寺は思う。けれどもそれこそが彼女の罪深い所だ。まだ子供だからと一線を踏み出させてはもらえず、生殺しなのだ。
「すまん、つい豪炎寺が可愛くてさ」
謝り、身体を解放させる二階堂。密着して絡んだせいでタンクトップは少しの乱れで乳房が零れ落ちそうにずれてしまっている。風呂上りなのもあり、水気を保った肌が潤いを与えてむっちりとした張りのある肉感を浮き立たせていた。
ごくん。豪炎寺は生唾を飲んでしまう。豪炎寺の秘める未熟ながらも備わった男の欲望が疼き、理性で抑えようとすれば冷や汗が滲み出た。
子供だからと甘いのか、恋人だからと誘うのか、プライベートの二階堂は豪炎寺に対して無防備すぎる。酒が入ればよりストレートだ。それとも誰に対してもそんな真似を見せるのか――――という無神経さの疑いも渦巻いた。
「…………………………………」
豪炎寺は唇を尖らせ、視線を逸らす。無意味な嫉妬が機嫌を損ねさせた。
「ごうえんじ、どうした?」
「なんでもないです」
「なんでもなくはないだろ?」
二階堂は手をつき、豪炎寺と視線を合わせてくる。
「二階堂監督は」
「ん?」
「酔うといつもそんな態度なんですか?」
「え?」
「俺は、嫌です」
「…………………………………」
二階堂は豪炎寺の意図を察し、座りなおして姿勢を正した。
「すまん、つい豪炎寺と一緒だから浮かれてた。先生、お酒は好きだけど強くなくて」
「監督は、キス魔、なんですか」
「へ?どうだろ……」
二階堂は豪炎寺の口から出た単語に驚きを見せるが、返事は曖昧だった。
豪炎寺は俯き、ぼそぼそとした口調で意見する。顔は燃えるように熱い。
「か、絡んでも、いいですから。酔っても俺以外にキス、しないでください」
「……わかった」
「約束、ですよ」
「うん」
豪炎寺が顔を上げ、二人は唇と唇を重ねた。
それから二階堂は残ってしまった酒を飲み干すが、彼女はすっかり酔いが回りすぎて、ソファからずり落ち、テーブルに突っ伏してしまう。
「かんとく、飲めなかったら捨てれば良かったのに……大丈夫ですか」
「…………………………………」
テーブルの上で擦るようにして頭を動かし、二階堂は頷いた。
「監督、ここで眠ったら風邪ひきますよ。ベッドに行きましょう」
二階堂は素直に頭を持ち上げ、うん、と返事をする。
「じゃあ、俺が起こし上げますね」
「うん」
豪炎寺が起こし上げようとすれば、二階堂がべったりと身体をもたれさせてきた。
頼られ、そして無防備で、すかすかなまでの隙が目に見えてわかる。今どうにかしてしまえば、本当にどうにか出来てしまいそうな期待に、一人想像して鼓動が早まってくる。
「!」
豪炎寺は頭を振って我に返る。酔ったところを襲うなど、卑怯極まりないと理性を保った。
二階堂を引っ張っていきながら、ベッドに転がさせる。
「う…………ん……っ……」
気だるそうに呻いた彼女は寝返りを打ち、豪炎寺が入り込めるスペースを作った。
見えない糸で引き寄せられるように、豪炎寺も同じベッドに潜り込む。
「ん…………」
もう一度寝返りを打った二階堂と、豪炎寺は向かい合う。
「……ん……ぅ…………」
二階堂は反応する事無く寝息を立てだした。
すぅ、すぅ、と、それは心地良さそうに眠っている。薄く開かれ、空気を取り込もうとする唇に、豪炎寺は少しずつ顔を近付けて奪おうと試みる。
――――襲いはしないが、これくらいなら許されるはずだ。
二階堂が起きないように、そっと唇を合わせる。意識がある時よりも、罪の味がした。
もっと味わいたくて、固定させようと首に手を添える。すると、ぴくんと二階堂が反応する。
「あ……?」
聞いた事もないような音が唇から漏れた。二階堂は半眼で目覚め、豪炎寺を瞳に映し出す。
驚いた豪炎寺の二階堂の首に添えた指がひくんと動き、新たな刺激を二階堂に送る。
「っ」
思わず眼を瞑る二階堂。その反応に、豪炎寺の中の欲情がどろりと蠢く。
無防備の隙を突き、反応を示してくれた彼女に、ここが弱点なのかと悦びが囁いてくる。
「こら。いきなり、なんだ豪炎寺」
「…………………………………」
豪炎寺は二階堂を見据えたまま、彼女の首を優しく擦った。
「こら…………」
窘める二階堂の頬が、ほんのりと染まるのが見える。そこから手を後ろ頭へ滑り込ませて撫でる。
「だからなんなんだ。言いなさい、豪炎寺」
「……かんとくに、触りたいんです」
「……ふぅん」
あふ……。二階堂はあくびをかみ殺し、豪炎寺の腰を抱いて引き寄せた。
「好きに、なさい」
再び眠りに落ち、目覚めない二階堂を、豪炎寺は飽きるまで髪や耳、首に触れていた。
そして翌朝。二階堂は目覚めるなり、豪炎寺の顔の近さに驚く。
「あ、監督。おはようございます」
「豪炎寺。いいからそこに座りなさい」
「はい?」
豪炎寺は身を起こし、二人はベッドの上で正座をして二階堂の質問責めが始まった。
大方の内容は二階堂が酔ってなにかをしでかさなかったか、という事。彼女の様子からして、昨夜の潰れ方は全く覚えていないようだった。
「二階堂監督は、しつこく俺に絡みました」
正直に放てば、二階堂は額に手を当て、いかにも“しまった”というポーズを取る。
「豪炎寺、すまなかった。先生は酒癖悪くてな……」
「いいえ、俺は気にしていません。お酒飲みたいなら飲んでください。俺もしたいようにしますので」
「え?」
きょとんとする二階堂をよそに豪炎寺は立ち上がって朝食の準備に行ってしまう。
「?」
豪炎寺の表情はどこか嬉しそうで、二階堂は妙に気恥ずかしい気持ちが湧き上がった。
一体、なにをしてしまったのか、なにを知られてしまったのか。
豪炎寺が呼びに来るまで、記憶を呼び起こそうとしていた。
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