「じゃあまたな、豪炎寺」
 二階堂が微笑む。
「あの、監督……」
 豪炎寺は困ったように俯いてはにかんだ。
「玄関までで、本当に……」
 話の途中でアナウンスが入り、声が遮られる。
 ここは木戸川の駅。豪炎寺が二階堂の家に泊まってから稲妻町へ戻るのは始発を利用している。毎回、家まででいいと言っても、二階堂は駅まで送ってくれるのだ。
「時間が時間だし、女の子を一人で行かせられないさ。悪い男に捕まったらどうする」
 二人が秘密の関係を持ち始めてから、二階堂は心配性で過保護になった。すぐに身を案じるし、ショートパンツを履いてきた時は足が出すぎだと注意される。嬉しいのは嬉しいのだが、二階堂の愛に包まれすぎると恥ずかしくなって胸が落ち着かなくなってしまうので豪炎寺は困った。
 豪炎寺の心はとっくに捕まってしまっているのだ、二階堂という男に。だからこそ、もっと信用してくれれば良いのにと彼女は思う。
「そうだ豪炎寺。そろそろ文化祭の時期だろう。サッカー部はなにをやるんだ?」
「は?……ええと…………ただの売店ですよ」
「そうか、頑張れよ」
 二階堂は手を振り、豪炎寺は頭を下げて彼と別れる。
 見えなくなってから、彼女は溜め息を吐いた。売店は売店なのだが、ただの売店ではない。所謂“メイド喫茶”をやる予定になっていた。もしも二階堂に知られたらうるさそうなので、ごまかしてしまった。
 どうせ来ないだろうから高を括っていた。二階堂の方も、行くつもりはなかったので詳細は問わなかった。
 まさか三姉妹や西垣と共に雷門の文化祭へ行くなど、思っても見なかったのだ。



きみに、むねキュン



 文化祭当日。サッカー部は本校舎の一室を借りてメイド喫茶を開く。
 皆、届いた衣装に袖を通してはしゃいでいた。
「へへ、どうかなぁ」
 逸早く着替えた円堂は、袖を弄りながら照れ臭そうに笑う。
「円堂、リボンずれてるぞ」
 後ろから一之瀬がリボンを整えてくれる。
 メイド服のデザインは、白と黒を基調にしたスカート丈も膝までの落ち着いたもの。腰の後ろに花開く大きなリボンとヘッドドレスがチャームポイントである。
「あれ?」
 豪炎寺が着替えてくるなり、音無が彼女を指差す。
「どうした?」
「豪炎寺さんって意外と胸大きいんですね」
 音無の言葉に、聞こえた数人が注目する。
「別に……変わらないぞ……」
 冷静に否定した。
 だが実際に胸は大きいというより、最近急に育ってきてブラジャーがきつく感じている。サッカーをするにも不便だし、隠したい気持ちだった。
「そうですかぁ?」
 目をパチクリさせる音無。彼女をまじまじと見て“あ”と声を上げる。
「これ、お忘れですよ」
 衣装の入った箱からヘッドドレスを取り出して、豪炎寺に渡す。これを付ける為にわざわざ髪を下ろしてきたが、付けないなら付けないままでやりすごしたかったので黙っていた。
「はぁ」
 結局見つかり、付けるはめになる。
「おい豪炎寺。そろそろ行くぞ」
 半田が呼び、影野が手招きをした。彼女たちは看板を抱えており、豪炎寺を含めた三人は主に宣伝係として校内を回る。豪炎寺は小走りで駆け寄り、仲間に見送られながら教室を出た。
「んじゃ、私はこっち行くから、影野はあっち。豪炎寺は外。それで良いか?」
 半田はテキパキと役割を決めてくれ、特に反論のない影野と豪炎寺は了承する。
 豪炎寺は二人と別れ、看板を良く見えるように持って本校舎を出て外を回った。彼女以外にも外で宣伝をする生徒はいるが、いかんせんメイド服は一際目立って気恥ずかしい。普段、ひらひらした服など無縁なので余計にだ。さらにおまけに、サッカー部は有名なので視線を多く集めてしまう。
 あれ豪炎寺じゃん?
 誰かの声が聞こえて、豪炎寺は気難しそうに眉間へ皺を寄せた。


「豪炎寺?」
 またもや言われて、不快を露にして声のした方を振り向く。だが相手に豪炎寺は面を食らった。
「お前たち……」
「うわ?マジで豪炎寺じゃね!」
 相手――武方三姉妹は豪炎寺を指差す。
「サッカー部がメイド喫茶ってマジだったんだ」
「どうしたんだ、ここへ来るなんて……」
「偵察に決まってるし。雷門がフットボールフロンティアに優勝したもんだから、入学希望の強豪選手が来るだろうってさ」
「お、情報提供者のご登場」
 手を振る武方三女、西垣が二階堂を連れてやってくる。
 西垣が――二階堂を――連れてやってくる。二階堂が――やって来た。
「西垣の言った通り、サッカー部はメイドでしたね」
「だろう?なあ豪炎寺、サッカー部はどこで喫茶店やってるんだ?教室までは知らなくて」
 問いかける西垣であるが、豪炎寺の耳には届いていない。豪炎寺は二階堂の顔色ばかりが気になっていた。一体、なにを言われるのか。上目遣いでじっと二階堂を伺う。
「………………………………」
 豪炎寺を見下ろす二階堂の胸が、きゅうと締め付けられた。
 これはまさしく“ときめき”という奴だ。
 下ろされたふわふわの色素の薄い髪、頭を飾りつけるひらひらのヘッドドレス。お人形みたいなメイド服に大きなリボン。スカートから覗く足はすらっとしていて白いタイツが脚線美を美しく描く。
 そして止めに一心に見上げてくる漆黒の瞳。ふっくら色付いた唇まで視界に入ってくる。
 可愛い。可愛すぎる――――!
 胸が切なく、きゅん、きゅんと高鳴る。愛おしさが溢れて、愛らしさのあまり溶けてしまいそうだ。
「二階堂監督……?」
「か…………」
「?」


「かっわいいなぁ……!お前!!」


「え」
 武方三姉妹、西垣、豪炎寺の目が点になる。その中で豪炎寺だけ顔を真っ赤に染めた。
「なあ、可愛いよなあ!」
 にこにこ……いや、デレデレになって二階堂は顔を緩ませる。
「二階堂監督って、こういうのお好みなんですか?」
「そうだ豪炎寺、あれやれよ」
 ジト目の西垣に、長女が何かをひらめく。
「お帰りなさいませ、ご主人様って」
「私は店には入らない役だ」
 看板を持ち直して主張した。
「なーんだ」
「なぁ豪炎寺、サッカー部はどこでメイド喫茶を」
 西垣の二度目の問いに“本校舎の二階の突き当たり”だと答える。
「じゃあ行ってみるか」
 西垣と三姉妹は本校舎へと向かう。二階堂も追おうとするが“ここから自由行動”だの“午後に校門で待ち合わせ”だの“豪炎寺のメイド服でも眺めてれば”だの返されて、同行を断られた。せっかくの文化祭、監督同伴は窮屈なのだろう。
「まったく、あいつらは」
 腰に手をあて、息を吐く二階堂。その横で豪炎寺がタイミングを見計らって話しかける。
「あの、二階堂監督。あと少し回れば終わるので……」
 俯き、靴の先で土を弄りながら“一緒に回りませんか……”と誘った。
「良いのか?」
「はい。サッカー部は人数が多くて一人一人の役割は少ないのですが、みんな時間がバラバラなんです」
「そうなのか。雷門中を一度回ってみたいと思っていたから、有り難いよ」
 豪炎寺が看板を掲げて、後を二階堂がついていく。
 姿を見た時も直感的に可愛いと思ったが、後姿もこれまた愛らしい。腰の後ろのリボンが歩くたびに揺れた。
「豪炎寺はお客さんの相手をしないんだったな」
「はい。何か?」
「……少し、安心した」
「え?」
 足を止めて振り返り、きょとんと見上げてくる。
「俺、これでもヤキモチ妬きなんだ」
「っ!」
 反射的に前を向いて視線をそらす豪炎寺。看板で顔を隠し、チラチラと二階堂を何度も見てから、ぽつりと呟いた。
「ご、ご、ご主人様は……二階堂監督だけ……です」
 なんて、と小さく付け足す。やや間を空けて彼女の冗談を察し二階堂は笑い、頭を優しく撫でた。


 校舎の外を回り終え、豪炎寺の役割は終わる。制服に着替えるからと本校舎一階の奥へ二階堂と共に向かった。
「先生は外で待っているよ」
「いえ、人の行き来が多いので、中に入っていただいた方が助かります」
 空き教室を使った更衣室には元の鍵とは別の簡易的な鍵が付けられており“着替え中”という札まで用意してある。中は誰もおらず、鍵を閉めて二人は入った。
「私たちだけですので、くつろいでください。早く着替えを済ませますから」
 看板を置き、自分の鞄を探そうとした豪炎寺を、二階堂は背後から抱き締める。
「監督っ……?」
 布擦れの音を立て、たくましい男の腕の中にすっぽりと身体は包まれた。
「…………私たちだけ、なんだろ?」
 声を潜め、甘い音で囁きかける二階堂。豪炎寺はぞくっと身体を緊張させた。
「可愛いなぁ、本当に。お人形さんみたいだ」
 ぎゅっと、よりきつく抱き締める。
 手近にあった椅子に座り、まるで人形を扱うように丁寧に膝の上に座らせた。
「可愛いな」
 顎を支えて固定させ、顔を近付ける。ここまで近付いて、うっすらと唇に紅をひいていたのに気付く。
「食べちゃいたいくらいだ」
 顎を捉えていた手の親指で、唇の下をそっとなぞった。そうして瞳を細めて狙いを定め――――。
 ちゅ。瞼の上に音の立つ口付けを施す。
 次は額、鼻の頭、頬に耳たぶ。軽い口付けで愛撫した。
「……食べちゃ……、食べないで……ください…………」
 豪炎寺はくったりと力を抜かれながら、二階堂の衣服を掴んで首を振るう。
「さて、どうしようか」
 喉で笑い、もう片方の手が腰を撫で、太股へ伝わせてスカートをゆっくりと上げさせていく。
「ん?」
 眉を潜める二階堂。タイツだと思っていたものは、ガーターベルトで吊られていた。
「豪炎寺。中学生にこれは早すぎるだろ」
 ガーターベルトの隙間に指を通して摘まむ。
「どうせなら……大胆にいこうって、……皆で……」
「大胆、か」
 ぷつ。ベルトの片方が外された。手が足の付け根を丹念に撫でてきて、ショーツを引っ掛ける。
「監督……いけません……だめ、です……っ……」
「そういえば、文化祭はただの売店だって言ってなかったか?ん?」
 ショーツの端を下げては戻しを繰り返し、豪炎寺を弄ぶ。
「摘まみ食いするぞ」
「二階堂監督はいつも、そればっかりです」
 感情が昂り、豪炎寺の目元が潤む。
 二階堂は豪炎寺を大事にしてくれて、本当に食べてしまいはしない。けれどもこうして悪戯めいた摘まみ食いだけはしょっちゅうしてくるのだ。豪炎寺は二階堂の中途半端な態度に焦らされ、期待だけを高められる。こんな事ならいっそ食べてくれれば良いのにと思うが、それはまだ叶わぬ願いであった。
「……監督、だめ、です」
 胸のボタンを外してくる二階堂の手を、やんわり止めようとする。しかしすり抜けられて上着が下ろされ、ブラジャーが露になった。ショーツは陰になっていて見えなかったが、下着はメイド服によく合う白いレース柄。ひらひらの衣服を剥げばさらに女の子女の子しており、二階堂はまたもやきゅんきゅんと胸が騒いで苦しくなる。
「下着まで皆で決めたのか」
「これは、違います。ちょっと……気分で……」
 豪炎寺は言い辛そうに口をもごもごさせた。
「……反則過ぎる」
 抱き直し、後ろからもたれるように豪炎寺の髪に顔を埋める。
 ただでさえキツいブラジャーが締め付けられる感触に、豪炎寺は痛そうに目を瞑ってしまう。
 この時、急に乳房が成長してしまったのは、絶対に二階堂のせいだと確信した。







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