首輪
なんだこれ?
二階堂の寝室の棚の上にあった、不似合いなもの。
豪炎寺は好奇心のままに手に取って、二階堂に問いかけた。
「二階堂監督。これどうしたんですか?」
「!」
二階堂の表情があきらかに焦ったものに変化し、奪われる。
「こら、人の部屋のものを勝手に弄るなよ」
「犬でも飼っていたんですか?それも、大型犬」
「…………えっと…………」
言葉を詰まらせる二階堂。とっさに反応が出来ず、絶好の言い訳のチャンスを見送ってしまった。
豪炎寺が見つけたのは真っ黒な首輪だった。大きくて、無骨な首輪だった。
「じゃあ、猫ですね」
「その」
動物用じゃないんだ。
二階堂は呟くように答えた。
「え?インテリアですか?」
子供の豪炎寺にはわかりっこない。想像の範囲を超えたものだった。
「これは、人間用だよ」
「は?」
豪炎寺はぽかんと口を開けた。そして遅れて、口を手で押さえて閉じる。
「その、これは海外にいる友達が俺を困らせる悪戯で送りつけてきたんだ。断じて、俺が個人的に買ったんじゃないからな」
「はぁ」
「なあ、SMって知ってるか?」
「少し。ご主人様と下僕みたいなもの、ですよね」
「うん、そんなところだ。これはSMプレイを盛り上げる道具なんだ」
「なるほど」
豪炎寺は漸く理解した。
「恋人とのプレイに使えだってさ。まったくこんなもの……置き場所は迷うし、あんな奴でも友達だからな、捨てるなんて出来なくて」
「…………………………………」
豪炎寺は首輪から垂れる皮製の紐を拾い上げる。
「あの、二階堂監督」
「ん?そろそろ仕舞うぞ」
「俺に使ってみてください」
「………………ほら、仕舞うぞ」
二階堂は聞かなかった事にした。けれども豪炎寺は引き下がらない。
「二階堂監督、俺は貴方の恋人ですよね?」
「俺はお前に首輪をつけるなんて真似、したくない」
「では、言い方を変えます。俺が付けたいだけです。いけませんか」
「どうしたんだ豪炎寺……。嫌だよ俺は」
「なんとなく、面白そうだからです」
「わかったよ」
ただの好奇心が理由だとわかり、二階堂はなんとなく安心した。
「えっと」
豪炎寺をベッドに座らせて、二階堂は首輪の金具をはずす。
「さ、付けるぞ」
カチャッ……チャリ。
二人きりの部屋で金属の音が妙に響いた。
「どうだ?苦しくないか?」
「少し、圧迫感があります……」
豪炎寺は首輪を持ってぽつりと呟く。
ただの“SMごっこ”なのに、道具の放つ雰囲気にどくどくと心音が高鳴った。
「…………………………………」
首輪の付けられた豪炎寺を見下ろす二階堂の胸も、密やかに高鳴りだす。
もう木戸川の生徒ではない彼を“捕まえた”所有の安堵を感じてくる。
おもむろに紐を持って手に巻きつけ、短くして持ちやすくした。
「かんとく……?」
きょとんとして見上げる豪炎寺の頬はほんのりと染まる。
二階堂に“捕まえられた”感覚に陥り、しかもそれは満更ではない。
二階堂が自分を必要として捕らえてくれたのが嬉しくもあるのだ。
「豪炎寺。ごめん、ちょっとだけ」
詫びてから、二階堂は少しだけ紐を引き寄せた。
くっ、と豪炎寺の首が動き―――
「……あ…………っ……」
細い悲鳴が上がる。
「苦しかったか」
二階堂が隣に腰をかけて豪炎寺を気遣う。
彼は首を横に振って、二階堂の胸に潜った。二階堂が包み込むように抱きしめる。
どくどくと、お互いの心音を感じた。お互いの興奮を悟った。
なんなんだろうこの感覚は。一体、なんなのだろう。
戸惑いながら、二人は身を寄せていた。
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