ゆっくり――――。
それは人間の頭部だけで活動する、生物のことを指す。
とはいっても人間とは大きく異なり、もちもちふわふわの皮に餡子などの甘い具を詰めた饅頭である。
近年は特定の種類だけれはなく、様々な種類が発見・改良されて“自分とそっくりのゆっくりを飼う”のがブームになっていた。
ゆっくりが来た
とある日、豪炎寺が二階堂の家へ遊びに行くと、ゆっくりを飼ったんだよ、と硝子ケースを見せてくれた。
「わぁ、監督そっくりですね」
中を覗くなり、豪炎寺がくすくすと笑う。
深い青色をした短髪に、こんがりと日焼けしたような肌、それに顎の無精ひげまで揃えた二階堂にそっくりなゆっくりが三匹ぴょこぴょこ動き回っていた。
「豪炎寺だって、自分とそっくりの飼っているんだろう?」
「はい」
肩を抱かれて問われ、豪炎寺は頷く。
以前、豪炎寺は自分のゆっくりの写真を二階堂にメールで送った事があった。
「豪炎寺、一匹もらってみないか?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんだよ。お前のゆっくりと住ませてやってくれ。俺だと思って、なんてな」
「ふふ。じゃあ今度俺も連れてきます」
二階堂はケースに手を入れ、一番小さなゆっくり(以下、二階堂ゆっくり)を載せて豪炎寺に紹介する。
「こいつらの名前、皆修吾にしているんだ。さあ修吾、挨拶してごらん。」
『ゆ、ゆっ……ゆっきゅり、していきぇ、よなっ』
手の平の上で小さな身体をふるふるさせて、ゆっくり特有の挨拶をした。
「昨日説明した、豪炎寺のお兄ちゃんだぞ」
「宜しくな」
豪炎寺が軽く頭を下げると、ケースの二階堂ゆっくりたちが喋りだす。
『ゆっ、しゅーごをよろしくなっ』
『ゆっくりさせてやれよっ』
「ああ、任せておけ」
口元を綻ばせ、二階堂からゆっくりを受け取る。
「二階堂監督、大事にしますね」
豪炎寺は踵を浮かせ、二階堂は背を屈めて口付けをした。
それから二階堂とゆっくりたちと穏やかで甘い時間を過ごし、帰宅の際にゆっくりを収納できる籠を受け取る。二階堂ゆっくりは緊張した様子を見せたが、打ち解けた豪炎寺に撫でられて入っていった。
家に帰り、自室でゆっくりたちのいる硝子ケースへ移そうとしていると、長い入院生活から退院夕香がやってくる。
「お兄ちゃん、それゆっくり?」
「そうだよ。二階堂監督からもらったんだ」
「わぁホント、お髭まであるぅ〜」
夕香が二階堂ゆっくりの頬を突く。
『ゆっ……!?』
吃驚してぎゅうと目を瞑る二階堂ゆっくり。
夕香はまだ小さく、ゆっくりの扱いに対して力の加減がなっていない。なので世話は主に豪炎寺が務めて、学校などの不在の時は家政婦のフクが担当してくれていた。
「夕香、もうちょっと力を弱めないと、ゆっくりが吃驚してしまうだろ」
「はーい。ごめんね、ゆっくりちゃん」
『きにしないよっ。すりすり』
小さくてもしっかり躾けてあるようで、二階堂ゆっくりは夕香の手に頬ずりをする。
「この子、おりこうさんだね」
「さすが監督のゆっくりだよ。ほら修也、新しいお友達だ、仲良くゆっくりしてやれよ」
豪炎寺も自分のゆっくりには己の名前をつけていた。
『ゆっ、ゆっ』
『ゆっ、ゆっ、ゆっ』
豪炎寺の飼っているゆっくり(以下、豪炎寺ゆっくり)は二匹。種類の違うゆっくりは争う事無く、仲良く戯れだす。
「そうだ。あまあまをあげような」
“あまあま”とは甘い食べ物を指す。ゆっくりは中身同様、甘いものが大好物であった。
豪炎寺は帰りがけにコンビニで買ったチョコレートを食べやすいサイズに割ってケースに入れる。
『むーしゃ、むしゃ』
『おいちいぜっ』
『ちあわせ〜』
むしゃむしゃと美味しそうにチョコレートを食べるゆっくりたち。その光景を眺めていた夕香は豪炎寺の衣服の裾を引っ張っておねだりを始める。
「ねえねえ!夕香もご飯あげたいーっ」
「もうご飯はチョコレートで十分だから、ジュースならいいぞ」
チョコレートと一緒に購入したリンゴジュースを渡す。
夕香がゆっくりに触れたり、ご飯をあげたりする時は必ず豪炎寺かフク、もしくは父が一緒にいる事が約束だった。
「さて、夕香は上手にあげられるかな?」
「出来るよーっ。ゆっくりちゃん、夕香が美味しいジュースをあげるね」
パックを開けて、トレイにジュースを注ぐ。けれども入れすぎてたぷたぷになってしまう。
「夕香、あげすぎだよ」
スポイトで吸って、量を減らした。ゆっくりは水に非常に弱いので、ジュースは好物といえどもやりすぎは危険なのだ。
「そ、そうかな」
やや落ち込んだ素振りを見せるが、美味しそうに飲んでくれるゆっくりたちに、夕香の気分は元に戻る。自分の眠るぎりぎりまで、ずっとケースからゆっくりの様子を眺めていた。
翌日、朝から豪炎寺も夕香も学校へ行き、ケースの中でゆっくりたちはゆっくり過ごす。
午後になると、豪炎寺より早く夕香が帰宅して、そっと兄の部屋の扉を開けた。
「ゆっくりちゃーん?」
『ゆっ、ゆっ』
夕香の声に反応してくれたのか、鳴きだすゆっくり。
その鳴き声ににっこりと微笑み、ととと、と足を軽やかに鳴らして中へと入る。
「しーっ」
人差し指で内緒の合図を送り、ランドセルから可愛らしい包みを取り出す。
「今日ね、お友達から飴もらったの。綺麗でしょ」
色とりどりのキャンディを手に乗せてみせる。
『ゆ〜っ』
夕香とゆっくりたちはキラキラと瞳を輝かせた。
「今あげるね。甘くて美味しいよ」
ケースの中へ、ころころと転がす。
『あまあまだ!』
豪炎寺ゆっくりが口を開けて噛み付く。
ガリッ!
『い、いってええええええええええ!』
ごろごろと転がり、痛がる豪炎寺ゆっくり。飴はゆっくりには硬すぎたのだ。そもそもゆっくりの歯は飴細工、歯で歯を食べるような行為である。
「ゆ、ゆっくりちゃんっ。飴は舐めて食べるんだよ」
『ゆっ!さきにいってくれよなっ!』
一つの飴玉に三匹が群がって、ぺーろぺろと舐めて味わう。
『あまっ!むっちゃあまっ!』
「甘いでしょー」
ふふふ、夕香は頬杖をついて、上機嫌で鼻歌を歌いだす。
やがて三匹で舐め続けたキャンティはどんどん小さくなっていき、その内ゆっくりの口の中に入るサイズとなっていく。
そして――――。
ひゅるっ!
二階堂ゆっくりがキャンディの塊を飲み込んでしまう。小さくなってもまだ飲み込むには大きすぎ、喉に詰まる。
『ゆ、…………ゆっ…………ゆがっ………!』
げほげほとむせ、ごふっと黒い餡子を吐き出した。
「きゃああ!!」
『ゆ、ゆうううううううっ!?』
『ゆっ!!!!?』
驚く夕香と二匹の豪炎寺ゆっくり。
夕香はおろおろしだし、泣き出してしまう。
「うわああああああんっ!ゆっくりちゃああああん!!!」
「夕香っ!」
豪炎寺が部屋に飛び込んでくる。
昨夜の夕香の様子から、胸騒ぎがしていつもより早めに帰ってきたのだ。
「夕香、一体どうしたんだ。落ち着いて話せ」
「うん……。ゆっくりちゃんに飴をあげたら、カントクが飲み込んじゃって」
「そうか」
まだ咳き込んでいる二階堂ゆっくりを拾い上げ、丁寧にキャンディを吐き出させて餡子をつめ、オレンジジュースを飲ませてやる。オレンジジュースはゆっくりにとっての万能薬だ。
騒動が落ち着いた後、豪炎寺は夕香を床に座らせて説教をした。
「夕香。ゆっくりにご飯をあげるのは一人きりじゃ駄目って言ったろう」
「ごめんなさい……」
「しかも飴だなんて。ゆっくりは人間よりずっと小さいんだ、そんなものをあげたら」
「たまたまだよっ。夕香、今度は上手にやるから」
「上手とかじゃない。これは約束だぞ」
「お兄ちゃんばっかりずるいよ。夕香だってゆっくりちゃんと遊びたい〜!」
「あのなぁ、夕香」
頑固な夕香の態度に、豪炎寺はいらいらとしてくる。
「夕香だってゆっくりちゃん欲しい!お兄ちゃんずるい!」
「こら、夕香!おいっ!」
夕香は泣きながら、ケースから二階堂ゆっくりを持って行って自室にこもってしまう。
説得にはフクも交え、父の耳にも入ってしまって大変だった。
やっとひと段落つき、豪炎寺が部屋でくつろいでいると二階堂からゆっくりの様子を伺うメールが届く。
「はぁ」
元気です。
返信する文字とは裏腹に表情はげっそりしていた。
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