11月25日。朝日が顔を出す頃、二階堂の家の寝室では荒い呼吸が息衝いていた。低い音の中に混じる、やや高めの音は子供のものであった。



1125



「は――――――っ…………は――――――っ…………」
 ベッドでは一糸纏わぬ姿で豪炎寺は仰向けに寝ており、胸を上下させて空気を取り込んでいる。
 11月の下旬ともなれば気温は冷たいはずなのに、豪炎寺の額や胸の表面には薄っすらと汗が滲んでおり、肌は熱でほんのりと染まっていた。
「う、…………んっ!……はぁ」
 腰が持ち上がり、ぐちゅ、という水音を鳴らし、豪炎寺はシーツを握り締めて呻く。
 耐えようと背を反らせば、筋肉の筋が薄闇の中で浮き立ち、官能的な線を描く。
 豪炎寺の腰を捉えて放さないのは、大きく無骨な大人の手――――二階堂が薄く微笑みを浮かべ、愛おしそうに見詰めていた。
「……かん、とく…………」
 細く、掠れた声で二階堂を呼ぶ。
 枕に頭を乗せ、潤んだ瞳で見詰め返す。二階堂もまた、素肌を晒していた。
 シーツはくしゃくしゃで、ベッド下には湿ったティッシュが丸まって転がっている。
 生まれたままの姿で二人はベッドの上で既に数回の情事を交わしていた。
 二階堂の昂った性器を豪炎寺の窄みを咥え、きゅうきゅうと締め付ける肉と血の熱を抱きながら、交わっている愛おしい人の存在を感じている。
 結合部は二人の体液でぐしゃぐしゃに乱れ、豪炎寺の下腹部は彼自身が放った精液で汚れていた。
「……ん、うん」
 二階堂は一回一回を味わうように、豪炎寺をゆっくり、深く貫いてくる。
 対して豪炎寺にはもどかしいらしく、なんとも言えない身じろぎや鳴き声、視線で彼に訴えようとしているが、気付かない振りをされて弄ばれていた。
「にかいどう、かんとく」
 もう一度呼びかける豪炎寺。
「違うだろ?」
 ――――修也?
 口元を綻ばせ、名前で呼んでくる二階堂。
「しゅうご、さん」
 豪炎寺も名前で呼べば二階堂は濡れそぼった豪炎寺の性器を包み、くにくにと扱いてくれる。
 何度も達したそこは、何度弄られても豪炎寺に甘い刺激を伝えてくる。
「あ……っ……、ん、ああ」
 ひくひくと快感に震え、鼻の抜けたような甘い声で善がる豪炎寺。
 脳内でフラッシュバックのように過ぎるのは昨夜の思い出だった――――。


 昨夜、豪炎寺は二階堂の家に訪れて、二人でおでんを食べながら温まる。酒を飲み、上機嫌になった二階堂はもたれてきて、そこから先の記憶は思い出せないが、目覚めたら全裸で二階堂のベッドの中に潜り込んでいた。しかも、名前で呼び合う決め事までしたらしい。
 なにがあったのかは思い出せない。けれども愛し合った記憶は身に刻まれており、疼いた衝動のままに二階堂と抱き合った。
 二階堂には豪炎寺に覚えのない記憶を持っているらしく、こうして修吾と呼ばせては弄ばれていたのだ。今、豪炎寺を抱いている二階堂は非常に意地が悪いのだ。
「修也、呼んでくれよ、もっと」
「そんな、何度も」
 豪炎寺は首を横に振る。名前で呼ばれたり、呼ぶのは嬉しいが、情事の空間では甘すぎて羞恥に唇が固まってしまう。
「お前がそうしたいって言ったんだぞ」
「わ、わかりませ……っ……」
 答える途中で突き、乱そうとする。
「……んうっ…………はぁっ……あっ、あっ…………ふぁあ……!」
 膝裏を上げられる体位に変えられて、突きも激しくされ、ベッドがぎしぎしと軋み、豪炎寺はなすがままに揺らされて喘ぐ。豪炎寺の内はきゅ、きゅ、とに締め付け、もう一つの口のように二階堂を美味しそうに咥えてしゃぶっている。
「あっ………あっ………」
「修吾って、ほら。呼んで」
 普段とは違う、ねだるような二階堂の声色に、豪炎寺の胸はどくどくと高鳴った。
「修吾、さん…………。しゅうごさん………。修吾さんっ…………」
 閉じられない唇の端から涎を流し、何度も豪炎寺は二階堂の名を呼ぶ。
「しゅうや、気持ちいいかい?」
「んっ…………はい。……修吾さんと、すうのっ、気持ちいい、れす」
「スキモノだなぁ」
「駄目、ですか……?」
 昂っているからか、豪炎寺の目から涙がぼろぼろと零れる。
「……修吾さん、とこうするの、繋がるの、こんなに嬉しいのに……」
 どくん。二階堂の胸も大きく高鳴った。それと同時に、意地の悪い行為をした事に罪悪感を抱く。
「す、すまん……っ」
「……あっ……?」
 二階堂は豪炎寺を引き寄せて起こし上げ、座り込んで向き合う形になる。
「掴まってて、な?」
 こくん、と頷く豪炎寺は二階堂にしがみつき、二人は抱き締めあう。下から突き上げる二階堂に豪炎寺は嬌声を上げながら達してしまい、精を二人の間に散らせる。二階堂も豪炎寺の腰を固定させて、精を彼に注ぎ込んだ。どくどくと注がれる白濁を、豪炎寺はぴくぴく身を震わせて受け止めた。
「………………………あ……」
 性器を引き抜こうとする二階堂をやんわりと豪炎寺は制する。
 けれども、耳元で“駄目だよ”と囁かれ、ぬるりと性器は引き抜かれた。塞ぐものをなくした窄みから、とろとろと二階堂の精が零れだす。思わず指で押さえようとした豪炎寺を、二階堂が抱き締めて止めさせた。
「豪炎寺、すまない。やりすぎたな……」
 腰を優しく摩る二階堂。
「痛く、なかった、か?」
 やや隙間を開けて、顔を上げさせて涙を拭いてやる。
「修也、じゃなかったんですか?」
「そうだけれど……お前を試すみたいで、悪かったな」
「修也、がいいです」
「二人だけの時、だけな」
 誓うように目を瞑る豪炎寺に、二階堂も目を閉じて唇を寄せた。


 その後、シャワーで体液を流した二人は着替えを始める。豪炎寺はこの後、稲妻町に帰らねばならない。
「豪炎寺、腰とか大丈夫か?きつかったら体調不良を伝えるんだぞ」
「……………………………………」
「豪炎寺?」
 豪炎寺は二階堂の声に反応せず、黙々と制服に着替えている。
 二階堂は軽く咳払いして、改めて呼ぶ。
「しゅうや」
「はい」
 すぐさま応える豪炎寺。
「わかっています、修吾さん。ちゃんと自分の体調は考えますよ……後のこともありますし」
「体育の授業でもあるのか?」
「また俺に意地悪ですか?」
 くすりと笑う豪炎寺はパンを頬張ってから、玄関へ向かう。追いかける二階堂に、彼は靴を履いて振り向いた。
「では、学校が終わったら来ますね」
「えっ?」
 目を丸くさせる二階堂に、豪炎寺はまたくすくすと笑う。
「いけませんか?」
「い、いや?修也こそ、大丈夫なのか?」
「テストがありますけど、修吾さんの家で勉強させてもらっていいですか?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、決まりです」
 踵を上げる豪炎寺の合図に、二階堂は肩をそっと掴んで引き寄せ、口付けを交わす。
「行ってきます」
 豪炎寺は軽く手を振って家を出ていき、扉が閉まれば二階堂に一人きりの静寂が広がった。
「修也……か」
 一人呼んでみて、一人頬を染める。
 また二人の関係に新しい変化が生まれる予感に、胸が高鳴った。







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