俺の事を好きでいてくれて。
 ふと目が合えば微笑んでくれて。
 触れれば暖かくて柔らかい。


 素直に求められれば、どんなに気持ちが良いのだろうか。



コーヒー



 とある日の夜。豪炎寺が二階堂の家へ訪れた。
 二階堂はマンションの一室で暮らしており、二人きりの時間を過ごす事となる。次の日は互いに休みなので、のんびりとした朝も迎えられそうだった。
 二人で夕飯を作って食べ、片付ける。リビングのソファに並んで座り、気ままにテレビを眺める。この後は寝室で豪炎寺がベッドで眠り、下で二階堂が眠る。いつも、だいたいこんな風にして二人は過ごしていた。甘さの薄い、共同生活のようなものであった。
 今夜も、そんな風にして過ごすはずであった――――


「…………………………」
 テレビに向けられていた二階堂の瞳が豪炎寺を映す。
 彼女が寄りかかってきたのだ。抱き寄せはせず、気の無い素振りでまたテレビを観ようと思ったが、彼女の首元と来ているパーカーの隙間が気になった。
 うなじと鎖骨の線が美しい。サッカーで鍛えられているせいか、健康的な輪郭を映し出していた。
 触ってみたい。そんな欲求が疼く。言えば良いのに、どうも言い出せなかった。
 自分から言う立場ではない。こんな時間を過ごしているくせに、一人で勝手に変な決め事をしていた。
「豪炎寺」
「はい」
 呼ばれて豪炎寺は傾けた身体を戻す。
「先生、ちょっと仕事するから部屋の方に行っているよ」
「すみません……用事があるのに来てしまって」
「良いんだよ。風呂は先に入って、寝ていてくれ」
「はい」
 部屋は寝室と机のある部屋に分かれており、そちらの方へ二階堂は行ってしまう。
「二階堂監督」
 ドアに手を置いた所で豪炎寺が呼び止めた。
「後でコーヒーをお持ちします」
「有難う。嬉しいよ」
 そう言って二階堂は部屋に入る。豪炎寺は周りを片付けた後で、浴室に向かった。
 身体を流して風呂を上がり、パジャマに着替える。寝る時にはブラジャーは外しており、直接素肌に上着を通した。
 キッチンへ向かい、湯を沸かしてコーヒーを作る準備を始める。
 良い匂いが立ち昇り、トレイに載せて二階堂のいる部屋へ向かった。






「二階堂監督。コーヒーお持ちしました」
 微かな呼び声と声とノック聞こえ、二階堂は招く。
「有難う。入ってきなさい」
 言った後で、この部屋に豪炎寺を入れるのは初めてであったと気付いた。
「はい」
 豪炎寺がドアを開けて入ってくる。室内は暗く、机のスタンドが照らすだけであった。二階堂は肘掛のついたOAチェアに座っている。
 湯気の立つコーヒーと、砂糖とミルクの入った小瓶をトレイに載せて歩み寄る豪炎寺。
「ここに置いてくれ」
 本を退けてスペースを設けた。
 トレイを置く豪炎寺の細く柔らかそうな腕が、明かりの中で浮かび上がる。
「…………………………」
 二階堂は横に立つ豪炎寺を見上げた。
 彼女はパジャマに着替えており、風呂に入ってしっとりと水気を持った肌と下ろされた髪が印象的だった。一瞬、目が奪われそうになる。
「頑張ってください」
 薄く微笑む豪炎寺。その笑顔に二階堂の鼓動は跳ね上がった。
 年甲斐も無く、こんな子供に。理性は己を蔑むのに、本能はトレイから離れようとした豪炎寺の手首を掴んでいた。
「二階堂監督?」
 瞳が見開かれ、きょろりと二階堂を見据える。その動きに二階堂は己の心境を思って羞恥を覚えた。
「もう、眠いか」
「少し」
「こっち、来ないか」
 身体を彼女へ向け、手を引いて足の間の隙間に座らせる。


「……………っ……」
 豪炎寺は息を呑むが、声にならない。
 二階堂の手が、男の手が腰に回って抱き込んできたのだ。
 二階堂の顔が後ろ頭に摺り寄せられた。
「かん、とく」
 呟く豪炎寺の心音は爆発しそうな程、急速に早まる。
 抱擁はいつも、豪炎寺がもたれるようにされていた。
 しかし、今回は二階堂が豪炎寺にもたれかかっている。傾けられてくる二階堂の重心が、心地良さと緊張を抱かせた。
「……………膝に乗ってくれ」
 大人しく豪炎寺が膝に乗る。すると二階堂は首の横に顔を寄せ、香りを吸う。
 風呂上りの湯とシャンプーの匂いに混じる女の匂い。抱き込む身体もほかほかと温かく、こちらも温まってくる。
 気持ちが良い。安らぎと愛おしさが沸き起こった。
 けれども次に、欲情と悪戯めいた想いも小波のように流れてくる。
「豪炎寺」
 優しく囁き、耳の後ろに口付けをした。
「二階堂監督。コーヒー飲んでください」
 俯き、くぐもった豪炎寺の声。どことなく弱々しさを感じた。
「まだ熱くて飲めないよ。……嫌か?」
 豪炎寺は無言で首を振るう。
「怖いか」
「少し」
 正直に答えてくれた彼女に、さらに愛おしさが増した。
「なあ、触っても良いか」
 腰に回った手の一つが動き、指が布越しに肋骨をなぞる。
 返事を急かすように、耳に息を吹きかけられた。
「あ……はい」
 こそばゆさに目を硬く瞑って開き、豪炎寺は頷く。


 二階堂の願いを豪炎寺が聞き届けると、二階堂は手を這わせるように豪炎寺の身体を弄った。
 腹を伝い、上へと上がって胸に達する。ささやかな膨らみは二階堂の手の中に納まり、包むように触れられる。
 そっと掴もうとすると、豪炎寺が声を漏らす。
「痛っ……」
「ごめんな」
 力を弱め、撫でるような手つきに変える。
 もう片方の手は豪炎寺の顎を捉え、顔を振り向かせて口付けをした。安心させるように、ついばむような口付けを繰り返す。
「……監督…………」
 二階堂を覗き込む豪炎寺の目が細められる。うっとりとした、恍惚したものへ。
 首筋に唇を付け、指が耳の溝をなぞりながら性感帯をくすぐり、甘い刺激を送ってやる。
「………あ……………ふ……っ…………」
 鼻を抜けたような息を漏らし、豪炎寺は喉を鳴らす。
 胸に触れていた手が胸の突起を摘まむ。
「………ん…………っ………ああ」
 ひくひくと震えて、彼女は刺激に応えた。だが片胸だけを一方的に愛撫され、豪炎寺は企みにはまったもどかしさを内に秘める。
「気持ち……良いか?」
 鼻と鼻を合わせて問う。二階堂の息に乱れが生じだした。
 感情が昂っているのか、豪炎寺の瞳は潤みを持つ。
「……はい」
 唇と唇を合わせ、舌を絡める。豪炎寺の舌はぎこちなく、彼女の緊張がありありと伝わった。
 二階堂は両手で豪炎寺の両胸を愛撫する。パジャマのボタンを外し、下着の付けられていない素肌に侵入した。
「……っ……は………っ……ふあ………」
 呼吸をしようとする豪炎寺の口を二階堂が塞ぎ、唇の隙間から切ない音を出す。口内に唾液が溜まり、端から水のように流れる。薄っすらと汗も滲み、上気した顔は儚くも淫らであった。
「は…………監督……」
 二人の視線が交差する。純粋に二階堂を求める豪炎寺の瞳はまるで鏡のよう。
 自分自身に対面するかのような感覚を覚え、理性が騒ぎ出す。


 もうこれ以上はまずい。止めなければ。
 思いとは裏腹に、手は動きを止めない。
 本能に負けた理性は、打ち崩されて深みへと嵌っていく。
 触れれば触れるほど、豪炎寺はいやらしく乱れる。
 愛撫をすれば愛撫するほど底を見せない色に惹き付けられる。
 こんな事はいけない。してはいけないのに――――
 だからこそ惹かれた。いけないもの、危険なものだからこそ、魅了されて離れられなくなる。
 豪炎寺はまだ子供だ。壊れ易く、脆い子供なのだ。
 優しく丁寧に扱わなければ。そう思う一方で、初めに壊すなら自分が良いだなんて残酷な意思が揺れていた。


 いけない。駄目だ。危険だ。
 沈んでいく想いと共に、手も堕ちていく。


「…………監督っ……」
 豪炎寺が吃驚したように声を上げた。
 二階堂の片手が彼女の下肢へ伸び、指先が秘部に触れていた。他の部位より暖かいそこは、布越しといえども敏感に反応した。
「二階堂監督……いけません……」
 震えた声で豪炎寺は拒絶する。彼女もこの一線の危険性は理解している。
「駄目ですってば……」
 豪炎寺の手が二階堂の手を押さえ込む。
「やめてくださいっ」
 口調が強められるが、指が擦るように愛撫すると身体が跳ね上がりそうになった。
「……ん……っ……!」
 もっと弄ってやれば、堪らず豪炎寺は喘ぐ。
「………は………う…………っ………」
 声を出さないように我慢している姿に、強がりを壊したくなる欲望が疼いた。
「豪炎寺」
 腰を引き寄せ、もっと大きい刺激を与えだした。
「………監督………っ……あの……っ」
 言いかけて彼女は口を紡いだ。密着する事により二階堂の昂りに気付いたのだ。触れ合う下肢が、布を挟んでの擬似セックスのように思えて、豪炎寺は羞恥に身を焦がした。意識をすればするほど、無意識に腰が動いてしまう。
「……………あ………っ………んう……っ………あっ」
 腰を揺らし、口から発する声は悦に満ちた声。二階堂の手が足の裏に回って上げられて、パジャマのズボンがするりと抜ける。
「二階堂監督っ……やめてっ……」
 拒否も空しく、下着も脱がされ腿の所で丸まった。
「やめてくださいっ……」
 とうとう豪炎寺は泣き出した。涙をボロボロと流して嫌がる。
 曝け出された秘められた箇所は、彼女の顔のように愛液でぐしゃぐしゃになっていた。そしてとろとろと溢れ出す。
 二階堂の中で欲望を罪悪感が上回り、まるごと包み込むように抑制させた。


「す、すまん豪炎寺っ」
 足を下ろさせ、彼女の下着とズボンを上げる。上着のボタンも留めてやり、涙を袖で拭ってやった。
「悪かった。ごめんな。嫌だったよな」
 豪炎寺は首を振り、自分の袖でも涙を拭う。
「ほら、これでも飲んで落ち着いて」
 コーヒーカップを取り、彼女の口元へ含ませてやる。次に二階堂も飲んだが、すっかり冷めてしまった。
 悪戯としか思えない愛撫を施した挙句、せっかく入れてくれたコーヒーまで冷ましてしまう。散々であった。
 豪炎寺は立ち上がり、乱れた衣服を正し始める。
「……俺、今日はソファで寝るから。寝室には入ってこないから」
「…………………………」
 豪炎寺は口を尖らせて、しばし無言で見つめていたが、二階堂の肩に手を置いて頬に口付け、部屋を出て行った。
「お休み。豪炎寺」
 触れられた頬を擦り、遅すぎる挨拶をする。






 翌朝。リビングのソファで毛布を被って眠っている二階堂を、目覚めた豪炎寺が床に膝をついて揺らす。
「二階堂監督。起きてください」
「ああ、おはよう」
 とろんと眠気まなこを開けて、二階堂は目を覚ました。
 目の前にいる豪炎寺は着替えており、髪型も彼女らしく立てられている。
「本当にソファで寝ているなんて……」
「だって悪い事しちゃったからさ」
 “ごめん”と二階堂は付け足す。そんな彼に、豪炎寺は不機嫌そうに顔をしかめた。
「二階堂監督。謝れば済むと思ってませんか」
「いや……そういう訳じゃないぞ……」
「……し…………なら…………じゃないですか……」
「ん?」
 良く聞こない。目を瞬かせて豪炎寺を覗き込む二階堂。
 豪炎寺は顔を真っ赤にさせてもう一度放った。


「したいならしたいって正直に言えば良いじゃないですかっ。さ、ささ、触りたいとか遠回ししないでくださいっ」


 二階堂の毛布を掴み、上げて彼の顔を隠す。
「朝ご飯出来たので、今度は温かいうちに食べてください」
 豪炎寺の気配が消えた後で、二階堂は毛布を下ろした。
「やらせろ、なんてさすがに言えないよな……」
 一人呟く。適当な言葉は思いつかない。正直とは簡単なもので難しかった。







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