眩しい。
目も開けていられないくらい、眩しかった。
二人のマモル
夕日色に染まる鉄塔。時計の時刻は夕方を指していた。
あの場所へ、近付けば近付くほど、いつもの音が大きくなっていく。
どん、と勢いをつけて円堂がタイヤを受け止めている。
「よお、円堂!」
風丸が声を大にして円堂を呼んだ。
「ああ、風丸!」
円堂が振り向き、ニッと白い歯を見せた。だが飛ばしたタイヤが戻ってきて、後頭部に直撃する。
倒れた円堂を風丸が助け起こし、ベンチに座らせてペットボトルを差し出した。
「助かるぜ」
受け取るなり蓋を開け、一気飲みを始める。
「円堂はりきってるなー」
「そりゃあもちろん。だってフットボールフロンティアに出られるんだぞ!」
風丸に迫り、本当に嬉しそうに力説する円堂。
「お前の気合に負けないようにしないと」
「ああ!そうだ。学校で渡し忘れたものがあったんだ」
円堂は隣に置いてある鞄を漁り、取り出したものを風丸に見せた。
「これ!」
「…………え?」
それはミサンガであった。けれども風丸には覚えがなく、困惑する。
「円堂、俺なにか約束していたっけ?」
「これはな、風丸がサッカー部に入ってくれたお祝いだ」
「おい、わい?」
「なあ覚えているか」
円堂の瞳が風丸の瞳を覗き込む。
「去年、俺が自分で作ったミサンガを風丸に見せたろ」
「ああ。円堂がそんなチマチマした作業やるだなんて吃驚したよ。でも案外上手くて俺も欲しいだなんて言ったなぁ」
「そん時、俺は風丸がサッカー部に入ったらなーって言ったろ?」
「ああ……ああ!言ったな、覚えてるよ」
「だから、さ」
はにかんだように円堂は微笑む。風丸も嬉しくて照れくさそうに口をつぐんだ。
「風丸の髪留めてるゴムと同じ色にしたんだ」
腕、出して。円堂がそっと囁けば風丸は利き腕を差し出した。
円堂はにこにこして風丸の腕にミサンガを結んでやる。
風丸はじっと円堂の横顔を見詰め、待っていた。
――――なんだか眩しい。風丸は今この二人を包む空気に、煌きを覚えていた。
目には見えないが、確かに感じる宝石のような価値ある時の流れ。静かで、穏やかで、優しく、輝いている。
「できた!」
円堂の声に風丸は我に返った。
「どうだ?」
「うん……有り難う円堂。大事にするよ」
腕をあげ、夕日にかざしてみれば、眩しさに二人は目を閉じてしまった。
「………………………………」
風丸は閉じられていた瞳を開く。
広がった視界に映る殺風景な天井に、夢を見ていたのだと悟った。
眠っていたベッドから半身を起こせば結んでいない長い髪が流れる。目の間に手を当て、意識を完全に醒まさせようとする。
起きた矢先にノックが聞こえ、はいと返事をすれば細身の男――研崎が入ってきた。
「お目覚めかな」
「はい」
風丸は立ち上がろうとするが、手で制される。
「調子はどうかな」
「いいですよ」
返事に、研崎の視線が風丸の胸元に輝くペンダントを捉えた。
小さく無骨な石を紐に通しただけのシンプルな造りではあるが、不思議な存在感を醸し出している。これこそ宇宙より飛来した未知の力を秘めた“エイリア石”であった。
「そうか。君は石との相性がいいようだな」
「………………………………」
褒められたのか。喜ぶべきなのか。風丸はわからず表情は硬い。
「他のハイソルジャーたちは、まだ適応が上手くいかなくて休んでいる」
「そうですか」
相槌を打つが、眉間にしわが寄った。
「風丸一郎太。君をハイソルジャー・ダークエンペラーズのキャプテンに任命しよう」
「俺が?」
はじかれたように顔を上げ、研崎を見据える。
「そうだ。決戦に向けるユニフォームを用意した。挨拶もかねて、チームメイトに配ってきてくれ」
研崎が顎を上げれば、扉に控えていたらしい宇宙人たちがトランクケースを持って風丸に渡す。
「………………………………」
「頼むよ、キャプテン」
口の端を上げ、研崎と宇宙人たちは去り、扉が閉まった。
「………………………………」
風丸はベッドに座ったまま、しばらく床を見詰めた後、決意したように頷いて立ち上がる。
トランクケースを開き、病院着を脱ぎ捨ててダークエンペラーズのユニフォームに袖を通した。そうしてトランクを閉じ、持ち上げて部屋を出る。
廊下も部屋と同じように殺風景で色のない道が続いていた。
ここはかつてエイリア学園が使っていたという練習施設らしい。ナニワランドのものとは異なり、練習器具などはないが広さはある。風丸は靴を鳴らし、廊下を進んで仲間たちが待機している個室を回っていく。トランクの中にはユニフォームの他に選手データもあり、集められたのが雷門サッカー部員だけではないのを知った。
最後の一人、木戸川清修の西垣がいる部屋を訪ねる。
「西垣。雷門の風丸だ。入るぞ」
声をかけて中に入った。
西垣はベッドに蹲るように横になっており、苦しそうに映る。
「西垣。大丈夫か」
トランクを置き、西垣の元に寄って背を揺すった。
「ああ…………」
呻くような声で西垣は答えて、身を起こす。
「聞いて欲しい。俺がこのチーム、ダークエンペラーズのキャプテンになった風丸だ」
「そうか、あんたが」
西垣の加入に、内心風丸は動揺を覚えていた。
彼は一之瀬や土門、秋との幼馴染。なぜ彼が、という驚きを抱かずにはいられない。
しかし平生を装い、ユニフォームを渡そうとトランクを開ける。
ユニフォームにはそれぞれ着用者の名前のタグが付けられており、西垣の姓名に風丸は二度の衝撃を受けた。
――――西垣守。
「西垣……。守っていうのか」
発した声は喉の奥で痺れるように震えた。
「そうだけど、なに?」
「いや…………」
頭を振るう。つい、口に出してしまった。
西垣が、円堂と同じ名前をしていたから。
円堂守。西垣守。二人とも、名前が守だった。
「これ、ユニフォームだ」
「どうも」
腕を伸ばした西垣の手首にはミサンガが見える。
「それ、ミサンガか。もうあと少しで切れそうだな」
「うん?」
「願い事、決めているのか。切れたら、願いが叶うんだろ」
「別に。それに、貰いものだし」
ユニフォームを持ったままの風丸から、引くようにして受け取った。
「……俺も、ミサンガを貰ったよ」
「へえ。でも、してないじゃん」
風丸の手首にはミサンガは着けられていない。
「無くしちゃったんだ」
はっきりと、風丸は告げた。
「つい、こないだまではしていたはずなのに。気がついたら無くなっていて。心当たりもよくわからないんだ」
「災難だな」
「貰った時の事はよく覚えている。最近、何度も思い出すよ。眩しくて様子は掠れているけど」
話を続けようとした風丸は不意に頭を振るい、すまないと呟く。
「どうでもいい話だったな。俺みたいに後悔するなよ」
「そうする。随分と残念そうに見える」
風丸の口の端は、苦味を持って引きつるように上がった。
「邪魔したな」
バタン。扉が閉じ、風丸は西垣の部屋を出て行く。
だが、足は動かずに扉に寄りかかり、ずり落ちるようにしてしゃがみこむ。己の頭を抱き、祈るように手を握った。上がった利き腕の手首に、空虚を抱く。
室内では、西垣は扉越しから風丸の気配を察していた。たぶん、動き出せないのだと思った。
風丸の心が揺れれば揺れるほど、西垣の心は冷静になっていく。
「あんな人がキャプテンなんて務まるんだろうか」
聞こえない程度の声で厭味を吐いた。
「でも、忠告は聞いておくよ」
利き腕とは反対の手でミサンガの輪の間に指を通す。
西垣の脳裏にミサンガを貰った時の思い出を巡らせた。
――――どう?
着けてもらい、具合を問いかけてくる声。
心地が良く、優しい、温かい音。
なぜだか眩しくて、顔を上げられなかったのをよく覚えている。
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