空は曇り、地上に光を与えない。
予報の降水確率は曖昧で、傘の所持率は半々である。
雷門中の生徒たちは、ときどき空を見ては雨が降らないかを伺っていた。
とうとう授業が終わっても、結局雨は降らずじまい。
「嫌な天気だな」
誰かが有り触れた言葉を呟く。
体温
サッカー部の部室に仲間たちが集り、着替えを始める。
そんな中で出てくる話題は天気のことばかりだ。
「さあ練習だ練習!」
人一倍元気なキャプテン・円堂がユニフォームに着替えて部室を出ようとする。
「このまま始めて良いんでしょうかね」
ドアのノブに手をかけると同時に、目金が釘を刺す。
「立ち止まったって始まらないだろ」
「ほらほら」
風丸が円堂をなだめ、ドアを代わりに開けた。
「俺が様子見てくるよ。それでグラウンドかイナビカリ修練場か決めれば良いだろ」
「そうっすね。お願いします」
壁山が賛同する。
「少し待っててくれ」
そう風丸が自慢の足で軽やかに出て行った数分後――――
バケツをひっくり返したような大雨が振り出した。
雨音に紛れたノックが聞こえ、開けると風丸が戻ってくる。
「ただいま……」
風丸は全身をびしょ濡れにし、歯をガチガチと鳴らしている。
「うわ、酷ぇ!」
「タオルタオル!」
慌てて松野と少林が風丸を椅子に座らせ、タオルを被せた。
「こりゃ室内に決定でやんすね」
「それにしても、ちょっと出ただけでアレだぞ。傘持ってった方が良いって」
栗松が腕を組み、半田が部室を見回す。目が合う仲間は首や手を振っていく。
そう、傘を持っている人数はゼロ。置き傘もゼロであった。
「少し治まるのを待った方が良いな」
「そうだな。待つか」
豪炎寺の意見に円堂が頷き、しばらく部室内で待機となる。各自自由に休みだしたせいか、中の雰囲気が穏やかになったような気がした。
「風丸、どうだ」
円堂は濡れて戻って来た風丸に声をかける。
「ん、ああ」
返事はどこか鼻声だ。寒いのか、顔色も良くないように見える。
「あー、こりゃいけない」
横で壁に寄りかかっていた土門が風丸を見下ろす。
「円堂、今日は風丸を帰した方が良くないか」
「俺は別にっ」
言いかけて、くしゃみをする風丸。
「ほーら冷えちまってる」
「ああ、ホントだ」
円堂は風丸の頬に手を当てる。
手袋をしているせいか、余計に心地よい温かさを保っていた。
「そうと決まったら、着替えた方が良いぜ」
「ティッシュ使います?」
傍にいた松野と少林が手を貸してくれる。
「ま、無理は禁物ですよ。風邪が流行ったら、少人数のチームは全滅してしまいますからね」
一言多い目金。
だが間違ってはいない。風丸には言い返す言葉も無かった。
大人しく制服に着替え直し、座っていた席に戻る風丸であったが、冷えた身体は温まる所か寒くなっていくばかり。どうやら風邪をひいてしまったようだ。
「おい風丸」
円堂の声に風丸は項垂れるように頷き、鼻を啜るのみ。
「参ったなぁ。まだ外に出られる状況じゃないし」
困った素振りを見せる円堂。だが彼の脳裏に閃きが走る。
「そうだ」
円堂が風丸を抱き寄せた。
丁度、彼の胸が風丸の頭にあたる。
「俺が温めてやるよ」
「円堂」
こんな皆の前で。
抵抗を見せるが、風邪で参っている風丸は反応が上手く表せない。
頭もぼんやりとしていて、このままで良いかなどと思ってしまう。
「よく雪山の遭難で身体を温め合うって言いますもんね」
「そうそう」
顔を見合わせ、頷きあう少林と松野。
風邪で抜けきっている風丸が、どうも円堂にうっとりしているように見えるのだが、冷やかしは腹の中にしまっておいた。
「円堂、暑い」
額に汗をうっすら浮かべる風丸。しかし呟きは小さすぎて届かない。
それでも、良いかと思えてしまう。
「皆、いるー?」
木野と音無が傘をさして部室に入って来た。空いた手には閉じたままの傘も数本握られている。
どうせ持ってくる者は少ないのだろうと、玄関の置き傘を拝借してきたのだ。
「待ってました!」
声を揃えて救いの手に感謝するメンバー。
円堂は振り向き様に風丸を抱き寄せていた手を離してしまう。
「あっ」
身体を預けていたので椅子から転げ落ちそうになる風丸。
慌てて受け止めようとする円堂は尻餅をついてしまった。円堂の胸に風丸は収まるが、何とも言い難い体勢になる。
「なな、何やってんのよ!」
パニックを起こす木野。持っていた傘が自分の分まで落ちる。
「落ち着け、事故だ。じゃなけりゃ幻だ」
「はい息を吸って、吐いて。いち、に、さん。ほら何でも無い」
どうどうと染岡がなだめ、宍戸が深呼吸をさせてもう一度よく見せる。
言われて見れば、確かに事故のような気がした。そう思い込まされた。仲間たちだってそう思いたいのだ。
「そうね。ちょっと吃驚しすぎたみたい。傘汚しちゃった、ごめんね。はあ、うっかり者ね私……」
落とした傘を拾い、泥を雨で落とす。視線はどこか円堂を避けて外に向けられていた。
そんな木野の横で、音無が額の眼鏡を下ろして装着する。
「これが裏ネタって奴ですか」
「奴じゃない。奴じゃないからっ」
反論する円堂だが、風丸が乗っているので立ち上がれないでいる。
円堂の胸の中で、心音が速くなるのを風丸は聞いたような気がした。
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