「ふわぁ……」
 早朝。目覚めた円堂は欠伸交じりに自室の壁にかけられたカレンダーを眺める。目立つように大きく丸付けられた日にち・今度の日曜は、風丸の誕生日だ。何をして風丸を喜ばそうか、そればかりを考えている。そろそろ間近になってきたので、決めなければならない。二人でどこかに行きたいというのだけは決まっている。
「どうするかなぁ」
 腕を後ろで組んで、うとうと二度寝しそうになった時、母・温子の“まだ起きて来ないの?”という声が聞こえて眠気を覚ました。



今度の日曜日



 円堂がギリギリセーフで間に合った朝練は無事終わり、部室では早く着替えを終えた引き抜き選手・霧隠が隅の方で雑誌を読んでいた。
「なに読んでるんだ?」
 風丸が着替えを終えて、霧隠の雑誌に興味を示す。
「お、風丸。ここ行った事あるか?」
 霧隠が雑誌を大きく開いて風丸に見せる。そこには関東地方で有名な遊園地の記事が載っていた。新しいアトラクションや期間限定のパレードなどが紹介されている。
「ああ。小学生の時、学校で行った事があるよ」
「楽しいのか?」
「そりゃ、もちろん」
「へぇ〜……。オレはナニワランドすら行った事なくてさ」
 ページを顔に寄せ、溜め息と共に離す霧隠。
「じゃあ行くか?今度の日曜でも」
「マジ?行く行く!」
 風丸の提案に霧隠はこくこく頷いた。そんな中、二人の会話を知らない円堂がやって来る。
「なあ風丸」
「ん?どうした円堂」
「今度の日曜、どこか行かないか」
 “今度の日曜”は今さっき約束したばかりの日にちだ。けれども風丸と霧隠が口を開く前に、円堂が放つ。
「風丸の誕生日だろ。なにか奢るよ」
「え」
 風丸と霧隠の呟きが重なる。
「俺の誕生日だったっけ?うわ、忘れてた……」
「おいおい」
 苦笑混じりで風丸に逆手突っ込みをしようとする円堂だが、霧隠が風丸の腕を取って引き寄せた。
「円堂っ。風丸はオレっていう先客がいるんだ。日曜日は二人で遊園地に行くんだ」
「二人でって……。そんなデートみたいに……」
「デートじゃねーよ!」
 素直な意見を述べる円堂と、反論する霧隠は頬をほんのりと染める。風丸は二人を交互に見て、軽く手を合わせた。
「そうだ円堂。遊園地、お前も行かないか」
「うん?俺は良いけど」
「霧隠、円堂も一緒で良いか?こういうのは多い方が楽しいだろ?」
「オレは風丸が良いなら構わない。お前の誕生日なんだろう?」
「決まりだな。遊園地なんて久しぶりだから楽しみだ」
 風丸の腕はするりと抜けて、彼は行ってしまう。残された円堂と霧隠はなんとも言えない顔で見合わせた。
「なあ、円堂も遊園地って行った事あんの?」
「あるよ。確か小学校の時に皆で」
「ふーん……」
 霧隠はジト目で円堂を覗き込むと急に背を向けて部室を出て行く。一人になった円堂は“なんなの?”と目をパチクリさせていた。






 当日の日曜。駅前で三人は待ち合わせていた。
「おはよう円堂」
「おはよう、風丸」
 軽く手を上げて近付く風丸と円堂。
「霧隠はまだか」
「いないな……」
 辺りを見回す二人の頭上に影が出来、落ちてくる。影は徐々に色を浮かび上がらせて印を組んだ霧隠になった。
「よ!」
「じゃねーよ!」
 思わず突っ込む円堂と風丸。
「これで揃ったな。行くか」
 腰に手を当てて首を傾け鳴らしながら言う霧隠だが、円堂と風丸は二人掛かりで大反対してきた。
「いやいやいやいやいやいや」
「それはさすがに駄目だろう」
 “それ”とは霧隠の服装だ。彼は黒装束でやって来たのだ。
「オレ、制服とユニフォームとこれしかないし……。そんなに変か?」
「変というかなんというか、変だろう。……よし、俺の服貸すよ」
「そうだな。俺も貸す」
 円堂と風丸は霧隠を引っ張って、駅構内のトイレに入る。黒装束をまくるなどして崩してから、上着を貸して普段着っぽく見立てた。
「これでどうかな」
「おお、なんとか様になるもんだな」
 鏡の前で霧隠は裾を引っ張り、満足そうに微笑む。
「よし。これで大丈夫だな。行くぞ」
「おー」
 円堂がキャプテンらしく拳を掲げると、風丸と霧隠も拳を上げて応えた。
 それから電車に乗って遊園地に向かう。電車の窓から見えてくれば、霧隠は感動して景色に見入った。園内に入れば、建物の大きさと人の多さに驚いていた。
「さすがに実物はデカい……」
 霧隠の後ろでは、円堂と風丸がパンフレットを眺めてどう回るか話し合っている。
「どうするかな……俺、小学生以来来た事無いんだよ。あんまり詳しくない」
「俺もだって。順々に乗りたいのに乗っていけば良いんじゃないか」
「だな。考えるより楽しみたいし」
 風丸は頷いて、霧隠を呼んで三人で歩き出した。
 まずは誕生日の風丸を優先させて、園内を緩やかに回る乗り物に乗り、次は霧隠がオーソドックスなアトラクションに少々並んでから乗る。今度は円堂が新アトラクションを勧めて楽しんだ。その次にまた風丸に選択権が回るが、小腹が空いてくる。
「何か食べないか」
「ああ、オレもそう思っていた」
「あれなんかどうだ」
 風丸が腹に手をあて、霧隠が同意し、円堂が屋台のアイスクリーム店を示す。三人は早歩きで競争するかのように寄って、それぞれ違う味を注文した。円堂はミルク、風丸はチョコ、霧隠はイチゴだ。
「風丸、食べるか?」
「ああ」
 円堂がミルクアイス差し出し、風丸は一口分食べる。
「オレのもやるよ、風丸」
「有難う」
 霧隠もイチゴアイスを差し出し、風丸は一口分食べる。
「円堂、霧隠。俺のも食べて良いよ」
「んじゃ、遠慮なく」
 円堂と霧隠が両側からパクリと食べれば、風丸のチョコアイスは半分以下になってしまう。
「ひ、酷い……」
「ごめん」
「すまん」
 悪く思った二人は金を出し合って、風丸にチュロスを奢った。


 日曜なので特に人が多く一つ乗るのに時間がかかるが、三人一緒だと時間を潰すのは苦にならない。それなりに乗りたい物に乗って、食事もすれば日も暮れてきて、空が夕焼け色に染まってきた。景色を眺めに最後は三人で観覧車に乗り込んだ。車内の広さから、二人、一人で乗れば良いのに、三人揃って同じ側に座る。しかも風丸を真ん中にして、円堂と霧隠が挟み込む形となった。
「うわー、すげえ」
「こっちもすげえ」
 両側から歓声を上げる二人に、風丸は肩を縮ませて首を動かせられないでいる。
「風丸、見てみろよ」
 円堂が風丸の肩を抱いて窓に寄せ、景色を見せてくれた。
「風丸、来いよ」
 霧隠も風丸の手を引いて、景色を見せようとする。
「痛い、痛いって!」
 風丸が痛みを訴えて、反対側の席に移動した。
「ふぅ……」
 息を吐いて、自由に景色を眺められるようになった風丸。円堂と霧隠は空いた幅を詰めて、何か言いたそうにソワソワしだす。先に開口したのは円堂だった。
「あ、あのさ、今日は風丸の誕生日だろ。渡すタイミング困っていたけどその、これ」
 小さな包みを両手で持って風丸へ差し出す。
「ここで開けても良いか?」
「ああ!……あんまり、大したものじゃないけどな」
 包みを開くなり、風丸の口元は弧を描く。中身はミサンガ。色は風丸の髪のような、青空のように染まっていた。
「風丸、前に俺の時にミサンガくれたろ?俺、とても嬉しかったから、風丸もサッカー部に入ってくれたしプレゼントしようかなって……ついこの間、思いついたんだけどさ」
「円堂有難う。さっそく付けてみるよ」
 風丸がミサンガを付けて二人に見せる。
「似合うぜ風丸。そうだ、オレもあるんだよ」
「霧隠も?」
「ズボンのポケット、見てみろよ」
「…………え?」
 言われて恐る恐るポケットを上から触ると、微かに脹らんだ感触がした。
 いつ忍び込ませたのか――――。取り出してみれば、小さな容器がリボンに巻かれて姿を現す。
「これは?」
「塗り薬。オレ手製の万能薬だ。もし怪我をしても、あっという間に治るぜ。かなり染みるけどな!飛び上がるぞ!」
「…………怪我、しないようにする。有難う」
 容器を自分の鞄へ移した。
 観覧車は一番高い位置を通り過ぎ、下降を始める。
「二人とも、今日は楽しかったよ。良い思い出が出来た」
 礼を言う風丸に、円堂と霧隠が俺もオレもと己を指差す。
「俺も十四歳かあ……DF陣の面倒は、これからも任せてくれよ円堂」
「頼りにしてるよ」
「霧隠、速さは負けないからな」
「オレだって」
 三人は顔を見合わせ、肩を揺らして笑い合う。
「風丸。これからも宜しくな」
「ああ、宜しく」
 円堂は手を差し伸べ、風丸は握手した。
「風丸。宜しく頼むぜっ」
 霧隠も握手を求めてきた。
 二人と握手をして、風丸はふと過った事を口にする。
「円堂と霧隠も握手したらどうだ?」
「え?」
 声を揃える二人は、あまりに意外そうに細かく瞬かせた。
「ん、宜しくな」
「ん」
 ぱしっ。音を立てて手を交わし、ぶんぶんと振る。
「なんでそんなに嫌そうなんだよ」
 思わず突っ込む風丸に“嫌じゃない”と返した。
「嫌じゃないんだけど、さ」
「事情あんだよ」
 言葉で直接言わないが、互いに通じていた。
 譲りたくないものがあるのだ、と。







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