きみのなまえ
走るキャラバンの座席に揺られている最中の出来事であった。
「おい、吹雪」
不意に染岡が隣の吹雪に声をかけてきたのだ。
「何か用?」
「たまたま、マネージャーの名簿みたいなものを見たんだが」
「うん?」
「お前、士郎って名前なんだな」
「そうだけど、それがどうしたの」
どうも染岡の言いたい事は、最後までなかなか見えてこないものが多い。
「いや、な。ちょっとカッコ良いじゃねえかって思ったんだよ」
「え?」
思わず、口がぽかんと半開きになる。
そんな事を言われたのは初めてであった。その上、染岡が言い出してくるのだから本当に驚いた。
「そういう染岡くんの名前はなんだっけ?」
「竜吾。りゅう、はあのりゅうだ」
あの、でドラゴンを指していると直感的に悟ってしまった吹雪は、短いながらも濃厚な時の流れを感じる。
「染岡くんの方がカッコ良くない?必殺技にしちゃうくらいだし」
「それとこれとは」
「まさか繋がりがないとでも?」
「いや……」
決まり悪そうに染岡は頬を掻いた。自分から振ってきたくせに照れてしまったようだ。
「士郎ってそんなに良いかなぁ。僕、あんまり自分の名前好きじゃないから」
「俺は良いと思う」
素直に染岡は言う。
「ふふっ」
吹雪は口元を抑え、くすくすと笑い出した。
「なんだよいきなり」
「ちょっと好きになれそうだなって思って」
「そうかよ」
ぶっきらぼうに放つ染岡であるが“好きになるのに越した事はない”という雰囲気が漂う。
吹雪士郎が吹雪士郎であるという肯定――――。
彼の一言が、長年凍りついていた価値観を溶かしだした。
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