好き、嫌い



 夜。キャラバンを適当な場所で停車し、車内で夕食となった。
 マネージャーがいやに眩しい笑顔で弁当配っていく。受け取って、開けてみれば理由を察する。
 野菜まみれの栄養満点弁当であった。
「うわ」
 開口一番、目金が嫌そうに呟く。
 予想通りの反応とばかりにマネージャーたちが顔を見合わせて、くすくす笑う。
「たーんと食べてくださいね〜」
「こんなんじゃ、お腹が膨れないよ」
 手をメガホンのようにして言う音無に、一之瀬が情けない声を出す。
「大丈夫よ。たっぷりでしょ、お野菜が」
「ええ。身体の内側から綺麗にもなるわ」
 木野と夏未が嬉しくないフォローを入れた。
「これはあんまりっすよ〜」
「壁山、野菜は大事な栄養になるんだぞ」
 泣き言を言う壁山に円堂が立ち上がり、皆を見回して言う。続いて隣の風丸も立ち上がった。
「そうだぞ。せっかく用意してくれたんだ。残さず食べなきゃ」
「好き嫌いなんか駄目だぜ」
 二人は話しながら、下では器用に中身の交換を手早く行っている。
「け、結託しているでやんす……!」
 栗松が指を差せば、マネージャーがアイコンタクトで“円堂と風丸にペナルティ”の合図を送っていた。


「全く、仕方のない奴らだぜ」
 染岡が溜め息混じりに遅れて弁当を開けた。
「はは。そう言う染岡くんは野菜大丈夫なの?」
 隣に座る吹雪が笑う。
「そんなに得意じゃないが、出されれば食べるって」
「偉いね。もし苦手なものがあったら、僕が代わりに食べてあげても良かったんだけど」
「余計なお世話だ。吹雪こそどうなんだよ」
「僕は食べるよ。だって兄ちゃんだし」
 吹雪のいつも眠そうな瞳が一瞬、見開かれ、焦ったように付け足す。
「その……、もう中学生だし」
「うん?そうだな」
 ぱちくりと瞬きし、染岡は弁当を食べだした。
 吹雪は珍しく大口で野菜を頬張る。何かを焦るかのように、ペースが速い。
「弁当は逃げねえんだから、急ぐなよ」
「う、うん。そうだね」
 軽く咳き込み、水を飲む。ペースは戻るが、なんとも浮かない表情で食べていた。
 ――――コイツ、本当は野菜大っ嫌いじゃねえの?
 染岡の脳裏にそんな思いが過るが、どうも言い出せる雰囲気ではなく、食休みにキャラバンの外で涼むついでに吹雪に問いかけてみた。






「吹雪」
「うん?」
 キャラバンに寄りかかり、二人並んで染岡は口を開く。
「お前、野菜嫌いだろ」
「あはは、あんまり、ね。でも食べなきゃ駄目でしょ」
「強制されるもんでもないと思うぜ。美味そうに食わなきゃ、身にならんだろ」
「うん……わかってるよ……」
 吹雪は地面を見下ろし、靴の爪先で地面を引っ掻く。
「僕、特にピーマンが嫌いなんだ」
「ああ、ピーマン。ピーマンか、お前がね」
「ピーマンは、嫌いな人多いでしょう。だから、なるべく食べなきゃ駄目なんだよ」
 ぼそぼそと独り言のように話す吹雪。
 彼は内心、今度はごまかせたと安堵していた。
 吹雪はピーマンが嫌いで、弟のアツヤもピーマンが嫌いだった。アツヤはすぐにピーマンを吹雪の皿に乗っけてきた。吹雪は嫌で嫌でたまらなかったが、兄だから我慢して食べた。吹雪は“兄”だった。だからピーマンは残さず食べ続けていた。
「はぁ」
 横で、盛大な染岡の溜め息が聞こえる。
「お前、マジでピーマン嫌いなのな。誰だって苦手なもんはあるんだ、気にすんなよ」
「でも」
 つい反発したい衝動に駆られるが、咄嗟に抑えた。
「ピーマンくらいだったら俺が食べてやっから」
 そんな悪いよ。そう発する前に染岡は言う。
「代わりにニンジン食え」
「は…………?」
「ニンジンも嫌か?」
「別に、構わないけれど」
「なら、交渉成立だ」
 ははは。肩をすくめ、苦い笑いを浮かべる吹雪。
 とてもとてもちっぽけなものではあるが、心の荷が下りるのを感じた。







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