貴方の夢を見た



 フィディオは眠りから覚めると、眼を開く前に寝心地で自分の居場所が自室ではないのに気付いた。
「………………………………」
 薄っすらと瞳を開けば、天井が見える。
 数秒時間を置いて、己の状況を思い出した。
 ――――確か、ミスターK……影山監督のオフィスに行ったきりだ。
「!」
 身体のバネを使い、上半身を起こし上げる。
 すると、すぐ近くで声が聞こえた。
「起きたか」
「………………………………」
 フィディオが寝ていたのはソファ。そしてテーブルを挟んだ向かい側の、もう一つのソファに影山が座っていた。なにか本を読んでいたようで、チラリと顔を上げてフィディオを見据える。
「かっ………………かか、か………!!」
 フィディオの顔が羞恥で熱が急上昇し、真っ赤に染まる。
「なんだ、寝惚けて舌でも噛んだのか」
「ご、ごめんなさい……!」
 頭をぺこぺこ下げて謝るフィディオ。
 オルフェウス本来のキャプテン・ヒデに日本人はそう謝ると教えられた事があった。
「構わん。お前の長話を聞かずに済んだ」
「それが俺の役目ですから。貴方は本当に、相変わらずですね……」
 顔の熱を冷ましたフィディオは、影山の態度にくすりと微笑む。


 季節は冬。FFIが終わり、月日が経っていた。
 影山はオルフェウスの正式な監督となり、彼らと共にイタリアへ帰って住み込んだ。
 彼の犯した罪は、彼を取り込んだ大きな悪が逮捕された事により問われなくなった。
 影山の家はビルの一室にオフィス兼住居を構えており、フィディオはキャプテン代理として練習成果の報告をしに来ていた。今日も報告をしにフィディオは影山のオフィスへ訪れたのだが、影山は立て込んだ仕事があり、フィディオは待たされる事になった。ソファに座っていたつもりだったのに、いつの間にか眠ってしまったようだ。
「影山監督、お仕事は終わったのですか」
「ああ」
「起こしてくれれば良かったのに……」
「面倒だ」
 そう言う影山ではあるが、フィディオには毛布がかけられていた。
「今、何時ですか」
 フィディオの問いに、影山は壁掛け時計を指差す。
「わ…………」
 時刻は夜を示していた。
「報告は明日にしろ」
 影山は本を読みながら言う。その様子にフィディオは半眼になり、じっと見詰めた。
「あの、影山監督。報告は明日にしますが、俺の話を少し聞いてくださいませんか」
 フィディオは座る姿勢を正して毛布を膝にかけ、改まったように放つ。
「少しだぞ」
「……はい…………。俺は、さっきまで悪夢を見ていました。貴方の、影山監督の夢でした」
「私が夢に出て、嫌な気分にでもなったか」
「違います。影山監督が、いなくなってしまう夢だったんです……。やたらとリアルで、目が覚めた時どちらが現実なのか一瞬迷いました」
 はぁ、と溜め息を吐く。
「FFIの、イナズマジャパン戦の後です。俺は貴方を失って、涙を流さないのです。貴方を失った直後の俺は、大事なものを失った本当の不幸に気付いていない。あんまりですよね……俺の、俺たちの本当の関係は、これからだっていうのに。俺が貴方を好きだと告げて監督の気持ちを聞けたのは、FFIの後だというのに……」
「知らなければ、不幸にもなるまい」
「知りますよ……。だんだん、じわじわと、貴方のいない悲しみに暮れるんです。それが、俺には大きな悲しみでした。全くありえない話とも限らない……ですから余計にリアルで……」
 フィディオは毛布を持って立ち上がり、影山の隣に座った。
「こんな行動一つでも、未来は何通りも枝分かれをしている気がするんです」
「キリがないぞ」
「けれど、どうしようもない程の最悪の未来になるのなら、変えてみてもいいような気がしませんか」
 同意を求めるようにフィディオは影山を見上げる。その瞳は不安に揺れていた。
 彼自身、間違っているとは理解しているのだ。ただ同意が欲しい、それだけであった。
「フィディオ、私はそうは思わない。私が今まで無数の選択をして、一つ食い違ってしまえば、今の私たちはいないように思う」
 ――――それって。
 出かけた言葉は、喉で止まり声にならない。
「………………………………」
 目を閉じ、身体をそっと影山の方へ傾けてもたれかかる。
 影山は動かず、本を読む手も止まらない。


「もう帰るより、影山監督泊めてくださいませんか」
 フィディオは呟くように言う。
「お前の分のベッドなどないぞ」
「ソファでいいですから。貴方の近くでもう一度眠れば、今度は夢に貴方が出てくるかもしれない」
「ここは冷えるぞ」
「俺の勝手にしますから」
「……そうか」
 "勝手"の意味を悟る影山。
「私は行く」
「はい、お休みなさい」
 立ち上がる影山にフィディオは挨拶をする。
 けれども影山が寝る支度を整えてベッドに入ろうとすると、既に先客がいた。
「勝手にしました」
 にっこりと笑いながら、しゃあしゃあとした態度を取るフィディオ。
 影山は軽く息を吐き、サングラスに手をかけた。







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