空気が、ざわついている。



風の声が聴こえる



 とある日、山の中でキャラバンは停車して夜を過した。
 寝息に包まれる車内で、風丸は眼を開ける。冴えており、初めから眠ってなかったかのように彼は外へ出た。そうして道を確かめながら走り込みを始める。
「はっ…………は…………はっ……」
 呼吸を一定に保ちながら、軽い走りから速度を速めていく。
 たった一人で、ゴールの無い道を、彼は駆け続ける。
「…………はぁ………はぁ…………」
 木々を抜けて明るい道に出れば、下の景色が良く見える崖だった。眩暈さえ覚える絶壁に額の汗が急速に冷えていく。後ろへ下がり、木に寄りかかって身体を休めた。
「……………………………」
 空を見上げれば、暗い夜空にぽっかりと浮かぶ満月。
 綺麗なのに、どこか怖いと感じる。キャラバンに乗ってから、月はそんな対象になった。
 日常を突然壊されてから、人知を越えるものに恐怖を抱くのだ。
 だがそれでも月は美しい。なぜだか無性に泣きたくなる。


「月を、見ているのか」


 不意に、背後から聞き慣れた声がした。寄りかかる木の反対側に気配が現れた。
 驚きはしない。なぜなら、相手は忍者なのだから。神出鬼没など当然だった。
「霧隠」
 名を呼ぶ風丸。
 霧隠は最近、引き抜いた戦国伊賀島の忍者選手である。かつてのライバルではあるが地球の命運を賭けて、共に戦う仲間となった。
「練習はもうそれくらいにしておけ。道を見失う」
「印はちゃんと覚えているって」
「どうだか。森は都会みたいな看板はないんだぞ」
「心配してくれたのか」
 軽い咳払いが聞こえて、風丸はそっと口元を綻ばせる。
「少し、休んだら戻るよ」
「そうか。オレも少ししたら帰るさ」
 霧隠は腕を組み、顔を僅かに上げた。
「ここは……伊賀島の地に似ている……静かで……風の音が良く聴こえる」
「風……」
 風丸は耳を済ませるが、よくわからない。


「風丸よ」
 今度は俯き加減で霧隠は放つ。
「……校長の伊賀島が言っていた。森が……ざわついていると……虫が、獣が、不穏だと……。オレも、感じていた……森が、うるさい」
「エイリアのせいか?」
「たぶん、な。本能的に恐れているのだ……逃げようとしているのだ……しかし、逃げ場が無い。混乱しているんだ」
「そうか…………」
 風丸も俯いた。
「この森も騒がしい……。風丸、お前からもざわつきがする」
 細く、囁くように言う。
「お前だけじゃない……車内全体からする……。このオレの、中にもな。これは、仕方の無い事だ。我々もここにいきる生き物の一つなのだから」
 風丸の唇が薄く開くが、発せずに閉じる。
「だが、オレたちは人間だ。怖がるだけの動物とは違う。考えて行動し、協力し合う事が出来る。オレたちの雷門イレブンはまさにそんな存在だ」
「霧隠」
「……オレには、それしか言い様が無い。大丈夫だとか、安心しろだとか、曖昧な言葉は忍びには不慣れでな」
 霧隠が幹に寄りかかった背を浮かせ、風丸は咄嗟に強い口調で彼をもう一度呼ぶ。
「霧隠っ……」
 止まる霧隠。


「なあ」
 ずず。風丸はずり落ちるようにしゃがみこみ、膝を抱えた。
「俺たちは一体、どこへ向かうんだろう……」
 顔を埋め、くぐもった声が掠れる。
「知るか」
 霧隠の気配が遠くなっていく。
 だが、微かに風丸の耳に彼の声が届いた。


 それでも、オレはついていてやる。


 本当に、微かな音であった。自然に流れて、耳の中に溶け込んでいく。
 彼の言う“風の音”とは、こんな感じなのかもしれない。







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