約束



 昼休み、ふと豪炎寺が携帯を取り出して見てみれば、父からメールが届いていたのに気付く。
 内容は16時までに帰って来い、というもの。成績について、なにか話があるそうだ。
 豪炎寺の父は医者であり、息子も医者にさせたいと子供の勉強には熱心だった。趣味としてのサッカーはかろうじて許してもらっているが、門限には厳しい。
 豪炎寺は時計を見つめながら、今日の練習をどう切り上げようか、どんな風に監督の二階堂に事情を説明しようかを頭の中で巡らせた。


 午後の授業をして、HRが終わればグラウンドでサッカーの練習をする。
 いいのか悪いのか、この日は妙に調子が良かった。武方長男がさりげなく調子いいじゃんと褒めてくれた。他の仲間たちも同意してくれた。
「豪炎寺、いいぞ、その調子だ!」
 二階堂がベンチから応援してくれる。
 ここで豪炎寺の中で、なにかのスイッチが入った。
「はい!」
 気合が入って、つい父との約束が抜け落ちてしまった。あれだけ門限には厳しく言いつけられていたのに。ぽろりと。簡単に。


 気付いたのは、練習終了の挨拶をして、二階堂に質問をしている最中であった。
「………………………!」
 二階堂の目の前で、豪炎寺は突然ハッと目を見開き、顔を青ざめさせる。
「豪炎寺、どうした?」
「監督っ、今何時ですかっ」
「え?ええと……」
 咄嗟に答えられず、二階堂は腕時計を見せた。とっくに16時を回っている。
「俺、帰らなきゃ」
 豪炎寺の額には運動のものとは異なる、冷や汗が滲んでいた。
 だが、口でも頭でも帰らなければならないというのはわかっているし、優先させる行動なのに、ある不安が豪炎寺の身体を硬直させる。
 ――――絶対に怒られる、と。
 約束を守らなかったら、サッカーをやめさせられる危険性もあった。
「豪炎寺、どうした。落ち着きなさい」
 二階堂が豪炎寺の肩をしっかりと押さえる。
「なにか用事でもあるのか」
「はい……。父に、16時までに帰って来いと言われていて」
「ああ、そうなのか……。まず連絡を入れて謝ってか」
 話の途中で、段堂が部室から頭を出して豪炎寺を呼んだ。
「おい豪炎寺!電話鳴ってるぞ」
 豪炎寺は慌てて部室に入り、通話をしに外へ出た。
 盗み聞きをするつもりはなくても、豪炎寺の受け答えから叱られている雰囲気は伝わる。携帯を閉じた豪炎寺は随分と落ち込んでしまっていた。二階堂は彼の元へ歩み寄り、声をかける。
「豪炎寺、大丈夫か」
「はい……」
「まぁ落ち込むな。先生もよく、豪炎寺の年の頃には親父に叱られてばかりだったよ。お父さん、厳しい人なのか?」
「どちらかというと、そうですね」
 一度叱られて、気持ちが落ち着きだしたのか、豪炎寺の口元が緩みだす。
「二階堂監督とは、全然違います」
「ん?そうなのか?」
「はい……」
 こくんと、豪炎寺は頷く。
「二階堂監督は、よく笑ってくれますよね」
「え?」
「いいと思うんです」
「…………………………」
 反応に困惑する二階堂。やや間を置いて豪炎寺は気付き、照れを隠すかのように俯いた。
「では俺、帰ります」
「ああ、また明日な」
「はい」
 俯いた顔をさらに傾かせて頷く豪炎寺。
 彼は普段から口を紡ぎ、最低限の言葉のみ、唇を動かす。
 彼は父親に似ており、さらに認めているのだと、二階堂は悟った。







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