全てが終わった。
エイリア学園を追跡してキャラバンで全国を回り、野望を打ち砕き、我を失った仲間たちを取り戻した円堂たちの旅が。今、終わりを告げたのだ。
だが、まだ戦いの爪痕は残っている。
半壊した鉄塔広場の鉄塔を直し、エイリア石に魅入られ、意識を取り戻した仲間たちは病院で検査を行った。キャラバンに乗って旅をした他校選手はしばしの間、稲妻町に滞在したが帰還の日が近付いていく。
その日々の中で怪我をしていない風丸と栗松は早くに退院し、次に西垣が退院する。
西垣は故郷である木戸川清修へ帰る事に後ろめたさを抱いていたが、一之瀬、土門、木野の友人たちに諭されて、戻る決意をした。一之瀬と土門も付き添いで木戸川へ向う。
絆
「じゃあ円堂、俺たち行って来るよ」
一之瀬は土門、西垣を連れて、円堂たちに挨拶をする。
「ああ。行って来い!」
笑顔で見送る円堂。隣に立つ木野が包みを一之瀬に渡す。
「一之瀬くん、これ。後で電車にでも三人で食べてね」
「有り難うアキ!」
礼を言う一之瀬と土門に、西垣がぽつりと“ありがと”と呟く。俯きがちで元気のない彼に豪炎寺が前に出て、包みを差し出した。
「二階堂監督の元へ帰るんだろう。監督にこれを渡してくれ」
「…………?」
受け取ると、やや重みがある。
「あまり傾けないでくれ。頼んだぞ」
「あ、ああ」
中身が気になるが、西垣は頷く。雷門と新生雷門、そして元ダークエンペラーズに見送られながら、三人は駅へと歩いていった。
検査の終わってない者たちは病院へ、残った男子は円堂たちと合宿、女子は財全たちと宿泊に分かれるが、栗松は目金と秋葉名戸の生徒たちと交流を深めに行った。
電車のボックス席で、一之瀬は木野より受け取った包みを開ける。美味しそうな弁当が顔を出し、少年たちはわぁ、声を上げてと喜んだ。
弁当の具材はサッカーボールを模したおにぎりとサンドイッチ、唐揚げとウインナー、サラダもきちんと入っている。育ち盛りの男三人が満足できる容量で、好物と栄養のバランスも取れている。木野が思い遣って作ってくれた愛情がたっぷりこめられていた。
「いただきまーす!」
一之瀬、土門、西垣は手を合わせて食事を始める。
「美味いなぁ」
「アキの料理はいつも美味いんだよな」
もぐもぐと料理を頬張り、木野に感謝する一之瀬と土門。久しぶりに木野の手料理を食べる西垣は感動し、感傷的になっているのか目がやや潤む。
「アキ、随分と料理美味くなったんだ」
感心と同時に時の流れを抱く。
「アキなりに気合入れたんだよ。きっと西垣の為にさ」
「西垣に笑って欲しいんだよ」
「うん……」
こくんと頷く西垣の口の端が綻んだ。
電車は木戸川の駅に着き、三人は学校へ向う。校門が見えてくると、西垣は目の奥が染みるのを感じた。
校門の前には二階堂と木戸川のサッカー部員一同が揃って西垣の帰りを待っていた。西垣は大きく前へ足を踏み出し、走り出す。気まずく暗雲に包まれていた胸のもやがどうでも良くなった。無心に西垣は飛び出していた。一之瀬と土門も後を追って走る。
「二階堂監督!!みんな!!!」
西垣の姿に皆が両腕を振るった。ここだ、帰って来いと全身で伝える。
「俺……!!俺っ……………!!」
言葉が続かない。喉が絡んで音が発せない。言葉にならない思いが、とうとう熱い涙となって零れる。
「西垣!!」
二階堂は到着した西垣を思い切り抱き締め、受け止めた。部員たちは彼を囲むように見守る。
「お帰り、西垣」
頭の上から、懐かしい二階堂の声がする。そう日にちは経っていないはずなのに、随分と久しぶりに聞こえた。
「…………かんとく、ごめんなさい。皆、ほんとに、ごめん……ごめんよ」
二階堂の胸に顔を埋め、くぐもった声で西垣は詫びる。泣いてもいるので、酷い声だった。
「馬鹿もん。もっと言うべき言葉があるだろ」
「…………ただいま、帰りました」
「お帰り。皆待ちくたびれたぞ」
二階堂が西垣の頭を撫でる。少し鼻声のように聞こえた。
西垣は二階堂から胸を離し、肩を掴まれ後ろを振り向かされる。そこには、帰りを待っていた仲間たちの笑顔と泣き顔があった。
ぽん、と背中を押される。仲間たちが抱きつき、西垣を揉みくちゃに迎え入れた。
「西垣!よく帰ったな!」
「お前って奴はさっさと帰って来いよ!」
「俺にノート見せてくれるって言ったじゃん!言ってない?」
「俺に可愛い女紹介するって言ってくれたじゃん!言ってない?」
「おかえり!マジでお帰り!」
木戸川の部員たちを見守る二階堂に、一之瀬と土門が歩み寄って軽い会釈をする。
「お久しぶりです。雷門の一之瀬と」
「土門です」
「やあ、久しぶりだな。雷門は大変だったな、そして有り難う」
静かに頷き、微笑む一之瀬。土門は疑問に思った事を二階堂に問う。
「あの。校門にいたのは……」
「ああ、豪炎寺が教えてくれたんだ。たぶん、この時間に来るんじゃないかって」
「あいつ」
憎い気遣いに土門はくすりと笑う。
「以前も西垣に会いに木戸川へ来てくれたな。ここはちょっと距離あるから疲れただろう」
「はは。でもあの時とは違いますよ」
二階堂の言う“以前”は木戸川にエイリア学園が襲来した日。負傷した西垣を見舞い、雷門襲撃の知らせを聞いてすぐに戻った歯がゆい一日だった。
「ゆっくりしていきなさい」
一之瀬と土門の肩を叩く二階堂の元へ、西垣がやって来る。仲間に揉まれてこだわりのヘアスタイルは乱れてしまっていた。
「か、監督。そうだ、これ」
ふらりとよろけながら、抱えていた包みを二階堂に渡す。
「ん?」
「豪炎寺から、二階堂監督に……」
「へぇ……、ああ、……………なるほど」
重みを確かめて、二階堂は納得したように察した様子を見せる。
「一之瀬くん、土門くん、今日は私の家に泊まっていかないか。君たちは木戸川では辛いものを目にしたからな、ここの良さを知ってもらいたい」
どうしようかと顔を見合わせる一之瀬と土門の間に、西垣が軽く手を上げた。
「あの、二階堂監督。俺も泊まっていってもいいですか?」
「先生は構わないけれど、西垣は家に帰った方が……」
「監督や、一之瀬と土門に、たくさん話したい事があるんです。家へは、もう少し気持ちを整理させてから帰りたい……」
「そうか。お家には連絡いれておくんだぞ」
「はい!」
西垣は元気良く返事をした。彼に続き、一之瀬が二階堂に"俺たちも泊まらせてください"と告げる。
そうと決まればと、西垣は一之瀬と土門に笑いかけた。
「一之瀬、土門、木戸川を俺が案内するよ。いいトコ、いっぱいあるんだ」
「夕食の……この時刻には戻ってきなさい。ご飯を用意しているから」
二階堂が時間を指定し、西垣は一之瀬と土門を連れて木戸川を回りだす。他には数人の部員が付き添い、賑やかにまずは木戸川清修の校内を歩いた。一通り見て回れば、安くて美味しいと評判の店で空腹を満たし、稲妻町に似た河川敷へ向かい、草のベッドに腰をかけた。鉄橋の上は列車が走り抜け、雷門に続いているのだと思わせてくれる。
「ん?」
土門は携帯が鳴っているのに気付き、立ち上がって離れた場所で開く。
『……土門くん?』
相手は木野だった。
「やあアキ。そっちはどうだい」
『うん、楽しいよ。そっちは、西垣くんはどうしている?』
「ああ、もう大丈夫そうだよ。すっかり元気だ。そうそう、俺と一之瀬は今日、二階堂監督の元でお世話になる事になった」
『そうなんだ……じゃあ、また明日だね』
「アキ、木戸川にはアキが好きそうな店や、稲妻町みたいな綺麗な川もあるんだ。なぁ……俺、日本に来て良かったと思うよ」
『ふふ、私も。ねえ土門くん、サッカーやめないで良かったね。そう思うんだ、私』
木野の喉で笑う声が聞こえる。土門は息を吐くように、ああ、と穏やかに同意をした。
電話を切り、戻って来た土門が一之瀬と西垣に言う。
「アキからだったよ」
「アキなんて言ってた?」
「夜更かししちゃ駄目よ、だって」
アキらしいや、と微笑む二人に土門も口元を綻ばせた。
日が傾き、夕焼けの紅い光が差し込んでくると、木戸川の部員と別れ、三人は二階堂の家に行く。場所は西垣が知っており、マンションだと語った。
「ここだよ、ここ」
中に入り、エレベーターのスイッチを押す。
「そういえば二階堂監督は結婚してるの?」
「いや、独身だって」
「恋人は?」
「いないらしいんだけどね……」
含んだような答えに、一之瀬が“なにかあるのか?”と問う。
「噂は散々たっているんだよ。元有名人だしさ。あと、雷門と戦ってから明るくなったって。それは俺たち全体に言える事だけどさ。ああ、この階だ」
エレベーターに乗って降り、二階堂の家のインターホンを押した。
「やあ、いらっしゃい。時間丁度だな、感心感心」
出てきた二階堂はエプロン姿で三人を迎え入れる。
「ご飯も丁度出来たんだ、中に入りなさい」
「お邪魔します」
玄関を上がると、食事の美味しそうな香りが鼻孔をくすぐった。けれども、なんの料理かはわかるのに違和感を覚える。
「あの、二階堂監督。これって」
「たぶん予想通りだろう」
居間に出ればテーブルには食事が並べられており、メインとなる真ん中の料理に三人は声を揃えて放つ。
「たこ焼きっ!?」
「そ、たこ焼きだ。ほら、好きな席に座りなさい。温めたばっかりだぞ」
「温め……?冷凍食品かなにかですか?」
席に座りながら問う西垣。
「違う違う。これは豪炎寺からの差し入れだ」
「えっ……豪炎寺が?」
「あいつは料理上手くてな、たこ焼きにはこだわりがあるらしい。量からみて、どう見ても一人前じゃなかったものだから、一之瀬くんと土門くんにゆっくりして欲しいというメッセージだろう」
「豪炎寺らしいというか、なんというか」
一之瀬と土門は苦笑を浮かべながらも、満更でもなく嬉しそうにしている。
「じゃあ食べようか。いただきます」
四人は食事を始め、さっそく豪炎寺の作った、たこ焼きに箸を伸ばした。作り立てではなく、冷めたものを温めてはいるが、美味く出来ている。
「あ、美味い」
「紅しょうが少なめなんだ」
「あ、それは先生の好みに合わせてくれたんだ。すまない」
えっ。一之瀬、土門、西垣は一瞬箸を止めるが、再び動かしだす。
「豪炎寺と二階堂監督は仲がいいんですね」
「うん?どうだろうな……あいつが本当はどうしたいのか、わかっていても出来なかった分、困っていたらどうにかしてやりたい思いはあるな。私は無力で、西垣すら助けられなかったが……」
「監督、俺は……」
「もういいんだ、西垣。誰も怒ってはいないさ。あとは西垣自身が自分を許してあげなさい」
一之瀬が頷き、口を開く。
「そうだぞ、西垣。二階堂監督、豪炎寺たちは今、全国から集まったメンバーと一緒に雷門中で合宿しているんですよ」
「それが終わったら離れ離れ、元の生活に戻るから、思い出作りに。戦いは苦しかったけれど、終わると寂しいですよ」
土門が続けた。
「君たちは短い間に、色んな経験を積んだんだろう。まぁ、寂しいくらいがいいと思うよ。その方が残るし、忘れられない」
「豪炎寺ともですか?」
西垣の一言に二階堂は咳払いをしてごまかし、少年三人はくすくすと笑う。穏やか時間はゆったりと過ぎていくのに、感じるのはあっという間だった。
夜、風呂から上がった一之瀬が眠ろうとすると、円堂からの電話が入る。
『一之瀬!そっちはどうだ』
「元気いいなぁ、円堂。俺たちそろそろ寝ようとしていたところだ」
『こっちは肝試しして、枕投げが終わったところだ』
「盛り上がってるんだな」
円堂はキャラバンでの旅では気付かなかった仲間たちの意外な一面を面白おかしく語った。
『それで豪炎寺がさあ、あいつたこ焼きが得意で……』
「ああ、知ってる」
さらりと答える一之瀬に、円堂は驚く。
『えっ……知っていたのか』
「もちろんさ」
わざと得意そうに言ってみせる。
「豪炎寺いるか?ちょっと代わって欲しい」
『待ってろ』
円堂が豪炎寺を呼び、交代した。
『豪炎寺だ』
「豪炎寺、たこ焼き美味かったよ。有り難うな」
『そうか……』
淡白な返答ではあるが、きっと薄く笑っているのだと今までの付き合いでなんとなく察する。
「ええと、もうすぐ……ああ、待ってろ、二階堂監督と代わるよ」
『えっ』
一之瀬は風呂から上がってきたばかりの二階堂に携帯を押し付け、落ち着いてそうだった彼のはしゃぐ様子に何事かと思いながらも受け取れば、豪炎寺の声に目を丸くさせた後、穏やかな笑みを浮かべた。
「豪炎寺か」
『……はい』
「元気か?たこ焼き、有り難うな。大好評だったぞ」
『はい』
「色々大変だったろう。大丈夫か?怪我はなかったか」
『……妹の夕香のリハビリは順調です……。それで、俺は大丈夫でしたが……』
「辛い思いをしたな。うん…………ああ、……そうか」
豪炎寺が語る話の一つ一つに、二階堂は一回ずつ相槌を打った。まるで目の前に彼がいるかのように。
『あの、二階堂…………先生』
囁くような、甘えるような、そんな柔らかな声で二階堂を呼ぶ豪炎寺。
「その名前で俺を呼んでくれるのは久しぶりだな」
『そう…………でしたか……?』
豪炎寺は記憶を辿れば、木戸川在学以来の呼び方だったと思い出す。
仲間にも気付かずに口にしてしまい、今になって気恥ずかしさがこみ上げた。
「いいよ、好きに呼んでくれれば。ああ………ああ、………じゃあな。一之瀬くんに代わるよ」
二階堂は一之瀬に代わり、豪炎寺も円堂に携帯を返す。
豪炎寺との会話を終えた二階堂はとても満足そうにしていて、西垣が茶々を入れた。
「監督、随分と嬉しそうですね。まるで恋人と話しているみたいでしたよ」
「はは、誰と誰が恋人だ」
二階堂は照れも驚きも怒りさえもせず、軽く笑ってさらりと流す。
なぜだかその反応に、深い絆を感じずにはいられなかった。
Back