豪炎寺は二階堂の家に遊びに来ると、学校でなにがあったのか、部活でなにがあったのかを二階堂が聞けば話してくれる。この日もまた、いつものように二階堂は豪炎寺の話に耳を傾けようとしていた。
「今日、小此木という理科の先生が……。ああ、監督。飲み物いただいても良いですか」
 台所へ向かおうとする豪炎寺。
「だったらジュースがあるぞ」
 ソファに座っていた二階堂が立ち上がり、豪炎寺の肩を叩いた。その時だった――――。
 ぽんっ。
 はじけた音がして、眩しい光を放つ豪炎寺。
 二階堂が目を開く視界の先に彼の姿はいない。
「豪炎寺っ!?」
 辺りを見回し、呼ぶ二階堂に下から聞き慣れた声が応える。
「こっちです、二階堂監督」
「えっ」
 見下ろせば豪炎寺の衣服が落ちており、衣服の隙間から豪炎寺の髪型にそっくりな小さな頭が出てきた。
「ご、豪炎寺、なのか……?」
「はい」
 それはこくん、と頷く。
 だがしかし、返事は一回きりではなかった。次々衣服から出てきたのだ。わらわらと。それはもう、いっぱいに。
 ひのふのみい…………数えるだけで眩暈がした。



十一等分



「豪炎寺。一体こればどういう事なんだ」
 二階堂は床の上に正座し、豪炎寺たちを並べて問う。豪炎寺たちもまた、二階堂に向き合って正座をしている。
 豪炎寺は縮んで、おまけに分裂してしまった。人数は十一人。大きさは十一等分したかのよう。顔は皆同じ、つんと鋭い瞳につんつんな色素の薄い髪を逆立てている。言葉遣いも普段の彼と同じ、縮んだからといって赤ん坊になったという訳ではなくしっかりしていた。そもそも彼の背丈は赤ん坊より遥かに小さいのだが。
 豪炎寺たちの内の一人が軽く咳払いし、事情を語る。
「今日の練習後、部室に戻る時に一年校舎を通ったのです。そうしたら理科の小此木先生から疲労が取れる薬を作ってみたから飲んでみて欲しいと。外部からの刺激には気をつけるようにとは聞いていましたが、肩を叩かれただけでこうなるだなんて……」
「豪炎寺。そんな薬を飲んじゃ駄目だろ」
「おっしゃる通りです。しかしサッカー部は有名になってしまい、目立つ立場であるストライカーの俺が飲めば効果がわかりやすいと思われたのでしょう」
「だけどなぁ……。身体は戻るのか……?なにか聞かされてないか?」
「……もしなにかあっても数日でどうにかなる、とは言われましたが。薬も効きましたし、信じられると思います」
「数日か。こんな姿じゃろくに外も出られないだろう。明日は俺もお前も休みだから良いが……」
 二階堂は心配そうに豪炎寺たちの顔をまじまじと眺めた。
 せっかく翌日が二人とも休みで楽しく過ごせると思った矢先にこの事件。つい溜め息がでそうになる中、豪炎寺の一人がくしゃみをした。
「……くしっ」
 よくよく見れば豪炎寺たちはなにも衣服を纏っていない。二階堂との会話の間、数名が恥ずかしそうにしていたのだが彼はちっとも気付かなかった。
「様子を見るとしてだ、まず服を用意しなきゃな」
 衣服を探しに行った二階堂はすぐさま戻ってくる。
「丁度いいものがあったんだ」
 両手の指で摘んで見せるのは、小さな人形向けのような白いTシャツ。
「これは?」
「木戸川の学校説明用に人形に制服を着させようという話になって、試作品として作られたものなんだ。生地とかこだわってな、制服が出来上がってももったいなくて捨てられなかった。こんな時に使えるだなんて、たくさんあるから皆着られるぞ」
 床にTシャツを置くと、豪炎寺たちはとてとてと足を鳴らして歩み寄り、着替えだす。サイズもぴったりで、尻も上手く隠れた。
「監督、有り難うございます」
 ぺこりと頭を下げる豪炎寺たち。
「はは、どういたしまして。しっかし区別がつき辛いな、背番号でもつけるか」
 二階堂はペンを持ち、適当な豪炎寺を一人捕まえた。感触は人形のように軽くて扱いやすい。
「うわ!」
「大人しくしていろよ……」
 キュッ。ペンの感触に小さく震える豪炎寺の背に"1"を刻まれる。
「さ、次の豪炎寺は、と」
 番号を書いた豪炎寺を置き、別の豪炎寺を手に取る。
 こうして背中に番号を書かれた豪炎寺は、当たり前であるが“10”が羨望の的となった。
「よし、完了。お前がこの姿の間は背番号で呼ぶからな。さて、次はご飯か……俺が食べさせてもいいんだが十一人となると……、パンの方が好都合か。俺は買い物に出るから留守番していろよ」
「監督、なにからなにまですみません……」
 申し訳なさそうにする豪炎寺6番の額を、二階堂はしゃがんでそっと突く。
「遠慮するなよ。俺とお前の仲だろ」
「……………………………………」
 ほんのりと頬を染める豪炎寺6番に二階堂は笑いかけた。
「お前たち、11人もいるならサッカーでも遊んだらどうだ。これをやるから」
 スーパーボールを渡し、二階堂は外出をする。


「やるか……?」
 豪炎寺たちだけになった部屋で1番が問えば、皆が頷く。
 四対四の紅白戦に決め、床に置かれたスーパーボールを10番が蹴ろうと勢いをつける。
 ぽこっ。
 軽い音がした。けれどもスーパーボール。されどスーパーボール。よく跳んだ。
 ひゅっ!どごっ!
 ボールは3番の顔面に炸裂し、口から光の粒子を飛ばして後ろへひっくり返り、ダウンする。
 だがすぐに起き上がり、蹴り返す。もはやルール無視のボールのぶつけ合いになっていた。
 彼らの中では大乱闘ではあるが、小さいのでぴーぴーとしか聞こえず、周りに苦情を訴える者はいない。
「ただいま」
「おかへりなはい……」
 帰ってきた二階堂を迎えたのは身体中に真っ赤な丸い痕をつけた豪炎寺たち。
「どうしたんだお前たち!」
 二階堂は買い物袋を玄関に置き、豪炎寺たちを抱えて居間に駆け込んで治療を始める。
「しょうがない奴らだなぁ」
 ソファに腰掛け、豪炎寺を一人一人膝の上に乗せて衣服をめくりあげて薬を塗った。
「自分で、塗れます」
「だめだめ」
 薬をつけた指の腹で豪炎寺の身体を擦れば、目をぎゅっと瞑ってひくんひくんと震えるが、二階堂はお構いなしに治療を施す。塗り薬はぬるぬると滑って心地が悪いが、二階堂に触れられた箇所はじんじんと熱くて頭をぼんやりとさせる。治療後、二階堂が食事を用意するまで豪炎寺たちが大人しかったのを彼は一人首を傾げた。
 夕食はテーブルに料理と豪炎寺たちを載せて始める。皿に載せられた食パンを豪炎寺たちは群がるように千切っては口の中に詰めていた。大きくてふわふわな食パンは弾力があり、腹に押し付けるように小さくして食べる者もいる。パンの耳は硬かったらしく、いつまでも口の中でもぐもぐと噛んでいた。
「なあ皆、もうお腹一杯か?」
「……と、言いますと?」
 11番が聞き返す。
「実は今日、コンビニで美味しそうなケーキを見つけて、二人で食べようと買ってきていたんだ。どうだ?豪炎寺も食べるか?」
「はいっ」
「よし、いい返事だ。今持ってくるよ」
 二階堂が用意したのは苺のショートケーキ。オーソドックスではあるが、オーソドックスだからこそ無性に食べたくなるもの。豪炎寺たちは喜んでケーキを食べる。だが手掴みなのでクリームがそこら中にべたべた付着した。
「かんとく、汚してごめんなさい」
「い、いや、いいけど……」
 クリームだらけの豪炎寺たちの姿は卑猥で、しかも申し訳ない気持ちかクリームを豪炎寺同士で舐め合われては目の毒過ぎる。ぺろぺろ、ぴちゃぴちゃという舌独特の音は小さいせいで微かなものだが、逆に意識を寄せてしまう。
「さて、と!」
 二階堂は疼く欲望を押さえ込み、わざとらしく声を上げて席を立つ。
「そんなベタベタだと気持ち悪いだろう。お風呂を沸かすから、先に入りなさい。仲良くするんだぞ、なんてな」
 そうして湯が沸いたと知らせれば、先を争うように浴室へ走る豪炎寺。わらわらと群れて、あっちへ走ったりこっちへ走ったり、まるで民族大移動のような、動物の群れのような、奇妙なものに映る。ついじっと眺める二階堂の口元は緩んでいた。初めはどうしたものかと思い悩ませれば、小さくても大きくても豪炎寺は豪炎寺であり、愛おしい存在。可愛くて仕方がなくなってくる。
 二階堂は着替えのTシャツを持って脱衣所に入る。扉越しの浴室は静かで感心だと思い、出て行こうとするが、なにか嫌な予感が頭の横を走った。
「……豪炎寺?」
 軽くノックしてから扉を僅かに開けて様子を覗く。
 豪炎寺たちは仰向けで湯船にぷかぷかと浮いていた。
「うわああああああ!」
 二階堂は急いで豪炎寺たちをつまみ上げて桶の中に入れて救出する。幸い、身体は真っ赤だが、ふうふうと息衝いているので安心した。
「まったく!なにをしているんだ!」
 さすがの二階堂も声を荒げて叱りつける。
「泳ごうと思ったら……深くて…………」
「あたりまえだろ!」
「……………………………………」
 しゅんと落ち込む豪炎寺たちを桶ごと台所へもって行き、薄い水に浸す。
 怒るのは、心配だからだ。
 聞こえるか聞こえないか、ぎりぎりの呟きを漏らす二階堂。
 豪炎寺たちがはにかんでいるのを悟りながら、スプーンで一人ずつ水を飲ませる。
「今日はもう大人しく寝ていなさい」
 薬を塗り直し、Tシャツを着させて寝室のベッドに解放させた。
「……………………………………」
「……………………………………」
 豪炎寺たちは不服そうに目で合図を送りあうが、身体が真っ赤になるまで遊んで風呂で溺れてしまってはぐうの音も出ない。ばらばらに返事をして、シーツの上をごろごろ転がっていた。
「ふう」
 寝室の扉を閉め、二階堂は自分が風呂に入る仕度をする。
 豪炎寺も眠り、ゆっくり出来ると思っていた彼に、浴室で二度目の衝撃に出会う。
「!!?」
 豪炎寺が一匹……いや一人、タイルの上に倒れていた。慌てて拾い上げて声をかける。
「豪炎寺!豪炎寺!」
「…………かん、とく……?」
 身体は冷たくなっていた。
「なんで一人だけこんな所に倒れていたんだ」
「みんなを、湯に入れる手伝いをして……おれも入ろうとしたら滑って、……」
 湯船に豪炎寺たちが浮いていたので抜け落ちていたが、床から浴槽までは高さがある。運動神経抜群でも小さくなった豪炎寺が一人で登れる高さではなかったのだ。豪炎寺同士の協力がなければ到底出来ない。
「すまん豪炎寺……数が多くて……。これは言い訳だな。お前を忘れてしまうだなんて」
 二階堂は豪炎寺に他の豪炎寺たちの様子を語ってから、彼を抱いて湯に浸かる。しっかりと手で持って、冷たくなった身体を温めようとした。
「肩まで浸からせて……と」
 丁度良い位置で、二階堂は自分の掌に豪炎寺を座らせる。
「ちょっと、熱いです」
「ああ、すまん」
 少しだけ手の位置を上げてやった。
「あの、かんとく」
 二階堂を呼ぶ豪炎寺は背中を向けており、表情は見えない。
「二人で風呂に入るのは初めてでしたね」
「そうだったな。さすがに狭いだろう?」
「……………………………………」
 豪炎寺の返事は返ってこなかった。
 風呂から上がった二階堂は豪炎寺の身体をよく水気を拭いてやってから、他の豪炎寺たちが眠るベッドにそっと寝かせる。そして本日の二階堂の寝床は居間のソファにしようとするが、考えは見透かされてしまう。
 眠っていたはずの豪炎寺たちが一斉に目覚めて二階堂に飛びついてくる。
「な、なんなんだお前たちは」
「かんとく!」
「いっしょです!」
「かんとく!」
「いっしょ!です」
「かんとく!」
 二階堂の身体にへばりつき、よじよじと登って訴える。
「いやしかし、お前を潰してしまうかもしれないし」
「避けます!」
「大丈夫です!」
「任せてください!」
 こう騒がれては折れるしかなくなってしまう。
「……わかったよ……潰されそうになったら避けるんだぞ」
「かんとく!」
「いっしょです!」
「かんとく!」
 二階堂がベッドに横になると、豪炎寺たちはわらわらと顔に集まって口付けをしてくる。
 したらしたで離れてくれるが、腕や胸にくっついて寝息を立てだした。金縛りにあったように身体を動かせい二階堂は、身体を硬くして目を瞑る――――。実に寝苦しい夜だった。






「んん……」
 あまり眠った気分になれないが、覚めれば朝になっていた。二階堂はまず身体の回りを軽く払ってから上半身を起こし上げ、布団をそっと持ち上げる。
「豪炎寺?おい、豪炎寺…………?」
 昨夜あれだけくっついていた豪炎寺の姿がない。二階堂は睡眠によって蓄えられた熱が冷めるのを感じた。
「どこだ、返事をしてくれ」
「二階堂監督、ここです」
 ベッド下から声がする。
「豪炎寺!」
 見下ろせば、豪炎寺は姿を少しだけ大きくして手を振っていた。確認できた豪炎寺は五人。まるで十一をニで割った数である。だが、実際に十一を二で割れば、一余る。二階堂は目を凝らした。
「こっちにもいますよ」
 声がして振り向けば、昨日と変わらない小ささの豪炎寺が枕元で足をぱたぱたと鳴らしている。
「……明日は何人になるんだろうな」
 ベッドの上であぐらをかき、二階堂は腕を組む。豪炎寺たちも同じように腕を組んだ。







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