寒い日だった。
朝
「ん……………」
豪炎寺は喉を鳴らし、目を開ける。
夢から覚めるなり感じるのは、気温の低さだった。顔の表面がひんやりと冷たい。
カーテンの隙間からは日の光が差し込み、時計を見れば朝であった。曜日は日曜で学校も部活もない。起きる気にはならず、布団を口元まで被せる。
布団はぽかぽかと温かく、心地がいい。温かいのは豪炎寺の体温だけではなく、もう一人分の体温も相俟っていた。
豪炎寺のすぐ横で規則的な寝息が聞こえる。二階堂がすやすやと眠っていた。
ここは二階堂の家であるマンションの一室。昨夜、豪炎寺は訪ねて泊まったのだ。
いつもは豪炎寺がベッド、二階堂がソファで眠るのだが、昨夜はとても寒くソファでは風邪をひいてしまうだろうと、豪炎寺が二階堂に一緒に寝ましょうと話を持ちかけた。二階堂はあまり乗り気ではなかったが、断れずに折れた。
「………………………………」
二階堂が起きないように、豪炎寺は彼の寝顔を眺める。
豪炎寺の視線など気付かず、無防備な姿を晒していた。普段はあまり気付かないが、よくよく見れば童顔に見える。髭がなければ若く見えるだろう。だから生やしているような気もする。
覗きこんでも二階堂は起きる気配を見せない。豪炎寺は一人口元を綻ばせた。
二人が一緒の布団で眠るのは初めてで、背の高さも気にせずに顔を並べられるのは嬉しくなる。
「………………………………」
ふとなにかをしてやりたい気持ちになり、顔を近付けて唇を寄せようとした。
「んー…………?」
あと少しで触れようとした刹那。二階堂が呻いて豪炎寺を抱き締める。
「…………かっ………」
――――監督!?
声にならない声が脳裏に流れ、目を白黒させて顔を熱くさせる豪炎寺。
「んん…………」
二階堂の抱き締める腕の力は抱擁というより、抱き枕にするような身を任せるものだった。
しっかりと抱き、重心をかけようとしてくる。
「かん、とく。苦しい……」
胸を押すがびくともしない。
「…………うん」
相槌を打つように喉を鳴らす音は、甘えているみたいでドキリとする。
身体を横に向けられて、重さからは逃れて安堵の息を吐こうとした豪炎寺だが、今度は頬を押し付けられて摺り寄せられた。
「そんなに、は。駄目、です……監督………」
照れくさくなり、やんわりと頭を引いてから頬に口付けをする。
すると瞼を震わせて、二階堂が目覚めた。
「ごうえん……じ……」
眼を開き、豪炎寺のあまりの近さと、彼を抱き締めている事実に気付く。
「!!っす、すまん!」
慌てて離し、詫びた。
「痛かったか?」
「大丈夫です」
「悪かったな。俺、寝相悪いんだよ」
本当にすまなそうな顔をする二階堂。先ほど眺めていた寝顔のせいか、彼の仕草の一つ一つが豪炎寺には愛らしく映る。
「だから俺とは一緒に寝てくれないんですか?」
「え……っ……?そういうんじゃ……ないが……」
「だったら、どうしてです?」
二階堂にぴったりと寄り添い、彼の胸に額と手を寄せた。
つい困るような質問をして、二階堂の反応を楽しんでしまう。本当の理由などわかってはいるが、わかっているからこそ子供を武器にして二階堂に甘えた意地悪をしたくなった。
「狭い、からだよ」
「二人入れますけど……?」
「あまり我侭言うなよ」
二階堂が髪に触れ、豪炎寺が額を浮かせて見上げると、そこに口付けを落とす。
「それにしても、今日は寒いなあ」
話題をそらし、適当な気温の話を口にする。
「そうですね……」
「手とか、冷えるよな」
二階堂の大きな手が、豪炎寺の小さな手を包み込んだ。
不意打ちに、豪炎寺はきょとんとした顔をして、じわじわと頬を染めた。
「布団から出たくないなぁ……」
「そうですね……」
正面を向くのが照れくさくなり、豪炎寺は俯く。
「今日は日曜で、俺もお前も用事ないだろ?しばらくこうしているか」
「はい……」
二階堂が微笑めば、豪炎寺もはにかむように笑う。
「たまには、こういうのもいいよな」
二階堂がにこにことした笑みで、包み込んだ手を解放させて豪炎寺の頭を撫でる。子供を寝かしつけるような手つきに、豪炎寺は唇を尖らせるも、瞳はとろんと半眼になった。
「それ……俺は、好きではありません……」
「そうかぁ?お前の寝顔可愛いんだよ」
「昨日、俺の寝顔でも見ていたんですか」
「うん?まぁな……」
「監督だって、可愛いくせに」
二階堂の手を止めさせ、お返しとばかりに豪炎寺が二階堂の頭を撫でる。
「すーぐそうやって仕返しするんだよなぁ、お前は」
「………………………………」
ムッとする豪炎寺だが、抱き締められて口付けをされれば機嫌はころりと直ってしまう。
「仕返しは……しません。もう一回してください」
「……一回でいいのか?」
「えっ……?」
「あ、いや、なんでもない」
腕を解こうとする二階堂だが、衣服越しに豪炎寺が胸を掴んで離れようとしない。
「………………………………」
じっと二階堂を見据え、彼の動きを待つ豪炎寺に降参するしか選択肢はなかった。
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