少年たちのサッカー世界大会・フットボールインターナショナル。
 第一回の優勝は日本のイナズマジャパンが制した。国民たちは大いに歓喜し、サッカーブームが社会現象まで大爆発し、スポーツだけに留まらずファッションや街の装飾まで染めていく――――。
 そして今月末、とうとうコミュニケーションゲームまで幅を広げ、記念すべき第一弾として選ばれた相手は人気のFW豪炎寺修也。彼と絆を深める『ゴウエンジプラス』が発売されたのだ。サッカー選手相手にスポーツを中心としない大胆なコンセプトには、多くのゲーム会社が注目をしてプレイヤーの動向を伺っている。



ゴウエンジプラス
- 二階堂の場合 -




 某月某日。とある有名電気量販店に中年男性がカウンターで商品を受け取っていた。男は真っ直ぐに家に帰り、入ると早速中身を袋から取り出す。携帯ゲーム機とソフトであった。
「ゲームなんて、友達のをちょっと借りたくらいだしなぁ……俺に出来るかなぁ」
 不安そうな口ぶりとは裏腹に、表情は楽しそうに綻んでいる。
 男の名前は二階堂修吾。豪炎寺がかつて在籍した木戸川清修の監督である。教え子のゲーム発売に、慣れないものでもやってみたい意欲にかられて本体ごとゲームを購入してしまったのだ。
「えーとまず……」
 まずは本体の説明書を読みながら、ゲームプレイをする環境を整える。
 次にゲームのパッケージを開き、説明書を読む。
「ふむふむ……」
 『ゴウエンジプラス』は主に豪炎寺とのコミュニケーションを楽しむゲームである。機種は携帯ゲームで、いつでもどこでも持ち運べて一緒にいられる気分が味わえるのだ。性別まで選択でき、男であれば友情を深め、女であれば恋愛ができる。物語は今や有名校・雷門中に豪炎寺が転校してきたところから始まるらしい。
「木戸川はないのか……あたりま……」
 説明書の後ろにダウンロードサービスの紹介がされており、有料でイナズマジャパン・木戸川清修制服にカスタマイズできるという。
「ちゃっかりしているなぁ」
 嬉しいは嬉しいが大人の事情に、同じ大人の二階堂は複雑な気持ちであった。
 操作方法をだいたい頭に入れ、二階堂はゲームを始める。


 可愛らしい曲が流れ、タイトルが表示されて豪炎寺が出てくる。
 CGの彼は格好良く綺麗目に表現されているが、二階堂には可愛らしく感じた。
「可愛いな」
 思わず声を零す。
 性別選択画面で男を選択しようとした指が不意に止まった。
「…………女になってみるのもありかな」
 悪戯めいた笑みに口の端を上げて"女"を選択する。二階堂は雷門中の女生徒になって豪炎寺の転校を待ち、二人は出会う――――。
 豪炎寺は初め心を開かず、ぶっきらぼうなものの二階堂のしきりなアピールに心を開いていく。
「なんだか照れるな」
 二階堂は照れ臭く、くすぐったい気持ちになるが満更でもない。
 豪炎寺と距離は縮まっていき、告白の時が訪れる。
 ゲームの中の彼は女性が憧れるようなカッコいいセリフで愛を告げてくれた。
「はは、一丁前だな」
 二階堂は告白を受け入れ、ゲームの中で二人は恋人同士になる。
 そして、ここからがこの『ゴウエンジプラス』の醍醐味だ。親密度が満タンになって心が通い合えば、男主人公の場合は親友として学校の行事に共に励み、女主人公の場合は恋人気分を味わえる。二階堂は女主人公なので豪炎寺とさっそくデートになった。
「デートか……」
 斜め上を見上げてから、二階堂は携帯を取り出してメールを打つ。
 豪炎寺に彼が主役の『ゴウエンジプラス』をプレイしていると伝えた。返事はメールではなく直接電話でかかってくる。
『ち、ちょっと!貴方はなにをやっているんですか!!』
「落ち着けよ。ゲームの中のお前はクールだっていうのに」
『ゲームはゲームでしょうっ?アレ、俺は恥ずかしくて嫌だっていうのに……!』
 豪炎寺の焦りようは想像以上で、二階堂は反応が面白くてしょうがない。
「今、お前とデートの約束をしているんだよ」
 ゲームの進行を、笑いをこらえながら伝えた。
『で、デートって……確か、女を選ぶと出来たと思うのですが』
「そうだよ。男でやるのも普通すぎるだろう?」
『本当になにをやっているんだか……。デートなら現実ですべきなんじゃないですか』
 豪炎寺が拗ねたような声を出す。
 彼は、二階堂に女を作れと言っているのではない――――。
「そうだな。明日空いているから、豪炎寺が来られれば会わないか?」
『家デート、ですね』
 途端に明るくなる声。
「ああ……」
 息を吐くように返事をしながら、ゲームとは違うのだと悟っていた。






 翌日の夕方。豪炎寺は二階堂の家へやってくる。
「いらっしゃい、豪炎寺」
「はい……!」
 玄関で扉を閉めるなり、二人は抱擁した。これはゲームではなく、本当の世界で二人は特別な関係であった。しかし、二人は男同士でありデートでさえ外では出来ない。ゲームの内容とは正反対が本来の姿なのだ。
「昨日のメール、吃驚しましたよ」
「お前は驚きすぎだよ。教え子の出てくるゲームを先生が買わないはずはないだろう?」
「け、けど……。サッカーゲームならまだしも恋愛ゲームだなんて、俺は自分が出てきてもやりたくありません」
「うん?豪炎寺はゲームやっていないのか」
「もらいはしましたが……当たり前でしょう。自分で自分と、なんて」
 二階堂の横を通り過ぎて、居間のソファに座り込む豪炎寺。
「結構、面白いんだけどな」
 隣に座る二階堂に、豪炎寺はそっぽを向く。
「ゲームの中のお前は素直だったのに」
「もう」
 豪炎寺は腕を組んだ。
 けれども二人で食事して、風呂で汗を流して機嫌でも良くなってきたのか、上がってきた豪炎寺ははにかみながら二階堂に声をかける。
「あの……二階堂監督、あんな事言ってしまってなんですが、ゲーム……見てみたくなりました……」
「そうか。じゃあ俺が風呂から上がったら、二人で一緒にやってみようか」
「はいっ」
 豪炎寺の次に二階堂が風呂に入って上がってくれば、二人は寝室のベッドに座って『ゴウエンジプラス』を始めようとした。
「ここからじゃ見辛いか?」
 二階堂は足を開き、その間に豪炎寺を座らせる。こうすれば画面が観やすい。しかも二階堂に包まれるような体勢に気恥ずかしくも豪炎寺は嬉しくなる。
「これで、大丈夫です」
「そっか、じゃあ電源入れるよ」
 電源を入れれば流れてくる可愛らしい曲。タイトル画面の背景は夜になっていた。
「これ、今が夜だからでしょうか。よく出来ているんですね……」
「アラーム機能もあってさ、今日の朝は豪炎寺に起こしてもらったんだ。本物より大ざっぱだったかな」
 豪炎寺の脳裏に夜を共にして朝を向かえ、二階堂を起こした思い出が過ぎる。何度起こしても朝は妙に照れてしまって、強く彼を起こせないのだ。
「そ、そうですか。そろそろ、始めましょう、よ」
「ああ」
 スタートボタンを押せば、セーブした場所より始まる。
 いきなりベッドらしき場所で画面の中の豪炎寺が気だるそうに目を覚ました。画面の外である本人は硬直してしまう。
「確かデートに行ってそのまま泊まったんだよな。ちょっとエッチな展開だな」
 のんびりとゲームをどこまで進めたかを語る二階堂。
『修吾、まだおはようじゃないぞ』
 低く、囁きかける画面の中の豪炎寺。随分とキザである。
「修吾って、監督は女でプレイしているんじゃないんですか?」
「それが入力できちゃってさ」
「………………………………」
 疑問に硬直が解けた豪炎寺であるが、ゲームの仕様に戸惑うばかり。
『また、キスしてくれないか』
 不敵な笑みで口付けを強請ってくる。豪炎寺本人は修吾の呼び捨てがあまり気に入らない。それを伝えようとしたが、キス専用画面の切り替わりに唖然とした。
 画面いっぱいに豪炎寺の顔になり"タッチしてください"というテロップが流れる。
「なっ…………なんですか、これ」
「これはな、キスした場所にこのタッチペンで突くんだ。昨日したデートでもやったんだ」
「昨日は、どこにしたんですか」
 声に不機嫌な色が混じる。嫌な気持ちを隠せない。
「どこだろうなぁ。あててごらん?」
 二階堂が手で豪炎寺の顎をくすぐってくる。さわさわと身体に触れ慣れたような手つきに、逃れようと顎を引けば後ろ頭が二階堂の胸に触れた。
「っあ」
「どこかな?」
「…………口は、嫌です」
「わかっているよ」
「おでこは子どもっぽくて嫌です」
「うん」
「だから、頬です」


「当たり」


 正解と言うのと同時に、頬にタッチペンをあてる。
 続いて豪炎寺の唇に、唇を合わせて口付けを交わす。
『ふ』
 画面の中で薄く微笑む豪炎寺に対し、本物は頬をほんのりと染めて目を白黒させていた。
「ゲームと全然違うなぁ」
「………………………………」
 頭を撫でて髪をくしゃくしゃさせてくる二階堂に、豪炎寺は"いけませんか"と細く問う。
「二人の秘密だもんな」
「はい。俺に、触らせてもらえませんか」
「いいよ。やってごらん」
 豪炎寺は二階堂よりゲーム機を受け取り、自ら操作する。
「豪炎寺はゲームってよくやるのか?」
「あまり。ゲームは夕香の方が得意だったりします」
「そうなのか。俺も友達から少し借りてやったくらいなんだ」
「へぇ……」
 二階堂の腕が豪炎寺の腰に絡みつき、二人はより身体を密着させた。
「話し合いながらやったのが、楽しかったのを覚えているよ」
「今は、ドキドキしています?」
 後ろ頭で二階堂の胸に触れれば、トクトクと鼓動が聞こえてくる。
「豪炎寺と同じ気持ちだよ」
 合図を悟り、二人はまた口付けを交わす。
 ゲームはなかなか進まず、画面の中の豪炎寺が欠伸をしていた。







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