春の風は強い。
吹き荒び、木々を揺らして砂利を散らし、去っていく。
また、青い春の風も厳しい。
冷たく、表面を切り裂き、内にある心を揺さぶる。
傷付きながら、人は目覚めるのだ。
己とはなんなのか。存在の根本をつかさどる“自我”に――――。
俺は違う
秋から冬が囁き始める。今年もこの日がやって来た。
十月三十一日、ハロウィン。
本来はカトリック云々という宗教行事の一つではあるが、ここ日本ではお菓子や風変わりな雰囲気を楽しむイベントだ。東京にある尾刈斗の地域は場所が場所だけに、幼い少年少女が年に一度の祭にはしゃいでいる。子供は無邪気で遊びには全力で楽しむもの――――だがしかし、こんなものは大人の願望や決め付けに過ぎない。
早朝。尾刈斗中・サッカー部部室。サッカーが大好きな彼らは今日も朝早くから練習に励む。生徒の一人・月村が欠伸をしかけた口を噛み、頬を叩いてから扉を開く。
「おはよう!」
「おはようございます」
既に入っていた鉈が挨拶をする。その顔に仮面はつけられていない。月村もまた、ぼさぼさの髪はしっかりきっかり、きちんと整えられてキューティクルだ。制服も襟までぴっちり。糊付けまで完璧だ。
何も知らない人が見たら、どこかの進学校の優等生に思うのだろう。
「月村先輩。今日は天気だそうです。いい月が見えますね」
「なんのことだい」
ははは。爽やかに二人は笑う。
次に黒上が入ってきた。彼も深めのフードは被っていない。挨拶をする口元から真っ白な歯がキラリと覗く。
続いて木乃伊、霊幻、不乱が来るが、品行方正そうな出で立ちであった。
普段は陰気な話題で盛り下がりながら“ぐふふ”“イヒヒ”と気色悪い笑いが耐えない部室であるが、今日は太陽のような眩しい笑顔、運動部特有のエネルギッシュに元気な雰囲気で盛り上がっていた。
「なあ、聞いてくれよ」
小麦色の肌に焼いた三途が武羅渡に話しかける。
「俺、宣言する。放課後、告白するんだ」
「マジで?」
語尾をやや上げる武羅渡。
「相手誰だよ」
側で聞いていた不死が問う。
「この娘……」
携帯を取り出し、写真を見せる。地味な印象ながらも美しい顔立ちをした女生徒だった。
「うお、やばいなコレ!」
「殺人鬼がやってきたら、真っ先にぶった斬られそうな顔してる!」
「いやいや、サスペンスで一番残虐な殺され方をされそう!」
「絶対に生き残れないな、この顔は!」
ぞろぞろと集って、感嘆の声を上げる。
「うん、俺もそう思った」
ほんのりと三途は頬を染める。そんな彼に、覆面をしていない魔界は捻くれた呟きをする。
「俺は最後まで生き残りそうな所でバッサリ殺られる娘の方が好みだな」
「魔界さんは贅沢すぎますよ〜」
ノリ良く逆手突っ込みをした。
「どんな告白すんだよ」
「ええと……君のためならお百度参りするよ!……は弱いかな……。君の赤血球の一つ一つを愛せる、とか」
「どっちにしてもやばい。俺が女だったら落ちてる」
「俺も好きな娘できたら、丑三つ時に欠かさず人形を五寸釘でぶっ叩いて呪い殺して、骨の髄まで保存するわ」
「はぁ〜、バラして人形にしたいくらいの恋がしてみたい……」
ほわわわん。内容はえげつないのに、彼らは純情そうにとろんと斜め上を見て恋に恋している。いくら姿を正しても、根本は全く変わっていない。
「皆さん、おはようございます」
全員揃った所で、監督の地木流がやって来た。
「おやおや君たち、どうしたんですか一体。今日はハロウィンですよ?」
部員を見回し、不思議そうに瞬きをする。
「地木流監督。今時ハロウィンとか流行らないっすよ!」
「仮装とか子供のする事だし」
地木流監督はわかっていない。時代遅れだと部員たちはカラカラ笑う。
「そんなもんなんでしょうかねえ」
地木流は肩を竦め、困ったような顔で微笑んだ。
彼は思う。思春期ともなれば子供っぽい行為はわざと避けたくなるだろう。けれども大人には背伸びが甘酸っぱく微笑ましく感じた。部員たちは無理をして己を捻じ曲げ、昔や周りとは異なる自分を演じようとする。その足掻きに、輝かしさを抱かずにはいられなかった。
「さあ、練習を始めましょう」
手を合わせ、グラウンドへ呼び寄せた。
部員は陰湿な技は使うまいと、キラキラした技をわざと使用を試みて転んでいる。
「怪我だけには気をつけてくださいね」
意味もなく救急箱をベンチに置いて、座って立ってを繰り返した。
「俺たち、そんなヘマしませんよ」
あははは。目隠しを取った幽谷が、いかにも形作った笑顔で走る。正直、逆に怖い。
挑戦に満ちた日も、一日は一日。時間はあっという間に過ぎる。
放課後。夕焼けに染まり烏がギャアギャアうるさく、黒猫がずらずら行進している尾刈斗中校舎裏で、三途は好意を持つ女生徒に一世一代の告白をしていた。
だが待ち合わせ場所に訪れた彼女もまた、ハロウィンだからと黒い髪を茶髪に染め、影を背負った伏せ目がちの瞳をパッチリ二重に決めている。
三途の断末魔を予感させる絶叫に、コウモリが羽を広げて空へと飛びだって行った。
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