数回のコールの後、電話が繋がる。
『はい』
「……鬼瓦だ」
『わかっているよ、おやっさん』
 電話の相手――土方が喉で笑う。



ある三月の日



『荷物の事だろ』
「ああ」
 鬼瓦はテーブルに置かれた小包に目をやった。
 家に帰ってくるなり、覚えのない郵便が届いていて驚いたが、送り主を確認すれば沖縄にいる土方から。開ける前に何事かと電話した次第である。
「なんだ、いきなり」
『まだ開けてないのかい。今日はホワイトデーじゃないか。今日に届くように贈っておいたんだ』
「ホワイトデー……ああ」
 言われて今日が何の日か理解した。
 バレンタインは仕事の付き合いで貰う機会があるのだが、ホワイトデーというのは習慣に慣れていない節があり疎いのだ。
『おやっさん、バレンタインに俺たちに菓子を贈ってくれたろ?そのお返しだよ』
「ああ……そんな事もあったな。別にバレンタインのつもりじゃなかった。たまたま二月だっただけだ」
『じゃ、俺からもたまたまって事にしてくれよ』
「そうする」
 くすくすと受話視越しで二人は笑う。
 時刻は鬼瓦が帰宅する夜だからか、いつも賑やかな土方の周りは静かだった。
「なあ雷電、お前ももう中学生か」
 懐かしむように鬼瓦は呟く。
 昔より、話し方がしっかりしているような気がして、時の流れを感じた。
「確か…………年生まれだったよな」
『ん?そうだけど』
「そうか……」
 溜め息混じりに淡い笑みを浮かべた。
『おやっさん?』
「いや、な……俺のダチの孫も、中学生だろうって。サッカーが大好きなダチだったさ」
『じゃあ、その孫もサッカーやってるのか?』
「わからん。やっているのか、やっていないのか……それが正しいのか、間違っているのか」
『なあ、おやっさん』
 土方は受話器を持ち替えて、鬼瓦を呼ぶ。
『たぶん。その孫はサッカーをやっていると思う』
「ん?」
『おやっさんの友達なんだろ。おやっさんの友達になるような人だ。その人の血が、好きなものを孫に伝えないような人には俺、思えないんだよ』
「言うようになったなぁ」
『俺、もう中学生だから』
「なら中学生はもう寝る時間だな。ぐっすり寝ておくんだ。朝早いんだろ」
『おやっさんはすぐそれだ。わかってるよ、おやすみ』
「おやすみ」
 ぷつ。電話が切れた。
 話が終わると、家が随分静かに感じる。
 鬼瓦は一軒家に一人暮らし。結婚はしたが妻には先立たれ、子供はいない。
 だからか、鬼瓦のダチ――円堂大介の孫は鬼瓦にとっても存在が近く、孫のように思える。大介の娘である温子は父の死に傷付き、サッカーを避けるようになり、孫に薦めるような真似はしそうにない。だがしかし、孫の顔は大介にそっくりだった。だから、サッカーをやっている可能性を抱いてしまう。
 鬼瓦自身、土方に言ったように孫がサッカーをする事を、正しいのか間違っているのか判別は出来ない。新たな悲しみを生む可能性もある。
 けれども、なぜだろう。恐らく孫と年の近い土方の言葉に、希望を感じた。若さの活力とでもいうのか、輝きが見えたのだ。
「まったく、年寄りは硬くていけねえ」
 首を傾けて音を鳴らし、鬼瓦は土方からのホワイトデーの包みを開いた。







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