青い空、白い雲、真上に輝く真夏の太陽。
一面の緑に一本の線を描いたような、長い長い道路。そこを一台のバスが走る。
乗っているのは風変わりな少年たちであった。
戦国伊賀島中サッカー部――忍術を使ったサッカー技を繰り出す忍軍団である。彼らは合宿を行いに宿舎へ向かっている最中であった。
沈黙の車内
「……………………………………」
チームのキャプテン・霧隠は頭を窓にもたれさせ、虚ろな瞳で外の景色を眺める。緑ばかりが続き、木の群れを抜けたと思えば建物一つ見当たらない、ある意味爽快なものに変わった。だがどちらにしても退屈なのは同じだ。そもそも、緑の多い伊賀島の部員にとってこれらの景色は散々見飽きていた。
「………………………………あふ」
霧隠の瞳がとろんと半眼になり、口を開けて声を殺した欠伸をする。
車内のほとんどの部員は霧隠と同じように退屈を持て余していた。言葉を交わす者もおらず、しんと静まり返っている。
だがしかし、大人しいのは暇だからではない――――。
「よっ、と」
座り直した霧隠が隣に座る百地に読唇術で語りかける。
「百地先輩は本当に今回の合宿、何も聞かされてないんですか」
百地は覆面から覗く微かな目の動きで返事をした。
「田舎の学校が田舎に合宿だなんて……しかもバス移動とは……」
「……………………………………」
「……………………………………」
霧隠と百地の喉がひくりと震え、生唾を飲み込む。
二人の脳裏に、ある漢字四文字が浮かんだのだ。冷房が効いているというのに、額に汗が浮かんで急激に冷えた。
そう。強化合宿、である。
今乗っているバスが、想像絶する修行でへとへとに疲れた部員を楽に運んでくれる“ねぎらい”にしか思えないのだ。これは勘でもなんでもなく、経験からである。
去年、一年の霧隠と二年の百地は果てしなき修行の先に現実逃避の象徴“妖精”を見たくらいだ。
強化合宿の可能性を懸念するのは彼らだけでは無い。ほぼ部員全員が予想していた。合宿をした事のない新入りの一年生も噂は散々耳にしており、身構えている。凄まじい戦場を前にバスではしゃぐ体力はもったいなく、よって車内が静かだという理由に至る。
「先輩……今年はどんな断崖絶壁のバンジージャンプでしょうか……」
「どれだけ激しい滝に流されるのか……」
「はは……っ……」
「………………ふふ……はは……」
恐怖のあまりに、鼻の抜けたような薄い笑い声を上げた霧隠と百地。
真後ろの席で初鳥と藤林の笑いも聞こえてくる。皆、同じ心境のようだ。
そんな妖しげな笑いを他所に、通路向かい側の風魔は涼しい瞳で読書をしている。ちなみに本は“災害対策マニュアル”という、やはり強化合宿のもしもの事態に事前勉強をしていた。
風魔の隣では猿飛が舟をこいでおり、起き上がらない頭が、手裏剣型の髪飾りが、今にも風魔の腕に刺さりそうに揺れている。未知なる合宿内容より、真横の危険を免れた方が良さそうであった。
「お…………?」
不意に目を閉じていた鉢屋が眼を開ける。瞬きを数回し、隣の城戸に話しかけた。
「そういえば、高坂どうした?」
高坂は熱を出しやすい体質で、こうした行事には真っ先に案じられる人物なのだ。
「高坂なら、もう微熱を出して具合悪いからって最後列に移ったんじゃなかったっけ?」
「そうだった、そうだった」
頷きながら、二人は座席に手をついて最後列を見やる。
高坂は膝に手をついて行儀良く座っていた。
「はぁ……はぁ…………」
荒く熱い息を吐き、焦点の定まらない瞳で顔だけを床に向けている。ダウン寸前だ。
けれども、彼の様子がどう考えても熱のせいには見えない。
なぜなら石川と児雷也という巨漢にサンドイッチされているのだから。さらにはその二人を加藤と柳生が挟んでいるという、まさに熱帯地獄が広がっていた。
「なんだあれ……」
「誰だよ、席決めたの……」
目を丸くさせて光景から目が離せない鉢屋と城戸。
「くじ引きじゃなかったっけ?」
「高坂……不幸な男よ……」
「助けるべきじゃね?」
「言った奴がするべきじゃね?」
互いに肘を突き合う。あの状態からして“救出”は“交代”と同義語だ。結局、決まらずに二人は大人しく姿勢を戻す。
「忍者とは」
「苦行の道なり」
高坂の無事を祈る――いや、見無かった事にした。
バスはまだ止まる気配を見せず、走り続ける。山の奥へ奥へと進んで行く。
最前列の席で正座をする監督にて校長の伊賀島。
老人の手にはマイクがしっかりと握られており、眠っているように瞑る瞼をときどきひくつかせていた。
彼は待っているのだ。部員が“カラオケをしよう!”と言い出してくれる時を。この日の為に密かに練習していた演歌を披露すべき機会を。
しかし部員はカラオケどころか雑談もまばらである。もう最近の若い子はカラオケをしないのかと寂しく思っていた。
せっかく今年の合宿は修行ではなく、のんびりとした“普通の合宿”を行うつもりだったのに、彼らは緊張を張り巡らせ隙を見せようとしない。考えていたよりも、中学生というものはずっと大人なのかもしれない。長年、教育の指導者として務めてきた伊賀島は県内一の長寿更新を経て考えを改めようとしていた。子供とは、なんと尊いものなのだろうか――――。マイクを握り締めたまま感動に浸っていた。
「……………………………………」
伊賀島のさらに前の席――――運転席では運転手の中年男性が、取り付けられた鏡で車内をなんとも言えない視線で様子を伺う。彼は毎年、伊賀島の合宿や遠征試合のバスを運転していた。
バスに乗る前、監督より今年の合宿についての話を聞いたのだが、どう見ても子供たちに今回の趣旨が伝わっていないように見える。伊賀島の校長は肉体も精神も鍛え抜かれている素晴らしい人物。彼があんなに大事な事を伝えていないはずはない。何度信じようとしたか。
自分がそれとなく言い出すべきか。運転手は悩んでいた。
自分が口に出すと伊賀島は、監督はおろか子供にまである衝撃が走ることだろう。
――――老人特有の物忘れ。すなわち“ボケ”だ。
運転手は“ツッコミ”の機会を延々と狙っていた。
[イナズマ田舎へ夏合宿企画] 様に参加させていただきました。
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