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鬼道&春奈
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円堂&風丸[ゲーム設定アニメ性格]
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二階堂×豪炎寺[ゲーム設定アニメ性格]
鬼道&春奈
元帝国学園の鬼道の帰り道は他の雷門メンバーとは違う。
校門の前で別れを告げ、一人別の道を歩む。
季節は三月を迎えていた。春の息吹は感じるが、まだ肌寒く暖かい防寒具を手放せない。
人通りの多い商店街に出ると、コンビニの窓越しからホワイトデー用の棚が見える。
もうそんな季節か。思いを過らせながら家へ帰った。
「ただいま帰りました」
屋敷の扉を開けて挨拶をする。義父には直接伝わらない、呟きのような言葉。けれども血の繋がらない二人が歩み寄る為には大事な行為であった。
自室に入り、鞄を置いてコートをかける。ソファに座って落ち着いた鬼道の視線は、机の上へ向いた。
そこには綺麗な小箱が置かれている。側には丁寧に畳まれた包み紙があった。
あれは先月のバレンタインデーに実の妹・音無春奈から貰ったチョコレートだ。
特別だよ、と告げる表情には茶目っ気がある。鬼道も出来る限りの感謝をこめて微笑んだ。
上手く表現できないが、本当に嬉しかった。まさかこんな日がやってくるなんて。
一緒の学校に通って、共に時間の流れを感じて、同じボールを目で追えて。ふと気配がした時に彼女の顔が見られる。何気ない全てのものから幸福を感じる。形は無く、目では見えないが、確かに感じるのだ。
バレンタインデーはそれらの日々の幸福を、感謝という形にして受け取ったようなものだった。
あれから一ヶ月が経とうとしている。
あのチョコレートは机に飾られていた。
美しいインテリアだった。
眺めると癒された。
ときどき箱を開けると甘い香りがして、これまた良い気持ちになれる。
そう、まだ食べていなかった。
もったいなくて食べられなかった。
包みさえも捨てられなかった。
あれからもう、一ヶ月近く経つのだ――――
「そろそろ食べるべきか」
一人呟き、決意をしてソファを立ち上がる。
机の前に立って箱を開ければ、何一つ手をつけていないチョコレートたちが食されるのを待ち構えていた。
手を伸ばそうとするが、鬼道の手がすれすれで止まる。
チョコレートは市販のものだった。それぞれが違う形、味で構成されたものだった。
一つ食べれば、同じものは無くなってしまう。これは痛手だ。
似たようなものを探すが、見つからない。
「俺は……どうしたら良いんだ……」
鬼道は頭を抱え、膝をつく。オーバーリアクションも一人ですれば突っ込みはいない。
「いや、それでも!」
起き上がり、復活する。一度決めたらやる男だった。
「一度に全て食べてしまえばいい」
箱を取り、ソファへ持ってきて試合の録画を眺めながら食べ始める。
口の中は甘ったるくなり、咳も出た。しかしそれでも諦めない。一度決めたらやる男だった。
鼻血が出そうになった。でも頑張った。その甲斐あって綺麗にチョコレートは腹の中へ納まった。
箱は机に戻し、何か別の物を入れる事に決める。
そうして鬼道は部屋を出た。水が欲しかったのだ。
ホワイトデー当日。音無のクラスでは、近い席の女生徒が彼女に囁いてきた。
「音無さん、ホワイトデー期待してる?」
「ええ?わかんないよ」
愛想笑いを浮かべながらも、正直に答える。
チョコレートはサッカー部へ他のマネージャーの先輩たちと配り、後は兄に渡しただけだ。お返しなど特に考えてはいない。貰えたら貰えたで嬉しいが。しかも今日は生憎の雨で部の練習は休み。渡した人たちとは会っていない。
休み時間になり、廊下へ出ると兄の鬼道が予想していたかのように柱に寄りかかっていた。
「お兄ちゃん、どうしたの」
「どうしたもこうも、今日はホワイトデーじゃないか」
柔らかい眼差しがゴーグル越しでも伝わる。
まさか兄がお返しをくれるなんて。音無の胸は喜びで溢れた。
「美味かったよ」
ふっ。口元が綻んだ。
それだけを言い残し、鬼道は二年教室のある本校舎へ戻って行く。
「……………………え?」
音無は立ち尽くし、首を傾げた。不可解すぎる。
まさかチョコレートの感想がお礼だと思っているのだろうか。
「なんなの……」
再会した兄は、よくわからない人になっていた。
円堂&風丸
昼休み。相談があると円堂に言われ、風丸は一階の購買横ロッカー前へ向かう。
カレンダーは三月を示し、まだ寒いこの季節。風丸はズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「よお、風丸」
「どうしたんだよ相談って」
肩を竦めて問う。
「もう三月だろう」
「ああ、そうだな」
「あれがあるじゃないか」
「はっきり言えよ」
ぴしゃりと放つ一言に、円堂は“そうだよな”と呟き、本題を口にした。
「その、ホワイトデーだよ」
「ホワイトデー……。去年、フットボールフロンティアで優勝したから沢山もらったのか?」
「確かに去年よりは多かったさ。でも問題は部内にあるんだ」
「部内……ねえ」
まだ円堂が何を言いたいのか見えてこない。
「マネージャーたちが俺たちに配ってくれたろ」
「そうだったな。美味かった」
「今までは木野一人だったけれど、三人になった」
「はは、そうだな」
風丸から笑みが零れた直後、円堂の声色が急激にトーンダウンする。
「相当、ホワイトデーに期待しているらしい」
笑みのまま硬直する風丸。薄く開かれた唇から搾り出すように音を発した。
「マジで……?」
一人ならまだしも、三人揃うと強敵だ。普段お世話になっている分、気にしてしまうだろう。
「キャプテンとして俺が代表するけど、そういうのした事無いし、もうどうしたら良いのかわかんねえよ」
「あー……っと、豪炎寺とかに相談してみるのはどうだ?あいつ、校内でトップクラスの収穫量らしいし」
「次元が違う」
なるほど、それで俺に相談か。風丸はやっと理解した。
「風丸はお返しとかした事あるか?」
「陸上の時、宮坂たちとまとめて女子に配ったくらいだよ。それも宮坂が提案してくれたからだし」
「そうか……」
円堂と風丸は二人同時に腕を組んで唸る。
ふと、風丸が何かを思いついたようで、顔を上げた。
「悩んでも仕方が無い。今日の帰り、商店街に行って探してみよう」
「そうだな。うだうだ考えても仕方が無いし。俺たちの性じゃないしな!」
「そうだぜ、円堂」
普段の円堂が戻り、風丸も不思議と元気が湧く。
こうして、二人は放課後の練習を終えると商店街へ足を運んだ。
手始めにコンビニへ入る。恐らく、ここが無難だろう。
ご親切にもレジ前にはホワイトデー専用の棚があった。可愛らしい女性向の商品が綺麗に並べられている。
「なんか照れるなぁ」
「だよなぁ」
前に立つだけで手を伸ばせない。気恥ずかしさを笑って誤魔化した。
「色んなのがあるんだな……」
「お、おい、円堂」
背を屈めて覗き込む円堂の肩を風丸が叩く。
「ん?なに?」
「こっち来い」
腕を引かれ、奥の食品棚の裏に連れて行かれた。
「一体どうしたんだよ」
「あれ」
指が示すのは自動ドア。栗松と宍戸の姿が見え、彼らが入ってくる。円堂も察し、身を潜めて様子を伺う。
別に後ろめたい事は何もしていないのだが、ホワイトデーのプレゼントを選んでいる最中を後輩に目撃されるのはどうも避けたい気分だ。
「あったでやんすよー」
栗松は先程まで円堂たちがいた、ホワイトデー商品棚へ歩み寄る。
「どれが良いかな。これにするか」
宍戸が手を伸ばし、続いて栗松も手に取った。
二人は流れる動作でレジに向かい、会計を済ませて店を出て行った。
「……俺、今すげえ敗北感」
「同じく」
円堂と風丸は互いの背を叩き合い、慰めあう。
ホワイトデー。男の哀愁が染みた。
二階堂×豪炎寺
二月十四日のバレンタインデー。豪炎寺は妹の夕香より、チョコレートを貰った。
夕香の瞳が開かれて、自分を見てくれる。話しかけてくれる。それだけでも嬉しいのに、チョコレートまで貰えるとは。
その日の夜、自室で二階堂の携帯電話にかけてその喜びを伝えた。
『良かったな豪炎寺』
「はい!」
豪炎寺の溢れる喜びが、小さな携帯の受話器越しでも十分感じる。二階堂もまた、嬉しい気持ちになった。
『そうだ。学校ではどうだったんだ』
「学校ですか」
雷門で転校したての頃から豪炎寺は騒がれ、それからも人気を集めてフットボールフロンティアを制したのだから、集中して物凄い量のチョコレートが向けられた。一人では運びきれなくて、鬼道が気を利かせて車で運んでもらったくらいだ。チョコレートで埋め尽くされた自室を見回すと、やや恐ろしささえ覚えて返答に詰まる。
『お前はモテそうだから、凄いんだろ』
「はは……」
笑って誤魔化した。
『俺は義理ばかりだよ。ああ、武方次男のクラスの先生が……』
「え」
不意に漏れた声は、裏返りそうだった。湧き起こる嫌な気持ちに、豪炎寺はすぐにでも話題を変えたくなる。
豪炎寺が女生徒にモテるのと、二階堂が女性に好意を抱かれるのは全く違う。大人の広い世界は不安になるし、結婚などもチラつくからだ。それを同じ感覚で話そうとする二階堂。前々から思ってはいたが、しっかりした印象とは裏腹に抜けた部分がある。
「その……二階堂監督だってモテるじゃないですか」
『そんな事もないさ』
「ええと……あの……ホワイトデーは夕香が、ぬいぐるみが欲しいと言っていたんで、今からプレゼントするのが楽しみです」
『はは、可愛いの選んでやれよ。俺はどうするかな……配り易いのが良いんだが……』
「飴なんてどうですか」
特に意味など無く、適当に答えた。
『ああ、それにしよう』
二階堂も適当だと思って賛同する。
その後、雑談をして電話を終えた。
三月に入った、とある日。放課後の練習を終えて部室で着替えていると、先に着替えを終えた半田が共に帰る仲間を待って雑誌を読み出した。
「もうすぐホワイトデーですか〜」
後ろを通った壁山が、丁度開いていた“ホワイトデー特集”を目にする。
「皆さん、ご存知ですか」
ボタンを留めて、目金がメガネのフレームを押し上げた。
「ホワイトデーのお返しには意味があってですね、クッキーがお友達でいましょう、マシュマロがごめんなさい、キャンディーが交際オーケーだそうですよ」
「あ、聞いたことある」
「知らなかった。意味なんてあったんだ」
ははは。ちょっとした雑学を手に入れて和やかに微笑み合う雷門サッカー部。だが――――
ゴトッ。豪炎寺が持った鞄が手から滑り落ち、足に直撃する。けれども彼は微動だにせず、固まっていた。
「豪炎寺……」
隣にいた影野が彼の目の前で手を振ってみせる。数回目にして、やっと気付く。
「はっ」
「大丈夫かい」
「え、あ、ああ」
かくかくと頷き、背を屈めて落とした鞄を拾った。彼の姿を見て、円堂が言う。
「豪炎寺はあれだけ貰ったんだ。クッキー配ったら校内中友達だらけじゃないか」
「マシュマロでいいんだよっ」
冗談を光速で返す。
「……ごめん」
「いやその……俺の方こそすまない」
額に手をあて、詫びる。薄っすらと冷や汗を掻いていた。
「どうした豪炎寺。顔色良くないぞ」
「今日は先に帰らせてもらう。またな」
「おお、またなー」
皆に手を振られ、豪炎寺は部室を後にする。
「豪炎寺どうしたんだろうな」
そっと風丸が円堂に囁く。ロッカーを閉じ、想像を述べる染岡。
「大方、しつこい女に付き纏われているとか」
「ありそうだなぁ!」
やたらと響く松野の明るい声。皆の注目を浴びる中、小さく“失敬”と謝った。
豪炎寺は自宅に帰った後、いつも二階堂に連絡をしている時間帯まで待って携帯を繋げる。
『おお、豪炎寺どうした』
「二階堂監督、ホワイトデーのお返しってもう買ってしまいましたか」
前置きなどしていられる余裕は無く、単刀直入に投げ掛けた。
『ああ……まだだったよ……』
お前のおかげで忘れずに済んだ。豪炎寺の気など知らない二階堂は、のんびりと笑う。
「お返しは、クッキーあたりが無難ですよ」
『クッキー、ねえ……』
二階堂の返事がどうも煮え切らない。豪炎寺の口調が念を押し出した。
「クッキーにしてください」
『学校か何かで噂でもあったのか』
図星だ。そもそも学生の世界の大半は学校なので、予想は容易い。
「と、に、か、く、飴は駄目です。絶対にいけません」
『それってひょっとして……お返しの意味、みたいなものか』
「知ってらっしゃったんですか」
豪炎寺は携帯を持ち直し、もっとよく聞こうとする。
『あんまりよく知らないけどな。気にする事もないだろうとは思うが。意外と嫉妬深いのな』
笑いを堪えて言う二階堂に、豪炎寺の頬が上気した。
「違います。誤解を招く行動は避けた方が賢明じゃないですか」
『わかった、わかった。そういう事にしておくよ』
ちっともわかっていない。顔の熱は温度を増すばかりだ。
『俺には豪炎寺がいるもんな』
先程の声とは異なる、低くもはっきりとした音が豪炎寺の耳に届く。
『クッキーにしておくよ。すまない、一旦切るよ』
「いえ……用件はそれだけ、ですから」
『そうか?じゃあまたな』
電話が切れた。豪炎寺は携帯を持ったまま、ベッドに突っ伏す。心音が奥から叩きつけるように忙しなく鳴り続けている。頭の中では二階堂の顔や声ばかりが、ぐるぐる再生を繰り返す。
今日は眠れない夜になりそうだった。
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