尾刈斗
鬼道兄妹
二階堂←豪炎寺
半田&染岡
吹雪×染岡
円堂×風丸
豪炎寺×二階堂







尾刈斗

 尾刈斗中サッカー部・部室。
 監督の地木流が部員を集め、手を叩いて注目させる。
「はい皆さん、聞いてください。もうすぐフットボールフロンティアが始まります。どのような相手だろうと気を引き締めていきましょう」
「はい!」
 可愛い部員たちは陰気な雰囲気を放ちつつも、しっかり返事をする。
「さて、対戦相手にはありったけの呪いをこめる我々ですが、この先呪いを仕掛けてくる学校もいるかもしれません。あわや瀕死の重傷を負うかもしれません。三途くん、もしそうなったらどうしますか」
 地木流が三途を名指し、彼は手を上げて発言した。
「はい!止めを刺してあげます!」
「うんうん……って、駄目でしょう」
「火葬か土葬かって事ですか」
「違う違う。では……八墓くん、君はどうですか」
 次に八墓を指す。
「烏葬がエコだと思います……」
「全く、君たちには“助けてあげよう”なんて気にはならないのですか」
 呆れる地木流に“え〜”と不満そうな声を上げる部員。
「今日は君たちにもしもの時の応急処置を教えます。ふむ……月村くん、君が怪我人の役を。鉈くんが治療する役でいきましょうか。まず君たちが自由にやってみなさい」
 月村と鉈が前に出て、見本となった。
 月村が怪我人として、怪我を追うシーンを演じる。
「うわ!足の骨が折れた!」
 床に座り、痛がる振りをして転がった。
「うぐう!内臓も破裂してしまった!俺はもう駄目だ……」
「おお可哀想な月村くん」
 鉈がしゃがみこみ、月村の身体を支えて声をかける。
「折れてしまったのはこっちの足だね。俺が切断してあげるから安心して」
「斬るのは首にしてくれ……いっそ一思いに……」
 息も絶え絶えに儚く吐くが、口の端は嬉しそうに上がっていた。
「なんて事だ。君を一人になんかさせないよ。俺も後を追うから」
「鉈くん!」
「月村くん!」
 鉈が月村の首を斬る演技をし、自分をも斬るポーズを取って倒れる。
 二人の瞳が地木流を見上げた。
「監督。こんな感じでしょうか」
 地木流は別人格への変化を漂わせながら、一言放つ。
「没」







鬼道兄妹

 鬼道有人と音無春奈がまだ幼い頃、二人の両親は事故で帰らぬ人となった。
 身寄りの無い兄妹は施設に預けられ、妹の春奈はいつも兄の有人に言ってくるのだ。
「おとうさんとおかあさんにあいたい」
 べそをかく春奈を慰めると、決まって言ってくる次の言葉が厄介であった。
「おにいちゃんもあいたいよね?」
 有人は困惑し、返答を誤魔化すのに苦労していた。
 会いたいに決まっている。だが会えないのだ。絶対にどうしても会えないのだ。
 恐らく春奈もわかって言っている。ただ兄の同意が欲しいのだろう。それで一人ではないと安心したいのだろう。
 けれどもそれは出来なかった。会いたいと口に出してしまえば、自分の中で必死に守り通そうとしている“壁”が壊れてしまいそうだった。そんな事になれば、春奈を守れない。兄でいてやれない。喪失が襲い掛かってきて、怖くてたまらなくなるのだ。


 そんなある日、ふと空から舞い降りるように“回答”が有人の頭に浮かぶ。
「おれはあいたくないよ」
 意外すぎる返答に、春奈は目を丸く見開いた。大きく口をぽっかり開けて問う。
「ええ、どうして!」
「はるなにだけおしえてやるよ。ないしょだぞ」
 手を引いて隅の方に連れて行って、口元に人差し指を添えた。
「おれ、とうさんのスーツをこっそりきてさ、すそをちょっとだけよごしちゃったんだ」
「ええええ、それはまずいよお」
「だろ?だからあいたくないんだ。きっとかあさんもいっしょにしかってくるから、たいへんなんだ」
 “回答”は“嘘”であった。嘘を吐いて、弱さから逃げたのだ。
 けれども当然、春奈にも嘘だとわかっていた。兄はとてもそんな真似はしないし、第一自ら謝るような性格をしている。だが、両親から嘘はいけないと教えられてきたのに、なぜだか責める気持ちにはならなかった。
「おもいだした!」
 春奈が急に声をあげ、有人が一歩下がる。
「わたし、おかあさんのくちべにおっちゃって、タンスのすみにかくしちゃったの」
「きっとおおめだまだな」
「んっと、わたしもあいたくない。おかあさんにもおとうさんにもあいたくない」
 二人同じだと兄妹はニッと白い歯を見せ合う。
 肩を揺らして笑う春奈の目から涙が零れた。有人は何も言わず、笑っている。
 互いの強がりを黙って見守っていた。


 時は流れ、兄妹は中学生になって再会を果たす。
「お兄ちゃん、ちょっと待って」
 春奈が有人を呼び止めた。
「どうした」
「マントの裾、汚れてるよ……。ねえ」
 唇が歪んだ。笑いを堪えるように彼女は言う。
「駄目だよ、中学生にもなって」
 あまりにも唐突な物言いだが、いつかの嘘を示しているのだと直感した。
「仕方の無い兄だろう」
 鬼道は薄く笑う。
 皮肉への自虐なのに、なぜだか胸は清々しい。







二階堂←豪炎寺

 雷門と木戸川の練習試合後の出来事であった。
 不意に目に入ったそれに、二階堂は反射的に手を伸ばす。
「豪炎寺」
 声が変に通ってしまい、周りにいた選手が数人振り返る。
「こんなものを」
 二階堂の指が豪炎寺の耳を摘むように、彼の耳に飾られていたピアスを掴んでいた。豪炎寺は一瞬、目を瞑り“痛っ”と声を上げる。
「すまん」
 詫びて手を離すものの、瞳は興味深そうにピアスを見据えていた。
 フットボールフロンティアの時には気付かなかった。初めて気付いた、豪炎寺の“お洒落”を――――
「いつから付けていた?」
「……木戸川にいた頃は付けていなかったです……」
 浮いたような声色。豪炎寺自身も二階堂に指摘されるまでは、付けた理由など忘れかけていた。
 耳に集中する二階堂の視線を感じる。無理も無い、それは当たり前だろう。
 沈黙して視線を浴びながら、豪炎寺は記憶を振り返った。


 確か去年、二階堂の家へ訪問した時だ。何の目的だったかまでは思い出せない。
 あまり整頓されていないマンションの一室の、その中ではマシらしい居間に通されて待たされた。しばらく待たされ、豪炎寺はソファに座って部屋を見回す。
 その時だった。棚と棚の間に、光るものを見つけたのだ。二階堂が来ないか警戒しながら、近付いて膝をついて手を伸ばして拾う。それはピアスであった。随分と埃にまみれて、長い間放って置かれたのだろう。
 簡単に埃を払えば、直感的に豪炎寺は悟る。恐らく女物だ。たぶん絶対そうだと勘が訴えるのだ。
 当時の自分の行動を、豪炎寺自身理解しがたい。あろうことか、二階堂には話さずポケットに突っ込んで持ち帰ってしまった。かといってどうする訳でもなく、自室の机の隅に隠してそれっきりにしてしまった。
 豪炎寺がピアスの存在に気付いたのは、木戸川をやめて稲妻町へ引っ越す際の荷造りの時。木戸川をやめて、町も引越し、サッカーもやめる。二階堂に出会う機会も無いかもしれない。もう一生ないかもしれない。そう考えたら、豪炎寺はピアスをつけようと思った。表に出しても、誰も知らないだろう。何か自身に変化を付けたかったのかもしれない。それからピアスを付けるようになった。


「監督、一体なんなんです?ジロジロと見て」
 自ら沈黙を破り、豪炎寺の瞳が二階堂を捉える。
「いや……別に……」
 視線をそらそうとするが、やはり気になるらしく二階堂はピアスから離れられない。
「少し、見覚えがあってな」
 一年前に見つけ、無くした月日はそれ以上経っているはずのものを“見覚えがある”と言う。盗った身なのに、豪炎寺は密かな怒りを覚えた。
「こんなデザインのピアス、どこにでもありますよ」
「ああ、そうだよな」
「では俺、皆の所に行ってきます」
 軽く一礼して、仲間の所へ小走りで駆けていく。
 口調はあからさまに不機嫌な態度を取ってしまった。
 歩調を歩きに戻し、そっと後ろの二階堂を見る。二階堂の態度は当然のものだ。無くしたものとそっくりのものを、耳の形がよくわかる髪型の人間がしていたら気になる。つい目で追ってしまうに違いない。思い入れがあればある程だ。
 知らない相手に勝手に腹が立つのもわかっていた。そうなる結果を見越して、あの時“付けよう”だなんて思ったのかもしれない。


 二階堂との接点を限りなく失った中で、見つけ出してくれる可能性を心の奥底で望んでいたのだろう。







半田&染岡

 休み時間。染岡が教室から出て廊下を歩いていると、窓を開けようとしている半田を見つけた。
「よお、染岡」
 半田が振り向き、笑いかける。染岡は歩み寄りながら問う。
「なにしているんだよ」
「ほら、今日はこんな天気だろう」
 窓越しに空を見上げる二人。雲に覆われて曇っていた。
「雨が降ったらイナビカリ修練場だろ。練習場所の分かれ目をさ」
 開けた隙間から腕を伸ばし、手を広げる。
「こうして確かめようって訳」
「なるほどな」
 腕を組み、納得して頷く染岡。
「あ」
「降ったか」
「ああ」
 半田は手を引っ込めて窓を閉じた。
「最近、よく降るなぁ」
「だよなあ。去年までは雨が嬉しかったのに」
「なんでだよ」
 半田の呟きに染岡は反応する。
「うん?」
 半田の瞳が染岡をかするように見て、窓側に背を付けて語った。
「去年はさ、降ってくれた方が練習をしない言い訳が一つ増えたみたいでラッキーって」
「くだらねえ」
 吐き捨てるように言う染岡に、半田は喉で笑う。
「お前もそうだろ」
「一緒にするな」
 放った後で、僅かに口がもごつくのを聞き逃さない。
「俺も、くだらないって思ってる」
「一緒じゃねえからな」
 しつこい染岡に笑みに苦味が混じる。
「はいはい。今年はよく降るな。まるで今年に降った方が罰になるってわかってて降らせているみたいだ」
「それには賛同だ」
 今度はあっさりと受け入れられ、思わず背中を滑らせて転んでしまいそうになった。
「なにやってんだよ」
 染岡が笑う。
 顔を見合わせる二人の顔は双方ニヤつく。それなりに長い付き合いのはずなのに、こそばゆく、新鮮な感じがした。







吹雪×染岡

 イナズマキャラバンがコンビニエンスストアの前で停車し、ぞろぞろと選手たちがおりてくる。ある者は買い物、ある者は外で身体を伸ばす、ある者は身内へ電話とそれぞれ自由に過した。
 吹雪はコンビニに入り、買い物をする。
「これと、あれと、それと」
 欲しい物を指で確認しながら籠へ放り込む。次はいつ買い物が出来るのかわからないので、必要な物は全て買い込むのだ。
「よいしょ」
 カウンターに籠を載せて会計をする。少々買いすぎたか、籠が重くて思わず声が出た。
 “有難うございました”と店員の決まり文句を背に店を後にする。出た先には自動ドア横で財前と壁山が雑談をしているのに気付く。
「ねえ」
 声をかけると二人は振り向いた。
「染岡くん、知らない?」
「知らないよー」
「知らないっす」
「そっか」
 おっとりとした笑みを浮かべて、二人に手を振ってキャラバンへ戻る。キャラバンの中にも染岡はいない。
 人の気配に、後ろの座席でアイマスクをして眠っていた土門が起きる。
「起こしちゃった?ごめんね」
「丁度起きて助かったよ」
 立ち上がり、財布を持ってキャラバンを出ようと吹雪の横を通った。
「染岡くん見なかった?」
「いや、知らないな」
「そうだよね」
 起きたばかりの土門が知るはずも無い。


 買った荷物をまとめて、自分の席でしばらく待っていると染岡が戻って来た。
「吹雪、俺を呼んでたって壁山から聞いたぞ」
「そうだよ。捜してたんだ」
 隣に座り“何の用だ?”と問う染岡。
「ええと……その……」
 俯き、斜め上を見上げ、染岡を見て吹雪は放つ。
「忘れた」
 がくっ。染岡が頭を垂れる。
「あ、思い出したよ」
 パッと顔を輝かせ、座席下から鞄を出してスナック菓子を取り出した。
「これ、買ったんだ。はい」
「は……?」
 受け取ったポーズで固まる染岡。頼んだ覚えなどない。
「これ、昨日マネージャーから僕たちにって貰って二人で食べたでしょ」
「ああ」
「染岡くん、美味しいって言ってたから買ってみたんだ」
「そうなのか」
 菓子を見下ろして口の端を上げ、薄く笑う。
「じゃあ、食べるか」
「うん」
 包装を二人で食べられるように大きく開けた。そうして二人一緒に手を伸ばして口に運ぶ。
「美味いな」
「うん、美味しいね」
 にこにこと吹雪は笑う。
「なんだ、お前の方が好きそうじゃないか」
「そうかなあ」
 本当に嬉しそうに吹雪は笑っている。戻って来た仲間たちが、二人の様子を見て次々と“一口頂戴”と言い出して、あっという間に菓子は無くなってしまった。
「美味しかったね」
「お前、ちょっとしか食べてないだろ」
 吹雪の言葉にすかさず染岡が突っ込んだ。
「でも美味しかったよ」
「ああ、そうかよ」
 マイペースな吹雪に調子を崩されるが、彼がそう言うなら仕方が無い。
 染岡は腕を組んで背もたれに寄りかかった。
 すると吹雪も真似をして腕を組んで背もたれに寄りかかる。
「染岡くんの真似〜」
「真似すんなよ」
「やだー」
 吹雪はまた笑う。本人にもどうしてそんなに笑いたいのかわからない。なぜだかどこかから、自然と湧き出てくるのだ。







円堂×風丸

 ふと、思い出した。


 とある日の練習後。制服に着替えた円堂は風丸を呼ぶ。
「風丸。この後、ちょっと良いか」
「ん?良いけど」
 仲間に別れを告げて部室を出ると、円堂は帰る方向とは正反対の校舎へ向かおうとする。
「忘れもんか」
「そんなとこ。良いか、笑うなよ」
 前もって釘を刺そうとする円堂に風丸は苦笑して“はいはい”と答えた。
 円堂の背を風丸が追うように、辿り着いたのは家庭科室。思いも寄らない場所に、風丸は瞳を瞬かせる。
「ここ?」
「そ。だから、笑うなよ」
 円堂は室内に入り、奥にある冷蔵庫を開けて何かを取り出し、調理台に置いた。
「え?なに?」
 風丸も歩み寄り、それを凝視する。トレイに薄っすらと何かが固まっていた。オレンジ色の、まるでシャーベットのよう。
「なんなんだよ、これ」
「…………………………ジュースだ」
「は?」
 風丸の目が点になった。言われて見れば、確かにジュースのようだ。だがしかし、なぜジュースなのだと風丸は問いたい。
「前、さ。木野からジュースのパック貰ったんだよ。他に飲み物あったし、余っちゃってさ。面白そうだから凍らせてみたんだ。ずーっと忘れていて、今日急に思い出して、今逃したらまた絶対忘れそうって」
「ふ……ふぅん……」
 なんとも感想が言い辛いが、円堂らしいので納得は出来た。
「風丸。一緒に食べてくれるか」
「ここで聞くなよ。イエスに決まってるだろ」
 ちらりと風丸を見て、はにかみながら問う円堂に、風丸は頷く。


 ジュースを凍らせた物体を割って二人は食べる。少々、味が薄い気もするが食べられないものではない。
「結構良いアイディアだと思ったんだけどな。アイスにはもっと甘いもん入っているのかな」
「そうかもな」
 不満は抱くものの、頬張るように二人は食べる。
「なあ円堂。どうして俺を呼んだんだよ」
「だって恥ずかしいだろ」
「誰もお前を笑う奴はいないと思うよ」
 喉で笑う風丸。チームに入っていればよくわかる。皆、キャプテンが大好きなのだ。
「でも」
 唇を尖らせ、口の中でもごもごさせながら円堂は呟く。
「こんな事は、風丸にしか言えない」







豪炎寺×二階堂

 早朝。木戸川清修サッカー部・部室。
 二階堂が鍵を開けに向かえば、既に豪炎寺が立っていた。
「おはよう豪炎寺。早いな、お前が一番乗りか」
「はい」
「今、開けるよ」
 鍵を開け、先に豪炎寺を通す。
 二階堂は身近な話題を彼に振る。
「なあ、昨日の夜は酷い雨が降ったろう」
「はい」
 先日の夜、大雨が降った。真夜中には止んだらしく、グラウンドもギリギリ使えそうだ。
「雷も鳴りましたね」
「そうだった、そうだった。先生、雷苦手だから吃驚したよ」
「え」
 ロッカーを開けようとした豪炎寺の手が止まり、振り向いて二階堂を見た。大の大人が意外すぎる。
「二階堂監督は雷苦手なんですか」
「そうだよ」
 豪炎寺はふと、昨日の夜を思い出す。
 妹の夕香は雷が鳴るたびに"やーやー"言っており、まるで幼子みたいだと笑いが込み上げて唇が歪む。
「なんだか、想像できないです」
「酷いな。先生にだって苦手なものはあるよ」
「俺の妹も苦手なんです、雷」
 雷を怖がる妹を豪炎寺は抱き寄せてなだめた。


 もし、雷が学校で鳴ったのなら、俺がなだめてあげます。
 喉奥まで出かけたところで、二階堂は言う。


「昔、雷でパソコンがクラッシュしてね。それ以来怖くって」
「………………………………」
「豪炎寺?」
「いえ、なんでもないです」
 背を向けてロッカーに向き直る。
 無性に恥ずかしい気持ちになった。







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