バーン&ガゼル
吹雪×染岡
円堂×風丸
二階堂×豪炎寺
地木流×二階堂







バーン&ガゼル



 吉良財閥の経営するお日様園は、親のいない子供たちを育てていた。
 とある日、先生が手を軽く叩いて子供の視線を注目させる。
「来週、みんなのお父さんが園にやってきます」
 ――――お父さん。
 名前を口にするだけで、子供たちがざわつく。
 彼らにとっての“お父さん”とは実父ではなく、園を作ってくれた吉良星二郎を指す。感謝と愛をこめて、子供たちはお父さんと呼んでいた。
「はい、静かに。来てくれるお父さんの為に、今日はお父さんの似顔絵を描きましょう!」
「はーい!」
 子供たちは元気良く返事をする。


 画用紙にクレヨン。子供たちは一生懸命星二郎の絵を描く。
 誰かに観てもらえる。褒めてもらえるかもしれない。孤児である彼らにとって、星二郎の存在は大きすぎた。
「うわ、うめぇ」
 南雲が隣の涼野の絵を覗き見る。
「そんなことないよ」
 恥ずかしがり、腕を置いて絵を隠す涼野だが、満更でもない。
「がかにでもなんのか?」
「かんがえてない」
 ふるふると首を横に振る涼野。
 だが、南雲に褒められて涼野は“もしかしたら、とうさんにほめられるかも”と期待が湧き出す。
 南雲は次に、基山の絵を盗み見た。みみずの這ったような、かろうじて人間だとわかる絵だ。
「ぷふーっ、ヒロトへったくそ!」
「う、うるさいなぁ」
 基山は赤面して画用紙の上に突っ伏す。
 そして訪れた、星二郎訪問の日。
 彼は穏やかな微笑みを浮かべながら、教室に展示された子供たちの絵を眺める。
「ほお」
 一際、星二郎の目を惹いたのは基山の絵だった。
 下手で、何度も消した跡が見られるが、描こうとする意思を強く感じたのだ。


「ぜったい、おまえのがうまいとおもったのにな」
 庭の遊具の上にいる涼野の背に向かって、下から南雲が言う。
「しょうがないよ。それに、がかなんてなるつもりもないし」
「へえ、なにになるんだ?」
「うんてんしゅ」
 意外な答えに南雲の目が丸くなる。
「とうさんのくるまをうんてんするんだ。とうさんをいろんなばしょへつれていくんだ」
「でも、となりにすわれないぜ」
「いいよ、それでも。ずっといっしょにいられるから」
 揺るがされず、きっぱりと放つ。
 ずっと――――。星二郎の運転手は初老の男性だった。
「おれもうんてんしゅがいいなー」
「だめ!」
 怒って振り返ってきた。







吹雪×染岡



 日本を揺るがせたエイリア騒動が落ち着いた、平和なとある日。
 北海道へ帰った吹雪が稲妻町に遊びに来た。
 迎えてくれたのは笑顔の雷門サッカー部。一番仲のいい染岡が代表して、吹雪を案内した。
「ここがコンビニ」
「うん」
「あそこも、コンビニ」
「うん」
「で、こっちにも……」
「染岡くん!コンビニは白恋にもあるから!」
 吹雪が突っ込む。
「よく俺が行くからな」
「ふふ」
 マイペースぶりに、吹雪はくすりと笑う。
「どこか行きたい場所あるか?」
「うん。響木監督がやってるっていうラーメン屋さん」
「雷雷軒か。こっちだ」
 染岡の後をついて商店街を進み、響木の経営する“雷雷軒”に入った。
「響木監督」
「染岡。今は店主だ。おお、お前は」
「吹雪です」
 ぺこりと吹雪は頭を下げる。
 カウンター席に並んで座った二人は、まず染岡がメニューを吹雪に見せた。
「なに頼む?」
「染岡くんがいつも頼むものを食べてみたい」
「俺か?大盛りラーメンスーパーマックスだ」
「え?えええ……す、凄いね……」
 ごくっ。生唾を呑み、神妙な顔をする吹雪。
「冗談だ。ラーメンと半ライスだよ。監督……いや、店長お願いします」
「じゃあ僕はラーメンと杏仁豆腐」
「あいよ」
 響木のサングラスがキラリと光った。


 注文が届くと、吹雪は素早く割り箸を取ってラーメンを食べ始める。
 染岡がラーメンとライスを半々に食べる間に、吹雪は既にデザートへと手を伸ばしていた。
「は、はええ……」
「だって麺が伸びちゃうでしょ」
「そりゃそうだけど……」
 顔を引きつらせる染岡の横で、吹雪が杏仁豆腐の程よい甘さと冷たさに舌鼓をする。
「ねえ染岡くん。杏仁豆腐を食べると、アツヤの事を思い出すよ」
「ん?」
「アツヤがさ、僕が取っておいたサクランボを奪ってさ。今でもずっと覚えてる。忘れられないよ」
「食べ物の恨みは……」
 染岡が言う間に、吹雪が染岡のナルトを摘んで口に放り込んだ。
「僕の事も忘れないでね」
「じゃあ俺もだっ」
 染岡も仕返しにサクランボを奪う。
「染岡くんあんまりだよおお!絶対忘れるもんかあああ!」
「俺のナルト食っておいてしゃあしゃあと……!俺だって根に持ってやるっ!」
「なにもサクランボ取ることないじゃん!」
「うるせえ!ナルト食った分際で!」
 言い争いをする二人の視線の間に、微弱な電流が走った。
 けれども、染岡が小さく噴出すと、吹雪もつられて笑い出す。
「店長!杏仁豆腐!」
「僕はラーメン!」
「二杯突入か。ま、頑張れよ」
「応援有り難う〜」
 追加注文で届いた杏仁豆腐とラーメン。二人はまず、サクランボとナルトを交換した。







円堂×風丸



 チリン。金属製のベルが鳴る。
 夕焼け空。道の横を流れる川の音。
 頬を触れる風が気持ちいい。


 稲妻町の河川敷を低速で走る一台の自転車。
 運転するのは円堂、後ろに乗るのは風丸。
 学校と放課後の練習を終えて、私服に着替えもせずに乗り込んだ自転車。
 住宅街を走り、商店街を走り、河川敷へ抜けた。
 交わす言葉はない。ただ風を感じていた。
 走り出す理由は特にない。
 風丸は円堂が“サッカーしようぜ”なんて挨拶するように“自転車で走ろうぜ”という誘いに乗ってしまった。


 過ぎ去る景色、すぐ傍にある背中の大きさ、背後に感じる人の重さ。
 それらが時の流れを示していた。


「円堂……」
 呟くように風丸は呼ぶ。
「俺たちはどこまで行くんだろう……」
 俯くように円堂の背に額をつけ、腰に腕を回す。
「俺は、こうしてお前の後ろについていくだけで精一杯なんだよ。いっぱいいっぱいなんだ。お前を見ようとするとほら、太陽が重なって目を瞑っちまう。いきなりごめんなぁ、こんな話」
「いいよ」
 背中から、円堂の笑いが伝わってくる。
「なんでもいいよ。なにかあったら俺に話してくれよ。俺も風丸に話すから。風丸が目を瞑っていたって、俺は見ているよ。風丸が目を開けてくれるまで、俺は待ってる」
 円堂が意味もなくベルを鳴らす。
「風丸が後ろにいるなら、こうして触っていてくれよ。俺はさ、こうして風丸の声を聞くとすげー安心できるんだ」
「俺の?」
「そうだぜ。風丸はさ、だいたい知らなすぎるんだよ。いつもの俺はさ、風丸がいてこそだって。俺こそごめんな」
「いいよ。それより、話がある」
「うん?」
「腹減った」
「俺も」
 笑う事で震える身体が、なぜだかおかしくて震え続けた。
「な、風丸。世界に行ったらどうする?もちろん、サッカーの試合でさ」
「どうする、じゃないだろ。お前はもう、そのつもりじゃないか。まず……」
「まず?」
「土産を買う」
「………………………大当たり」
 ふふ。重なる笑みが、やはりおかしい。微笑みが尽きない。







 君はよく家族のことを話してくれる。
 しかしここで“好きなんだろう”なんて口にしたら、素直に認める確率は五分五分だ。
 いつも聞いているよ、君の家族のことを。忘れていない、覚えているよ。
 お父さんがいて、妹さんがいて、家政婦さんの名前はフクさんだったか。
 お母さんは中学に入る前に亡くなってしまった事は、だいたい予想できている。
 話したい時だけでいい。もっと君の事を、私に、先生に、教えて欲しい。



二階堂×豪炎寺



 携帯のバイブが鳴り、二階堂は手に取る。
「すまん、ちょっと席を外すよ」
 断りを入れて、比較的人気の少ない場所に出て、電話に出た。
「はい。豪炎寺か」
『はい、俺です』
 落ち着いた声の中に、秘められた喜びを感じた。
「試合、見ていたよ。部室でな、女川のワンセグで」
 二階堂が寄りかかれば、部室裏特有の、ひやりとした壁の感触がする。
 先ほどまで、二階堂は教え子たちと木戸川の部室で日本対韓国の試合を見守っていた。イナズマジャパンの勝利を、しっかりと目に焼き付けている。
『監督の携帯、ワンセグなかったんでしたっけ』
「さあな。ややこしい機能はわからないんだ」
『そうですか』
 くすりと、スピーカー越しから喉で笑う音。豪炎寺は笑っているようだ。
「おめでとう、世界だな。しばらく、会えなくなるな。合宿中もそう会えていないが。今までが、会いすぎたか」
『そうですね。メールや電話ばかりでは』
「そうだ。最近、元気がないようだったけれど、どうやら大丈夫そうだな」
『え…………?』
 吐息のような音を漏らし、言葉を失いかける豪炎寺。
「俺も短い間とはいえ、元監督だ。豪炎寺の様子くらいわかるよ。だが、俺が口出しできる立場じゃない。豪炎寺、お前の事を見守っていたよ」
『……はい。……父が…………』
「うん?」
『いいえ、なんでもないです』
「豪炎寺、お前は覚えているか?お父さんが苦手だって言っていたよな」
『……………………………』
「本当は大好きなくせに」
 ごそっ。なにかの音がした。おそらく、携帯を持ち替えたのだろう。
『ち、違いますっ。俺は二階堂監督を愛してますっ』
「そういう意味じゃないだろっ」
『父は好きです。でも』
「でもじゃない。落ち着け、豪炎寺。先生は心配になるぞ。ほら、深呼吸でもして」
 すーはー。律儀に呼吸の音が聞こえた。
『二階堂監督。俺、世界に行ってきます。監督が、行ってきたように』
「はは、切符だけじゃまだまだだろ。それは置いておいて、油断はするなよ。行っておいで、豪炎寺」
『……………………………』
「……………………………」
『……………………………』
 豪炎寺から、なにかを待っているようなオーラが伝わってくる。
「豪炎寺?」
『監督も、言ってください』
「え?」
『そしたら、頑張れます……』
 弱音と見せかけて、これは甘えだと二階堂は察した。
 ふー。二階堂は息を吐き、携帯を空いた手で隠すように潜めさせて“愛しているよ”と告げる。
「これでいいか?」
『はい!明日、監督の家に行きますね。では』
 ぷつっ。電話がきれた。
「…………………………?」
 二階堂は携帯をしまいながら、電話の内容を思い返す。
 豪炎寺の中でなにか新たな道が開けたのだろう。しばらく会わないうちに、より正直に大胆に彼は変化した。それは二階堂との関係にもより直結的に関係してくる。
「油断できんな」
 胸の奥の、本能と理性がざわついた。嬉しくも危ないスリルがくすぐってくるのだ。







地木流×二階堂



「おはようございます!」
 挨拶を告げて、地木流は部室の扉を開ける。
 だが直後、本能的な勘が働いて上半身を大きく逸らした。
「おはようございますううううう!!」
 鉈がナタを横に振ってきて、見事に空振りして尻餅をつく。
「穏やかではない朝ですねえ。どうしましたか」
「はい!そろそろ梅雨の時期なので、雨を寄せ付けない生贄を用意しようと思いました」
 身を起こし、地木流の問いにはきはきと答えた。
「ふむ。そういうのは降ってからやりましょうね」
 鉈をなだめてから部室を見回せば、人形が机に地木流に似た縫いぐるみを待ち針で打ち付けて、脳天に杭を打ち込んでいる最中だった。
「人形くーん?なにをしているんですかあ?」
「今日の占いで“尊敬する人と心中すると成績が上がるでしょう”って書いてあったので監督を呪い殺す事にしたんです」
「尾刈斗の地方紙ですね……。嘘だらけなんですから真に受けないように」
 地木流は待ち針を引き抜いて、自分似のぬいぐるみをよしよしと抱き締めてから人形に返す。
「地木流監督〜」
 魔界がとたとたと地木流の元へ駆け寄ってきて、彼がいつも被っている覆面を差し出してくる。
「ペアルックが運気上昇って聞いたので、被ってください」
「はいはい。それくらいなら、お安い御用ですよ」
 覆面を受け取って被り、隠れてしまった口元を綻ばせた。


「……なんて。可愛い子たちなんですよ」
 ふふふ。地木流は頬杖を突き、上機嫌で隣の男――二階堂に微笑みかける。
 ここは稲妻町はずれのバー。野暮用で町に来た二階堂を、地木流は飲みに誘ったのだ。カウンター席で並ぶように座り、彼の口から出るのはほぼ生徒の話で内容は尾刈斗ならではの異質さが漂うが、それさえなければ生徒思いの教師であった。
「地木流監督は生徒たちに好かれているんですね」
「二階堂監督だってそうでしょう?貴方の話も聞いてみたいです」
「ええ?いやぁ……」
 言葉を濁す二階堂。地木流に自分の事を打ち明けるのは、やや恐怖を抱く。
「その……そうだ。尾刈斗の子達は信心深いんですね」
「そうですね、尾刈斗ですから。かくいう私も信じますよ、占いとか」
 伏せがちに酒を見下ろしていた地木流の瞳が二階堂へ流れ、顎を肩に乗せてくる。
「地木流監督。こういうのまずいですよ」
 窘める二階堂だが、地木流は喉で笑って無視をした。
「気になる人と食事すると、いい事あるんですって」
「私といても、いい事なんてなにもありませんよ?」
「それは、私が決めますよ」
 カウンターに置かれた二階堂の手の指の上に、地木流の指が一本置かれる。
 びくん。触れられた手よりも肩が上下して、地木流は声を上げて笑った。







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