自由への一歩



 革命の風に乗った雷門には最近頻繁に新入部員が入り、幅は他校にまで広がっていた。
 今日も雷門中サッカー棟サロンで、部員たちは新入部員を連れてくるキャプテンと顧問を待つ。
「どんな人が来るのかなー」
「楽しみだねー」
 松風と西園はにこにこしながら顔を見合わせる。
「なぁ、誰か聞いてないのか」
「さあ。神童も聞いてないんだって」
 皆の顔を見回す倉間に霧野が肩を上げた。新入部員を予想する声にざわつきだす頃、キャプテンの神童と顧問の音無が入って来る。
「さあさ、皆静かにして。新入部員を連れてきたわよ」
「入って来てくれ」
 音無が静めてから神童が新入部員を招き入れた。
 扉から頭が出てくるなり見知った顔に部員たちは驚き、逸早く名前を呼んだのは天城であった。


「真帆路!」


 新入部員は天城を見やり、目を細めて薄く笑う。
 音無と神童の横に立ち、部員たちを前にして自己紹介を行った。
「幻影学園より来ました、真帆路正です。ポジションはMF、学年は三年です。宜しく……」
 頭を下げると、部員たちも"宜しくお願いします"と声を揃えて頭を下げる。
 親友の加入に天城はすぐにでも真帆路と話がしたくて一歩前に出ようとしたが、神童が手を前に出して"もう一つ知らせる事があります"と止めた。
「新入部員ではないんだが、雷門の強化にトーナメントルートを担当してくれる方を紹介したい。入ってきてください」
 次に入って来た人物に部員はさらに驚く。清楚な雰囲気を醸し出す女子生徒であった。
「幻影学園の香坂幸恵といいます。皆さんに挑戦していただくトーナメントの担当を務める事になりました。宜しくお願いします」
 頭を下げる香坂。"女の子だ〜"という浜野の嬉しそうな呟きが妙に通ってしまい、笑いが起きる。
 紹介が終わると、天城は真帆路と香坂の前にやって来た。
「真帆路も香坂も二人揃って驚いたド」
「すまないな、天城。お前を驚かそうと思って黙っていたんだ」
「これから宜しくね。二人が一緒にサッカーするところをまた間近で見られるなんて嬉しい」
 "一緒"という香坂の言葉に天城と真帆路はハッとして彼女を見る。
「そういえばそうだ……」
「そうだド!一緒なんだド!」
「やだ真帆路くん、わかってて来たんじゃなかったの?」
 口元を押さえて目を白黒させる香坂。
「いや……雷門に天城がいて、それだけしか考えてなかった。そうだな……対戦もいいが、一緒にするのもまたいいな」
「夢中になったら他が見えないところ、真帆路らしいド」
 真帆路を受け入れるように天城が肩を軽く叩く。すると、真帆路はまた薄く微笑んだ。
 雷門中と幻影学園の一戦から、こうやって真帆路は少しずつ笑顔を取り戻していっている。香坂にはその様子を眺めるだけでとても幸せで優しい気持ちになれた。
 そんな三人の元へ、三国と車田、月山国光から再入部した南沢がやって来る。
「天城。俺たちにも二人を改めて紹介してくれないか」
「任せろド。真帆路と香坂、二人ともオレの親友だド!そして、三国、車田、南沢……三人とも三年でオレの仲間だド!」
「そうか。オレたち皆三年生なんだな。同じ学年同士という言い方はなんだが、一緒に頑張ろう」
 三国が手を差し出し、真帆路が握った。


 挨拶を終えて練習が始まる。
 管理サッカーから抜け出した自由なサッカーは、練習さえも何ものにも捉われない。己の個性を生かし、限界まで頑張る――それは過酷ではあるが、気持ちの良い汗を掻ける。
 練習時間が終わる前に真帆路はぐったりしてベンチで休む。天城がドリンクを持ってやって来てくれた。
「真帆路、凄い汗掻いてるド。これでも飲んで水分補給」
「有難う……。今までもサッカーに打ち込んできたはずなのに、とても新鮮で……清々しい気持ちなんだ。まるでそう……レベル1に戻った頃のようだ……」
 真帆路が天城を見上げ、口元を綻ばせた。真帆路の笑顔を何度も見られて天城は嬉しくてたまらなくなる。笑顔は人を幸せにさせるとは、よく言ったものだ。
 "真帆路"そう天城が呼ぼうとするより早く、ベンチの横から真帆路に同意する者が現れた。南沢である。
「なんとなくわかるな……その気持ち。俺も雷門中に三年通ったが、今になって新しい体験をしている感じだよ」
「み、南沢……お前、随分と素直になったド」
「俺はいつだって素直さ。自分に正直なんでね」
 目を細める南沢。その表情は微笑んでいるようにも映った。
 クールな南沢がこうして面と向かって微笑んでくる事は珍しい。天城は真帆路に言いたかった事をうっかり忘れるが、すぐに思い出す。
「そうだド。真帆路、練習が終わったら香坂も連れて学校を案内するド」
 "案内"の誘いに真帆路より早く、またもや南沢が反応する。
「学校案内か。天城、俺が転校してから何か面白いものでも建ったか?」
「なんにも」
「そうか……。雷門は建築技術が早くて有名だが、なんともないのか。それより天城、案内はどう回るつもりだ?」
「まず本校舎を」
「効率が悪い」
 天城の提案をぴしゃりと一蹴する南沢。
「俺が上手く校内を回れるように案内してやる」
「南沢優しいド……月山国光で何か悟りでも開いたド?」
「さっきから失礼な奴だな。俺は」
 南沢が言いかけたところで三国が歩み寄り、彼の真意を見事に当てた。
「まぁいいじゃないか。たぶん南沢は新入部員の校内案内が口実じゃないと、校舎に入り辛いんだろう」
「デリカシーがないぞ」
 ジト目になる南沢。けれども雰囲気は険悪になる事もなく、和やかな空気に包まれていた。


 学校案内は南沢を先頭に、天城、真帆路、香坂が後をついていく。
 天城の案内を効率が悪いと言えるだけに、南沢の案内は同じルートを通らずに校内全体を回れるルートであった。
 真帆路と香坂は案内をされるまま、施設に関心をしている。
 かつて彼らと天城は小学生時代に雷門へ入ろうと約束をした仲。関係を取り戻した今、二人には雷門への憧れも再び咲き誇ろうとしていた。
「雷門はいいわね……綺麗で、広いし、生徒が楽しそう。制服も可愛い」
 目移りする香坂の呟きに、天城と真帆路は複雑な気持ちになる。しかし、彼女は続けた。
「けど私、幻影も好きよ。この制服だって、もう私の一部だもの」
「一部……」
 香坂の言った言葉を呟く南沢。今の自分の雷門を見る目は、彼女や真帆路と変わらなくなっているかもしれない。月山国光には転校したが日はまだ浅く、制服やユニフォームを一部と呼べるほどの月日は経っていない。今の現状を思い、後悔をしていないと聞かれれば、全くないとは言えない。だがしかし、後悔はいくらでも気持ちの持ちようで変えていける。いつか自分にも月山国光が"一部"と呼べる日がやって来る。そう信じたかった。
 一通り校内を回れば天城が疲れたと言い出し、何年通っているんだと真帆路と南沢が思わず突っ込んだ。すると香坂が笑い出して天城も笑い出す。南沢と真帆路は顔を見合わせ、互いにぎこちない笑みを浮かべた。
「はぁ……笑ったらお腹空いちゃった」
 腹に手を当てて香坂がまたくすくすと笑う。高坂にも以前の明るさが戻ろうとしていた。
「ねえ天城くん。なにかオススメのもの、稲妻町にない?」
「あるド!商店街にうまいラーメン屋が!」
「おい!」
 大人しめの香坂には合わないメニューに南沢は逆手突っ込みをする。けれども香坂は上機嫌で受け入れた。
「いいね、ラーメン!」
「だド!だド!」
 香坂の同意に天城は喜び、彼の言うラーメン屋に行く事に決まる。
 真帆路は当然付き合い、南沢もここで抜けられる雰囲気ではない。四人で校門を潜って商店街へ行けば、丁度寄り道をしていた倉間、浜野、速水に出会い、彼らも共に付き合う。
 天城が紹介したかったラーメン屋"雷雷軒"に入れば、既に車田と三国、一乃と青山がいた。
「雷門貸切みたいだな」
「ですねえ」
 車田の呟きに速水が頷く。
 天城、真帆路、香坂、南沢の順でカウンターに座り、二年生の三人はテーブル席に座った。
 鳥の羽根のような髪型をした店主に食券を渡して注文し、待っている間に扉の向こうで揉める声がする。何事かと一同は耳を澄ませた。


「だから入らないと行っているだろうっ」
「落ち着いてください先輩」
「たまにはいいじゃないか」
「そうですよー」


 苛立つ堅苦しそうな少年の声と、どこかのんびりとした少年たちの声。
 しんと静まる店内で、浜野は一人立ち上がって扉を開ける。
「神童、天馬たちも入っちゃいなよ」
 内側から開けられてハッと仲間たちを見る神童。天馬、霧野、西園がパッと顔を輝かせた。
 神童たちが店の中に入れば、仲間だらけで思わず辺りをじっくり見回す。
「以前から比べれば部員は減ったが、こうして見ると圧巻だな……」
「この後から剣城たちも呼んでいるんだけど、席あるかな……」
「だいじょぶっしょ」
 浜野が呑気に空いた席を勧めた。
 賑やかな雰囲気に真帆路が天城に問う。
「いつもこうして集まるのか」
「たまたまだド。けど……最近はこうして雷雷軒で部活後も集まる機会が増えたド」
「そうなのか」
「幻影学園はどうだったんだド」
「…………………………」
 真帆路はコップに水を注ぎ、肘を突いて俯きながら啜った。
「管理サッカーの管理は、サッカーだけではなく生活までに行き渡るようだった……。練習が終わっても緊張感が抜けなくてな、そんな気分にはならなかったな」
 ラーメンが出来上がり、香坂は器で手を温めながら言う。
「それ、サッカー部以外でも感じてたよ。練習を見ていた時もだけど、ここに来てもっと思う。サッカーってこういうものだったって。だっていっぱい走ったらお腹が空くって、当たり前じゃない」
「ま、勉強しながらの夜食とは違う味だろう」
 南沢が箸を割り"いただきます"と呟いた。
「南沢、今勉強の話を言うのは反則だド」
「俺たちはサッカー選手である前に中学生という学生でもある」
 真帆路の冷静な意見に天城が"真帆路まで"と嘆く。
「なんだか、真帆路くんと南沢くんは似てるかも。冷静だけど、行動が合っていないとこ」
 香坂は口調とは裏腹に食べるのが早い南沢と真帆路のラーメンを見た。腹が非常に減っていたらしい。
「二人とも早すぎだド。俺も食べるド」
 二人に続いてラーメンを食べだす天城。
「ラーメンは逃げない」
「だな」
 既に麺の七割を食べて、優雅に汁を飲む二人。


 天城が二杯目の注文をしたところで、また真帆路が天城に話しかけてきた。
「小学生の頃もサッカーしたら、こうして三人で食べていたよな」
「懐かしいド」
「だが、昔には戻れない。俺と香坂は幻影学園を選び、天城は雷門を選んだ。もう中学三年生だ。俺たちを結んだサッカーも腐敗していた……」
 真帆路は軽く息を吐き、天城を見上げて微笑む。彼が笑う度に、ぎこちなさは消えて自然なものへと変わっていく。
「けれど、お前たち雷門は革命を初めて、俺たちはまた同じチームとして戦う事が出来る。戻らなくても……変われるんだな……。驚いているし、嬉しいと思っている。伝わるか……この気持ち。どんな顔をすればいいのか、わからないが」
「その顔でいいと思うド!」
「そうか……有難う」
 天城がニッと微笑めば、真帆路ももっと上手く笑おうと頬の筋肉を解そうとした。
 へいお待ち、と店主が二杯目を用意してくれる。
 楽しくサッカーが出来て親友が隣で笑っていてくれる――――この上もなくラーメンが美味そうに見えた。








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