寄り道
それは、放課後の練習が終わった時であった。
「あーっ、くそ。どうしてこんな目に」
二年生FW・倉間典人は己の運のなさに、やれやれと頭を振るう。
彼の後ろには一年生である松風天馬と西園信助がついていた。帰ろうとした所をキャプテンの神童につかまり、途中まで一緒に帰ってやって欲しいと頼まれたのだ。
――――なにかあったら大変だしな。
心配そうに目を細める神童の顔が倉間の脳裏に焼き付いている。
サッカーを管理するフィフスセクターに反逆をしてしまった雷門サッカー部。監視者であるシードまで来て、試合外にも内部干渉が起こりうる危険性がある。神童はもしもの事態に避ける術を知らない一年生の身を案じていた。
――――なにかあっても、こいつは自業自得じゃね?
横目で松風を見やる倉間。そもそもの反逆の発端の原因は彼にあった。
だがしかし、もはや松風一人に責任を追及しても仕方がない。
「はぁ」
倉間は溜息を吐いてから、息を吸って松風と西園に放つ。
「お前らっ、だらだらくっちゃべって歩くな。ほら、さっさと行く!」
「はぁーいっ!」
叱ったつもりだったのだが、一年生二人はけろっとして大きな口で元気に返事をする。
帰路を、倉間を先頭に松風と西園と三人で歩く。
商店街に入れば、不意に倉間は足を止めた。
「……………………………………」
ファーストフードの看板にメニュー。倉間の腹が空腹を訴えている。
「寄ろうかなぁ」
そんな呟きに松風と西園が大げさに反応した。
「えー、倉間先輩!寄り道ですか!」
「さすが先輩は違いますね!」
うっぜぇ。倉間のこめかみに青筋が浮かぶ。
けれど、ある違和感に引っ込む。
「ん?お前たちは寄り道した事ないのか?」
松風と西園は顔を見合わせ、首を横に振るう。
「品行方正な……。ま、入学したての一年なんてそんなもんかな」
倉間は腕を組み、にやりと口の端を上げた。
「よし、お前たちも来いよ。先輩として寄り道の楽しさを教えてやる」
「はぁーいっ!」
目をきらきらと輝かせて反応してくれる二人。倉間は少しだけ可愛いと思ってしまったが、ぶるぶると頭を振るってファーストフードに入った。
窓際の四人席に決めて、倉間はセットを頼んでトレイを置く。
一方、向かい側に座る松風と西園は飲み物だけを頼んでいた。
「食わないのか」
「秋姉のご飯がありますし」
「僕もお母さんのご飯がありますから」
「ふぅん。身体を動かせば両方入るもんだけどな」
相槌を打ち、ポテトを摘まむ倉間。
「倉間先輩って意外に大食いなんですね」
「意外は余計だっつの」
ジト目になるが、飲み物だけでも一年生たちには寄り道初体験が楽しいらしく、にこにこと美味しそうに飲んでいる。また、可愛いと思ってしまった。
「……………………………………」
ふん、と鼻で息を吐き、トレイを前に出してポテトを差し出す。
「俺だけ食べてもなんだし、少しだけ摘まめよ」
「いいんですか?」
「倉間先輩って意外に優しいんですね!」
「だから意外は余計だ」
倉間が突っ込むと、松風と西園はからからと笑う。倉間も薄く微笑んで見せた。
明るい気分で店を出て、商店街を抜けた住宅街で倉間と西園は松風と別れる。
「俺、こっちだから。じゃあな」
「またね天馬!」
手を振る二人に松風も腕を振った。
「さようならー!」
二人の背が遠くなっていくと、木枯らし荘へ帰って庭を掃除していた木野に出会う。
「秋姉ただいま」
「お帰り天馬。今日は随分とご機嫌なのね」
「うん。ちょっとね、大人の体験をしたんだぁ」
「あら凄い。もうご飯出来ているから中に入りましょう」
木野と共に荘に入り、二人で夕食を食べた。
皿には彼女特製のフライドポテトがある。思わず、さっき食べたと言いそうになる天馬。
「どうしたの天馬?」
「ううんなんでもない。秋姉のポテトも美味しいね」
「も?」
――――どこかでなにかを食べたのかしら。
木野の予想はだいたい近い。目をぱちくりさせながら天馬を見やり、ポテトを食べる。
木野特製のフライドポテトは、ファーストフードのものよりもカラッとしていて大きくて美味しい。けれどもファーストフードのもそれはそれで美味しかった。たぶん倉間や西園がいたから、より美味しく感じたのだろう。
「また食べたいなぁ」
思わず口に出てしまった一言。
「まだいっぱいあるわよ?」
にっこりとほほ笑み、松風へ皿を動かしてやる木野。
心なしか、悪戯めいて聞こえた。
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