ボクが見た悪夢。
キミにも見せてあげる。
悪夢を分けてあげる
「ん、うん?」
天馬は薄っすらと眼を開く。
部屋で眠ったはずなのに、目覚めた場所は部屋が部屋でも何かが違う。
かかっていた羽毛布団は草を編んだもので、木造の壁は石を積んだものだった。
「ここ、は…………?」
上半身を起こし、辺りを見回す。
よく考えて何がどうなったのか思い出そうとするが、普通に部活をして木枯らし荘に帰って自室で寝て、特におかしな事をした覚えが全くない。
天馬が床に足を下ろそうとすると、草の簾がかけられた仕切り替わりのものから突然入ってくる者がいた。
「天馬!!」
「!」
視線が合う人物に天馬は目を丸くさせる。雷門の先輩である倉間であった。
「倉間、先輩?」
青い目を瞬かせる天馬。頭の中に滲むように記憶が入り込んでくる。
――――オレにとって倉間先輩は大事で大好きな先輩。倉間先輩も、オレを好いてくれている。そしてオレたちはこの家で一緒に暮らしているんだ。
けれども倉間の表情は血相が変わっており、随分と狼狽しているように映った。
「おい、天馬」
倉間は大股で歩み寄って来て、天馬の腕を掴む。引き寄せて真剣な眼差しで天馬を見つめた。
「天馬、支度をしろ」
「支度?」
「早く、ここから出るぞ」
「出る、って?」
突然の言葉に天馬は困惑するが、またもや記憶が流れてくる。
――――今日はオレたちの島にとって大事な試合を行う日だったはず。
大事な試合とは、干ばつで苦しむ島の住民が神に捧げる娘を決めるものだった。チームを分けて負けた方の娘が差し出される。だがしかし、倉間たちのチームには女がおらず、最年少の天馬が代わりを担う事になっていた。
「倉間先輩……試合はどうしたんですか」
「失敗したんだ」
「失敗って、試合は昼からのはずですよね」
「いいから!」
倉間は腕を掴んだまま、棚の下にある布の包みを抱える。中身は食料が入っていたはずだ。
「天馬、行こう。島なんて出た事はないが、なんとかなる。お前はいつも……そう言ってくれただろ?」
「わかり……ました」
天馬は頷き、倉間の手を一度離させてから握った。
倉間が何をしたのかは何となくしかわからない。たぶんいけない事をしたんだろうと思う。
天馬は反論せず、受け入れる事を選んだ。神に捧げる候補に天馬が決まった事で、天馬は倉間の全てを信じる事に決めたのだから。倉間を命ある限り信じぬく。神の前に倉間に命を預けたのだ。
二人は家を出て、走り出した。
倉間曰く、森の奥に舟を用意したのだと言う。
森を目指して全力で駆けた。
「はっ…………は……っ………は」
「はぁ…………はぁ…………」
息を乱しても足を懸命に前へ前へと動かした。
島の風は冷たく、流す汗を冷やして身体の奥までも冷やそうとした。
「は――――――っ………………は――…………っ、あ!」
石に躓き、均衡を崩す天馬を倉間は引っ張って起こし上げてくれる。
倉間と天馬の手は握られたまま。何があっても離さないと硬く硬く握っていた。
しかし、森の中へ入って海が近付くにつれ、嫌な気配に頭の横がぞわぞわとしてくる。見張られている、狙われている、そんな危機を本能が知らせてくる。
予感は当たっていた。森を抜けたすぐそこで島の住民が怒りに目を吊り上げて待ち構えていたのだ。
道を変えようとするが手遅れであり、回り込まれて囲まれた。
「くそっ」
足を止め、住民を睨む倉間。天馬を守ろうとしてくれたのだが、当の本人が後ろから抱きついて動きを束縛させた。
「倉、間……先輩」
背を屈め、頭一つ分くらい低い倉間を包むように腕に力を入れる。
倉間の髪に顔を埋め、息を吸う。もう一緒にいられないかもしれない倉間の存在を感じようとする。
「天馬」
腕を下ろす倉間。握りこんだ拳が震えている。項垂れ、歯を食いしばった隙間から悔しそうに息を吐く。
誰かに後ろから殴られ、そこから天馬の意識が途絶える。
意識が戻ったのは木で作られた柵という牢獄の中。
衣服は高価なものに着替えさせられており、神に捧げられるのだとそれだけでわかった。柵から見えるのは沈みかけた真っ赤な太陽。やがて紫に変わり、水平線に沈めば儀式が始まってしまう。
辺りが真っ暗になった頃、柵が外されて牢から出してもらえた。
逃げられないように腕を後ろへ回されて手首を縄で縛られ、背中に棒を突きたてられながら儀式の場所である海辺へ向かわされた。
真っ暗な海には灯篭が灯され、道しるべのように線を描いている。
砂浜には綺麗に装飾された舟。住民たちが天馬を待ち構えているかのように注目していた。天馬は住民の顔を見やり、倉間がいないかを探す。
「あ」
倉間は住民の中でも力自慢の男二人に挟まれ、棒を交差されて首を固定されていた。頬や露出した腕には殴られた痕があり、痛々しい痣になってしまっている。
「倉間先輩」
倉間の横で足を止め、彼の名前を呼ぶ天馬。お互いに拘束を解かれ、二人は駆け寄って抱き合う。
倉間が罪を犯したとしても、最後の最後の情けを与えられた。
「天馬、すまない」
「もう……いいんですよ」
天馬が出来る事は、倉間を出来る限り悲しませない事であった。けれども倉間は目から大粒の涙を零す。ぼろぼろと滴を作って落とす。
「お前を守れなかった。どんな手を使っても守りたかったのに。俺がもっと強ければ……」
「倉間先輩は強いです。俺がわかっています。だから、泣かないで、ください」
泣かないでと声をかけながら天馬も涙を流す。
「天馬…………すまない……………すまなかった」
倉間の顔が天馬の胸に埋められる。彼の涙が天馬の服を濡らした。
二人は引き剥がされ、倉間は再び拘束、天馬は舟に乗せられて流された。後ろから倉間の声がする。何度も何度も天馬の名前を呼び、声枯れ果てるまで彼を呼び続けていた。
天馬は胸の前で手を組み、神に祈る。この島が干ばつより救われ、倉間も救われる事を。
灯篭は道を示してくれるが、最後までは案内をしてくれない。
明かりの先は真っ暗な闇が広がる。冷たく暗い波の音が地獄の足音のように聞こえてきた。
「くらま、せんぱい。さよなら」
天馬は闇へと消えていく。
「は」
眼を開ける天馬。開いた瞬間、まつ毛に付着した涙の粒が散った。
頭の後ろには草の感触、肌をくすぐるのは島の風であった。視界には天馬を見下ろすシュウの姿――――。
「お目覚めかな」
シュウの声は高く、少年らしいものであるが、瑞々しさを感じない。枯れ木のような乾いた色を覗かせる。
「天馬、泣いていたね。悲しい夢でも見たのかな」
「……………………………」
「大切な人を自分のせいで失う。とてもとても悲しい事さ。キミにもわかるだろう」
「シュウ、さっきの夢はキミが見せてくれたの」
天馬は身を起こして立ち上がり、シュウに向き合う。
「力こそ全て。話してもわかってくれないから、仮体験をしてもらったんだよ」
「シュウ」
手の甲で涙の残りを拭い、放つ天馬。
「確かに悲しかったよ。でも、だからって力が全部なんてオレには思えないよ」
「そうか、残念だ」
シュウが目を細めると天馬の視界がぼやけ、すーっと意識を失う。
気が付けば自室のベッドに寝ており、朝を知らせる鳥のさえずりが窓の外から聞こえてきた。
「夢、だったのかな」
目覚まし時計で時間を確認し、支度を整えて登校する天馬。
サッカー棟に続く通路で先を行く倉間を見つけ、声をかけて横に並ぶ。
「倉間先輩!おはようございます」
「よお、おはよ」
ぶっきらぼうに応える倉間。
夢では一緒に暮らす程の仲であったが、現実では先輩と後輩の関係を抜け出てはいない。しかし直接口には出せないものの、お互いに好き合う気持ちはなんとなく感じていた。
「あの、倉間先輩。オレ、嫌な夢を見てしまいました」
内容をぼかしながら、天馬の迷いを倉間に質問をしようとする。
「力が全てだーって、特訓に追われまくる夢なんです。その……力って、全部だと思いますか」
「愚問だな」
立ち止まり、下から天馬の鼻の頭に指を突きつける倉間。
「思いますか……って、お前が聞いてくる時点でお前はそう思っていないはずだ。きっとその夢の続きはあれだ。天馬が何かしらオレたちを巻き込んで、追いかける奴を倒すんだよ。決まってる」
「お、オレはそんな奴に見えるんですか!?」
「そのものだ。まったく、くだらん」
腕を下ろし、一人歩き出す倉間。
倉間の内容は見た夢とはちっとも合っていない。ところが、倉間を追おうと足を動かそうとした天馬にある可能性が過った。倉間は恐らく、夢の中でも天馬が行動を起こしてくれる事を信じてくれたのかもしれない。
パッと天馬の顔が輝き、上機嫌で倉間の後をついていった。
Back