親父2人と1匹遭難記



 北の大陸にある雪に囲まれた小さな村、アイシクルロッジ。静かな場所ではあったが、先月神羅のタークスが訪れた時は騒がしくなった。そして今また静寂が壊されようとしていた。
 北の大氷河へ続く坂への入り口で、村人が両手を広げて通せんぼをしている。穏やかではない厳しい表情であった。
「だからこの先は危ないって!」
「うっるせーやい!俺様は滑りてぇんだ!」
 シドがスノーボードを抱え、村人に負けず劣らずの威勢を見せる。
 彼の後ろには連れであるケット・シーとバレットが立っており、シドの強行を引き留めようとしていた。
「ですからシドさん、無理やってあの人も言ってるやないですか」
「油売ってねえで、ヒュージマテリアだろうが」
「しっかり現実を見て下さい、リーダー」
 リーダー。そう、シドは仲間たちのリーダーであった。クラウドとティファがいない今、纏め上げる要である。1人と1匹は穏便に、奇行に走るリーダーの説得にかかっていた。リーダーだから腰が低いのではない、これ以上仲間を引き離されたくはないのだ。
「いや、滑る!」
 スノーボードを抱き締め、一蹴した。
「雪が俺様を呼んでいるんだ!」
 ハイウインドに乗り、再び空を取り戻したシド。同時に煮えたぎる情熱と飽くなき探究心を取り戻していた。空の次は雪原だと、直感がそう呼んでくるのだ。
 仲間の言う通り、今はそれどころではないのは百も承知だ。千だって承知だ。だがそんな理屈をも理性をも覆す情熱の前には掻き消されてしまうのだ。単に我侭とも言う。シドの瞳には坂しか映ってはいない。純粋に求める少年のようであった。


「俺様は誰にも止められねぇんだ!」
 ざっ。シドは一歩前に出て、ブーツが雪に沈み音を立てる。
 ざっざっ。歩み出て、無理矢理通ろうとする強硬手段に出た。
「ち、ちょっと!」
「おい!」
 村人、バレット、ケット・シーがシドを押さえ込む。
「どけ、どけい!」
 振り払おうとシドも抵抗した。シドの肩にケット・シーが掴まれば、身体が浮いてデブモーグリから離れてしまう。
 どさっ。デブモーグリが後ろへ倒れた。シドを押さえる力が一段と軽くなる。
「うわっ」
 村人も払われて倒れ込んだ。
「待ってろよー」
 シドはバレットとケット・シーを繋げたまま、坂の方へと行ってしまった。
「知らないよ……」
 止められなかった村人は、ぽつりと呟く。デブモーグリは操縦者を失い、ただの人形に戻っていた。白い身体と同じ色の雪が、ふわりと舞い降りる。アイシクルロッジに再び静寂が訪れた。








 スノーボードに乗り坂を滑り出すと、光の世界が広がった。日の光に雪が反射しているのだ。眩しいくらいだった。自分もまるで光になったように思わせてくれる。光速を味わうように凄い速さで流れる風景。耳が捉えるのは風の音。気温自体も寒く、風が合わさればさらに寒い。けれども心が、身体が感動を焼き付けて離さない。寒さなど気にはしていられない。曲がり、飛び上がる爽快さ。
 どこまでも、どこまでも飛び上がり、太陽へと突っ込んでしまいたかった。高く、高く、遥かなる高い空へ。シドは思う。やはり帰るべき場所はこの空なのだと。


 ひゅうう…。笛の音のような風が吹く。手を握ると冷たい雪の感触がした。目を細めて凝らすと鮮やかなスノーボードが見える。
「………う………」
 低く呻いて上半身を起こすと、雪が自分の頭の形に凹んでいた。
「……不時着か」
 シドはゴーグルをはずして雪を払い、舌打ちする。ベルトに挟んでいたタバコは濡れて、使い物にならない。
「おめーら、生きてるか」
 起き上がり、近くに倒れている仲間を見回す。
「ってなぁ………。滑っている最中、完全にオレたちの事を忘れていたろ」
 倒れたままのバレットが、ギギギ……と頭を動かしてシドを見やる。
「おーい、ケット・シーは無事かぁ」
 バレットの視線を避け、口笛を吹いてケット・シーの元へ歩み寄った。ケット・シーは雪の上に尻尾だけを残しており、それを掴んで引っ張り上げる。
「ぶ、ぶはっ、逝ってまうかと思いましたわ」
 身体を震わせて、咳き込んだ。シドが手を離すとべしゃりと尻餅をつく。
「さて、どう戻るかだな」
 シドはその場に座り込んであぐらをかいた。
「おう、そうだ地図!場所を見ないとだ」
 膝を手で叩いて、ニッと笑う。
「地図は………」
 起き上がったバレットとシドの視線が彷徨い、同じ方向を向く。4つの目がケット・シーに集まった。
「地図、ですか……。はぁ」
 ケット・シーは遠い目をして息を吐く。
「デブモーグリが」
「あー聞こえない」
「聞こえない聞こえない」
 バレットとシドは耳を塞いで後の言葉を聞こうとしない。
「ボクたち、遭難したんやな」
 びゅううっ…。心なしか風が強まった気がした。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
 続く言葉も案も無く、沈黙が走る。
 星を救う戦士たち。ほんの気の緩みで遊びに出かけたまま行方知れず。
 間抜けな話ではあるが、もうすぐ現実になるのかもしれないと思うと笑えない。


「……こんな所にいつまでもいたら雪に埋もれちまう。移動するぞ」
「わかった」
「ええ」
 気分が沈み込み、暗く重い雰囲気が漂う。
「ん?」
 立ち上がったシドがはじかれるように顔を上げる。
「どうした?」
「しっ。耳を澄ませ」
 バレットを制し、耳に手を当てた。風の音に紛れて、別の音が聞こえる。音は僅かではあるが大きくなり、こちらへ近付いてくる。間違いない、シドは確信した。
「足音だ。来るぞ」
「ホンマですか?」
「ああ。助かるかもしれないぞ」
 ズボンを引っ張り、見上げるケット・シーに頷いて見せる。
 シド、バレット、ケット・シーは精一杯の声を張り上げ、大きく手を振るって助けを求めた。
「こっちだー!」
「おーい!」
「来てくださーい!」
 足音は気付いてくれたようで、音が速まった気がした。
「こっ……………」
 シドの手と声がぴたりと止まる。
「シド?」
「何かよう…………あの音、デカすぎねぇか?」
「え?」
 サァ…。2人と1匹の顔が青ざめていく。
「しかも、1つだけじゃないような」
「え?」
 大きい音、1つだけではないかもしれない。この音の正体は魔物かもしれない。


「お、おい、戦闘準備だ準備」
 シドは慌ててバレットとケット・シーを指差した。
 バレットは銃になった腕を振るい、苦痛の表情を浮かべる。
「ちっ。雪が入り込んで調子が悪いぜ」
 その横でケット・シーもメガホンを振るっていた。
「デブモーグリがいないと、攻撃面に欠けますわ。メガホンも調子が良くなくて、マテリアが使えるかどうか」
「ここはリーダーの俺様の出番だな。って、槍自体持ってきたかな……」
 背中に手を回し、わきわきとさせるが何も無い。
「ほう」
「もーシドさんったら」
 ははは。声を上げて笑うバレットとケット・シーであったが、こめかみには青筋が立ちそうな勢いであった。
 そうこうしている内に足音が止まり、吹雪の中に大きな影が立ち塞がっていた。大きさから、やはり人間のものでは無い。
「ちっ、かかってきやがれ!」
 スノーボードをケット・シーに預け、シドはファイティングポーズを取る。受け取ったケット・シーはよろけていた。
「あ?」
 吹雪の中から顔を覗かせた影の正体に、拳を握る手が緩む。そこには見慣れた姿があったのだ。
「デブモーグリ?」
 目をパチクリとさせ、見上げる。
 白い毛で覆われた身体、大きな牙とは裏腹につぶらな瞳。横には小さなコウモリの羽根。デブモーグリであった。数は4匹ほどいるようだ。
「デブモーグリだよな?」
 ケット・シーへ目配せして同意を求める。
「ええ、デブモーグリや。ですが」
「が?」


「本物です」


「「………………んもの?」」
 シドとバレットの声が揃い、言葉を理解するのにやや時間を要した。
 普段ケット・シーが乗っているデブモーグリ。これはあくまで背中にチャックがある通り、ぬいぐるみであり、元となった本物がいる。そう、目の前にいるのはその元となった、生きているデブモーグリなのだ。
「もう絶滅した妖精だと言われていたんやけど。まさか会えるとは……。こりゃ幸運でっせ」
「これが………。わっと」
 言いかけたバレットの身体が浮かび上がる。デブモーグリに担ぎ上げられたのだ。続いて他のデブモーグリ達にシドとケット・シーも抱えられる。
「グッ?」
「ウウ?」
 顔を見合わせ、何やら話し合った後、踵を返して来た道を歩き出した。歩む度に抱えられた者たちの身体が揺れる。


「おい」
 シドが声を潜めて、隣で揺れるバレットを呼ぶ。
「どこへ連れて行かれるんだろうな」
「さあな。暖かい所かもしれん」
「出口へ連れて行ってくれたりして」
「お2人さん」
 ケット・シーが2人の会話に割り込んだ。
「この状況で考えるのは1つやろ」
「言うな!」
「言うんじゃねえ!」
 制止を無視して、彼は言う。
「食料に決まってるやないですか」
「ああああっ…」
 絶望的な現実を突き付けられ、シドとバレットは顔を両手で覆った。
 逃げたとしても地図ない中では同じ道を辿る運命になるだろう。
「てめえ随分と余裕綽々だな」
「え?そう見えます」
「そうだコイツ、ロボットだから…!」
「うおおおお!腹立たしい…!」
 2人はケット・シーに掴みかかろうと手足をじたばたさせる。
「くくく…」
 愛らしいぬいぐるみの笑顔が、とても邪悪なものに見えた。
「まあまあ、町にいるデブモーグリを操作しますさかい。ちょっとの辛抱ですよ」
「ここへ向かわせても何も」
「いえ、飛空挺へ助けを求めるんです」
「なるほど」
 シドは手を合わせ、納得する。
 デブモーグリを操作して飛空挺にいる他の仲間たちのもとへ行き、探しに来てもらえば助かるだろう。だが時間がかかってしまい、すぐに来てくれはしない。助けが来る前にシドたちはデブモーグリの住処と思われる洞窟へ連れて行かれてしまった。




 洞窟の中は薄暗く、不気味な雰囲気がするものも、風が入ってこない分暖かい。たくさんのデブモーグリが住んでおり、生活をしていた。奥の方まで来ると降ろされる。通路とは異なる、大きな室のよう。そして次に起きた事は予想もしない出来事であった。
「これは」
「一体」
 シドとバレットは顔を見合わせて、下を見た。なんと果物を用意されたのだ。
「誰だよ食料にされるとか言った奴ぁ」
 カカカと笑い、ケット・シーの方を向くと、彼はまた抱えられて別の場所へ持って行かれそうになっていた。
「ケット・シー!」
「わわっ」
 慌てるケット・シーだが、室の中央にある草を積まれた布団のようなものの上に乗せられる。
「な、なんやろっ」
 キョロキョロとさせていると、シドたちのものより豪勢な食事が前に置かれた。
「これのせいか?」
 頭に乗せられた王冠に触れる。
「食えないくせに生意気な」
 シドとバレットはジト目でケット・シーの様子を伺う。
 室の中ではデブモーグリたちが行き交い、何かの準備をしているようであった。整え終えたように見えると、中央を囲うようにデブモーグリが座り込んで、彼らの言葉で会話のように鳴いている。
「お?」
 バレットは顔を上げた。鳴き声はぴたりと治まり、静かになる。
 デブモーグリたちが通路の入り口を一斉に見た。視線の先を追うと、一匹のメスのデブモーグリが入ってくる。頭には何やら薄く柔らかい布を被っていた。それを目にした時、ケット・シーの背筋に悪寒が走る。
 シドとバレットも気付いたらしく、口に含んでいた食べ物を噴き出しそうになり、咳き込んでいた。だがその目は笑っているように見える。
 確かにケット・シーは猫のぬいぐるみだ。動物だ。だがデブモーグリとは種族が違う。どう見ても異なる。おかしい、そんな訳はない、何度心へ言い聞かせても、思い浮かぶ単語が離れてはくれない。
 お見合い?それともいきなり婚礼の儀式?いちおうこれでも操ってんのは人間なんやで?
「は……………はは………」
 薄ら笑いが浮かんだ。身体の中の機械がオーバーヒートを起こしそうであった。


 その頃、丁度洞窟の前では仲間たちが駆け付け、潜入を試みようとしていた。
「どうやらここだね」
 ユフィは手裏剣を構え、岩壁に背を付けて中の様子を覗こうとする。
 彼女の影で身を潜めるのはレッドXIII、ヴィンセント、デブモーグリの1人と2匹。
「デブモーグリは魔物じゃないよ。戦わずに済ませたい」
 レッドXIIIは自分の意思を口にする。
「俺たちも考えは同じだ。話し合いでも出来れば良いのだが」
 ヴィンセントは顎に手を当て、考える素振りをするがユフィに目配せをし、彼女も応えて頷いた。
「と、言う訳でレッドXIII」
「翻訳を頼む」
「無理だよ!オイラはモーグリじゃないし!」
「だって動物でしょ」
 ユフィはレッドXIIIの鼻を指先で突く。
「ど、動物たって。差別!出来ないよ!」
 レッドXIIIはツンとそっぽを向いた。
「えー、じゃあヴィンセントで良いよ」
「じゃあとはなんだ。ユフィこそ擬態でもしろ」
「なんだよ。随分と2人とも反抗的じゃん」
 あーでもない、こーでもない。揉めて誰1人潜入しようとはしなかった。








 一方、神羅ビルの正面玄関では社員が走り、ある人物を呼び止めようとしていた。
「部長!リーブ部長!」
 足を止め、振り返る人物――リーブは人の良さそうな笑みを浮かべる。
 社員は中腰になって汗を拭い、姿勢を正して詰め寄った。
「どこへ行かれるおつもりですかぁっ!」
「いえ、ちょっと」
 人差し指と親指で未完成の輪を作る。
「ちょっとじゃ答えになりません。だいたいそれ!」
 リーブの衣服を指差した。モコモコの極寒の地で着るようなコートを纏っているではないか。
「それも!」
 リーブの荷物を指差した。ちょっとにしては随分な大荷物であった。
「ですから、ちょっとです」
 ははは。リーブは笑って胸ポケットからサングラスを取り出してかける。ウインタースポーツに使うような形をしていた。
「すぐですから、すぐ」
 荷物を持ち直して社員に別れを言う。
「行かせません!」
 社員はがばっとリーブの腰にしがみついた。
「行かせてください!」
 リーブはそのまま歩み出そうとする。ずずず……社員は引き摺られても離れようとはしない。
「息子が、息子が急病なんです!」
「嘘吐かないで下さい!あなた独身でしょうが!」
「シングルファザーなんです!」
「往生際が悪いですよ!警備兵さん来てください!」
 社員は大きく手を振り、警備兵を呼び寄せて加勢を求めた。
「結局頼れるのは自分なんです!行かせてください!」
 腰に社員と警備兵数人を連ねて、それでもリーブは前へ、前へと歩き出す。向かうのは息子同然の愛しい者のもとであった。







シドリーダーでユフィとヴィンがいないと、お留守番は一人になってしまうと今更ながらに気付きました。
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