人気の無い場所へ一人呼び出され、渡されたのは一通の封筒。



信頼



「あの。これは……」
 封筒を受け取るなり、リーブは顔を上げた。
 視線の先にはタークスのツォンが無表情で立っており、一言言う。
「報酬です」
「……………………」
 リーブの口は“ほ”の形に空いたまま沈黙する。
「キーストーンを手に入れた特別報酬との事です。社長は評価されているのですよ」
「……………………」
「ご心配なく。この分は給与明細に記載されますので」
 では、とツォンは一礼をして去ろうとした。
「待ってくれ」
 リーブは手を伸ばしてツォンを引き止める。


「何か?」
「これとは別に、話がある」
 耳を貸して欲しいという合図を送り、耳打ちした。
「手配をしておきます」
 表情を崩さぬまま、ツォンは行ってしまう。
「……………………」
 彼が去ると、封筒を持った腕がだらんと垂れた。
 仕事をして、成果を出して、社長から評価を受ける。会社に勤める社員なら、これは喜ぶべき事であろう。
 だが、この心は浮上する所か沈んでいく。
 ケット・シーを通して見えたクラウドたちの顔、声。
 この手に持つ金銭は、彼らの信頼の額。
「こんなん…………」
 俯き、唇を噛み締めて声を殺す。
 人の心は金額では計れない。しかし初めから裏切っていただけで、絆も何も無い。
 奥底に抱き始めている神羅への不振。クラウドたちに興味を抱いても所詮はスパイ。どっちつかずの中途半端であった。
「なに、やってんやろ……」
 一人呟き、封筒をスーツの中にしまい、リーブもこの場を去る。






 数時間後。ツォンから連絡が入り、神羅内の一部の人間しか存在を知らない特別室の扉を開いた。
 入って広がるのは殺風景な壁と床と、中央に置いてある一つの物体。その場に似つかわしくない姿と不自然な置き方。けれども、これは先ほどツォンに頼んでおいた物。わかりやすいように真ん中へ用意してくれたのだろうが嫌味たらしさが残る。さすがに邪推し過ぎだろうとリーブは首を振った。
 ツォンの姿は見えない。彼も忙しい、用だけ済ませて他の任務へ移ったのだろう。


 入ってきた扉の鍵を確かめてから、物体へと歩み寄った。
 手を伸ばして触れて、目を閉じる。そうして開いて、手を離す。
「どうかな」
 後ろで手を組んで、一歩下がって様子を伺う。
「……………………」
 瞬きをせずに見守り続ける。
「あ」
 思わず声を漏らす。
 今、物体がひくりと動いた気がした。
 気のせいでは無く、次に伸びをするように上下して音を発する。
「よっ」
 声とも取れる音。
 物体――――ケット・シーとデブモーグリはリーブの意思により起動したのだ。ケット・シーが白い手袋をはめた小さな手を上げて挨拶をした。
 だがこれはクラウド一行と行動をしているものではない。もしもの為の予備の一つである。差し詰め二号機でも言った所か。
 デブモーグリの上に乗ったケット・シーはリーブの顔を覗き込んだかと思うと、下をチラリと見る。
「なんや、どうしたんやろ。なあ?」
 ぽふぽふと、デブモーグリの頭を軽く叩いて同意を求める振りをした。
「リーブ、変わりました?」
 首を傾げて問いかけると、細い髭が揺れる。


「老けました?」
 苦さを含み、リーブは笑う。
「そんなしょうも無い事聞きはしません。どうしたん?それに一号機はもう駄目になったんですか?」
「いえ、無事ですよ。今の所は。ですが」
「もうじき必要になると」
 リーブの言葉をケット・シーが続けた。
「はい。さすが、私の分身……でしょうか?」
「分身じゃあらへん。ボクはリーブの心、見えませんもん」
「ケット・シー」
「はい。どこへ行けば良いんです?」
「古代種の神殿です」
「必要とされないままが良いと思いますけど、行ってきますわ」
「よろしい」
 腕を組んでリーブは大きく頷いてみせる。わざとらしい偉そうな素振りに、ケット・シーはくすりと微笑む。
「ボク、頑張りますね。せやから」
「ん?」
「もっと自信持って下さい」
「……………………」
 返答が追い付かず、長い息を吐く。例え心が見えずともケット・シーにはリーブの心の揺れは察しているのだろう。
 私は何を成そうとしているのだろう。そしてそれは正しい事なのだろうか。
 誰にも知られずに暗闇で震える、スパイの心。
「ボクは玩具ですから、頼りないかもしれませんけど、信じてます。ほな」
 デブモーグリが跳ね、リーブの横を通って部屋を出て行った。
「……………………」
 扉が閉まる音が聞こえても、リーブは沈黙して立ち尽くす。
 例え自らが動かす人形でも、示してくれた信頼。
 戦うのは人形、傷付くのは人形、自分は高みの見物をしているだけの卑怯な立場なのに。
 人形は主の命令を純粋に聞き入れ、与えられた命を燃やしていく。
 何の言葉を残したとしても、傲慢と自己の慰めしかない。


 そんな私に、自信を持てというのか。


 リーブは俯き、床を凝視した。やるせない思いは手を硬く握らせて拳を作る。
 考えをいくら巡らせても、答えは見つかりそうに無い。
 もし見つかれば、あれは当たり前のように笑うのだろうか。
 口の端が上がった。未来への期待か、それとも泣き出したいくらいの絶望なのか。
 それさえもわからない。







二号機の登場の早さは、あらかじめ用意されていたものだと予想。
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