星痕は癒され、町は安堵の空気に包まれた。
 クラウドの元に再び集結した“星を救う者たち”は、ティファの運営する店で彼女の手料理をつまみながら、談話に花を咲かせる。



少女



 バレットの娘マリンは父親にべったりであったが、酒が入りシドと親父同士の話に入ると輪をはずれて、ティファの所へ行く。
「ティファ」
 マリンは手を伸ばすが、ティファは少し困った顔をした。
「ちょっと待ってね。今これ持っていかなくちゃいけないから」
「ティファも落ち着いたらどうだ」
「そうだよ。アタシ達自分でやるし」
 ねえ、と同じテーブルに座るクラウドとユフィは顔を合わせる。
「あれ、デンゼルは?」
 いると思っていたデンゼルが見当たらない。
「デンゼルはあっち」
 ユフィが指差す。示す方向には、デンゼルとレッドXIIIが楽しそうにお喋りをしている。その横には静かにヴィンセントが佇んでいた。


「マリン、ここ座って良いよ」
 席を立ち、軽く叩いてみせるユフィ。彼女はバレット達のいるテーブルへ移ってしまった。
「有難うお姉ちゃん」
 言葉に甘えて、マリンはユフィの席に座る。椅子はマリンには大きく、足が浮いてぶらついた。揺らす足がピタリと止まり、何かを思い出す。
「そうだ」
 一度椅子を下り、離れたテーブルに置いてあったモノを取って、席に方へ戻ってきた。
「えへへ」
 マリンはそれを嬉しそうにギュッと抱き締める。
 クラウドとティファもつられて口の端を上げるが、薄ら笑いである。
 それはケット・シーであった。今はリーブが操作を止めているらしく、動かない。だから離れた場所に座らせておいたのだが、マリンが取ってきてしまった。
 思えば教会の時から、ケット・シーを抱いていた。気に入ってしまったのだろう。仮にもゴールドソーサーのキャラクターである。子供が親しみやすいようにデザインもされているはずだ。
「ねえ、この子の名前知ってる?」
「ケット・シーって言うのよ」
「お話するのよね」
「今は、ちょっと動かないんだけどな」
 クラウドは表情に苦味が含まれる。動力や中身など、どう説明をすれば良いのかはわからない。そもそもリーブが操っている、という事しかしらない。思えば謎の多い人形である。
「可愛いねえ」
 マリンはケット・シーに頬をすり合わせた。ふかふかとして気持ちが良い。
「そうね、可愛いわね」
 ティファは相槌を打つが、今までケット・シーを可愛いと感じた事はあったのだろうかと思い返す。確かに可愛い事は可愛い。けれども人形としてそう感じたのはデブモーグリの方であった。無口だというのが大きいかもしれない。
 ケット・シーは自己紹介から占いマシーンだと名乗った。けれども言葉を交わしたその時から、その内にある“人間”を感じていたのかもしれない。姿は愛らしいが、中身には媚を感じないのだ。こうして少女に抱き抱えられる、ぬいぐるみとしてのケット・シーを見ると、愛されるように作られた形をしている事に気付く。
「ちょっと、良いかな」
 そっと手を伸ばして、ケット・シーの耳をつまむ。柔らかい。そして懐かしい感じがした。


 ニブルヘイムの普通に過ごしていた少女時代を思い出す。炎に包まれ、刃に倒れたあの日から、全てを失ったあの日から、思い出には振り返らなかった。振り返りたくなかったとも言っても良い。クラウドと再会してからも、本当の事を思い出そうとするのが怖かった。彼と共にライフストリームへ沈み、記憶を辿ってからは、昔話を自ら口に出していくようになった。
 けれども小さかった頃、目の前にいるマリンのような人形を抱き抱えていた姿を思った事は無かった。こんな頃もあったのだと、1人照れを感じ、幸せに包まれていた過去を温かな気持ちで迎えられていた。
 マリンも人形遊びをしたい少女であったのだと今更気付く。ミッドガルのプレート下にいた頃から、遊んだ事はあったが、人形は考えもつかなかった。母もおらず、アバランチの活動で大人たちは忙しい。ねだりはしない子であったが、きっと欲しかった事だろう。簡素なものでも施してやれば良かった、あの中で自分が気付かずに誰が気付くのだと、ティファは後悔する。


「ティファ、どうした?」
 手を止めたままのティファに、クラウドが名を呼ぶ。
「ううん、なんでもない。マリンお人形さん、好き?」
「うん。1つ持ってるよ」
「「え?」」
 ティファとクラウドの声が揃う。マリンの持つ人形など見た事が無い。
「エルミナおばちゃんが、作ってくれたの。お花のお姉ちゃんの小さい時のお洋服を使った女の子のお人形。お姉ちゃんみたいにリボン付けているんだよ。でも…」
「でも?」
「手の所が取れそうで、動かせないからしまってあるの」
「見せてくれれば、私が直したのに」
「うん、でも………ティファ……」
 マリンは口ごもる。ティファを見ていればわかった。彼女は忙しく、疲れているようで、言い辛いのだ。
「良いのよ。今度見せてね」
 ケット・シーの耳をつまんだままの手を離し、クラウドと僅かに顔を見合わせて、マリンの頭を優しく撫でた。


「ん?」
 くったりとしていたケット・シーが首を起こす。操縦者が戻ってきたようだ。
「すんませんでした。ボクにまで回らなくて」
 ぺこりと頭を下げるが、腹の辺りにある圧迫感に、状況を把握する。
「おや?まだマリンちゃんの手の中でしたか」
「ケット・シーがお話した」
 マリンは嬉しそうに顔を輝かせて、ティファとクラウドを見た。彼らは頷いてみせる。
「ねえ、ケット・シーはどうして変な喋り方なの?」
「変ってマリンちゃん。イケてますやろ?」
「うん。ケット・シーらしいね」
「そうでっしゃろ」
「ねえ、好きな食べ物はなぁに?」
「多すぎて、一つのものに絞るのは難しいのー」
 大きな瞳をきょろりとさせて、ケット・シーの言葉を待つ。クラウド達も少なからず興味のある質問で、耳を傾けていた。


 一方、シドとバレットと話していたユフィは、マリンを見て彼らに言う。
「マリンはケット・シーが随分お気に入りみたいだね」
「「あん?」」
 ユフィに言われ、彼女の視線の先を向く。
「そういやぁ、マリンにゃ人形を持たせてやった事は無かったな…。今度土産に考えてみるか」
 ポリポリと頬を掻くバレット。
「おにんぎょ遊びが楽しい時期までに持ってってやれよ」
 大げさな溜め息を吐き、自分のジョッキに酒を注ぐシド。
「バレットの土産って心配な気がする」
「だな」
「お、俺だって、俺だってなぁ」
「チョコボかモーグリあたりにしておきなよ」
 しみじみとユフィとシドは頷く。
「そういやぁ、ケット・シーって中身はリーブのおっちゃんなんだよね」
 悪戯心を含んでユフィの口の端が上がる。
「………………………」
 バレットの眉がぴくりと動いた。
「楽しそうなマリンから奪うなんて真似は出来ねえよなぁ」
「くっ………」
 拳を握り、耐える。


「なんでっしゃろ。寒気がしますわ」
 ケット・シーはバレットから突き刺さる視線に、身を震わせた。







ACのモーグリ少女を見て、ケットを抱くマリンを見て、思いつきました。
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