いつか、こんな時が来るのでは無いかと思っていた。



猫なら



 タイニー・ブロンコを陸地へ付けて、クラウド一行は一休みをしていた。
 新しく仲間に加わったシドは、飛行機だったモノの羽根の部分へどっかりと座り、手を振って呼びつける。
「おう、おめえ」
 返事が返ってこないので、もう一度呼んだ。
「おめえだよ、おめえ」
「はい?」
 振り返り、自分を指差してみせる。
「そうだよ、おめえだよ」
「ボク、ですか。ケット・シーいいます。はよ覚えて下さいね」
 デブモーグリに乗った猫のぬいぐるみは、小さな手を振った。
「こっち来いよ。聞きたい事がある」
 シドは煙草の煙を噴かして、手招きをする。
「はぁ……」
 用があんなら自分で来んかい、その煙草どうするつもりや海に捨てたらマナー悪いわ。心の中で悪態がすぐに浮かんでしまったのは、シドが神羅の人間だったからだろうか。しかし顔では“はいはいただいま”と笑顔が貼り付いている。ケット・シーの姿でもリーブのままでも顔に出さない所は変わらなかった。


 ぴょんぴょんとデブモーグリを跳ねさせて、シドの所へ行く。
「用って何ですか」
「おう」
 シドは顔を上下させて、ケット・シーとデブモーグリの姿をまじまじと眺める。
「おめえよ、何で動いてんだ?」
「ボクはゴールドソーサーの占いマシーンです。ロボットですわ」
「ロボット、ねえ。俺様がパイロットだった頃よりも、進化してやがるな。たいしたもんだ」
「照れますわ〜」
 頭の後ろに手を回すケット・シーだが、すぐさま釘をさされる。
「製作者がな」
「わかってますがな」
 口を尖らせて見せるが、操縦者であるリーブとしては褒め言葉のままであった。


「おめえよ、下のはモーグリだろ。で、喋ってるおめえの方はなんだよ」
「ボクは猫です。見ればわかるやないですか」
「猫?猫ったってよ。肉球あんのか?」
 シドは立ち上がり、ケット・シーの手にはめられた手袋をはずそうとする。
「やめてーな。セクハラで訴えますさかい」
「セクハラったってロボットだろ」
「ロボットにだって触れて欲しくない場所はあるんですっ」
「ちっ」
 舌打ちをするが、デブモーグリの背中のチャックに目が留まった。
「これも駄目ですっ」
 身体でチャックを隠す。
「ほーお、尻尾もあるのか」
 揺れる尻尾を捕まれ、そのまま持ち上げられた。
「何するんやっ」
 ジタバタともがいて、下ろしてもらう。
「シドさん。あんた、ユフィさんより強敵ですわ」
 マントの結び目を直し、身体をはたく。ユフィの時も散々であった。


「ケット・シーだったか。おめえよ、猫ならアレだろ?」
「アレじゃわかりません」
「猫なら、ニャーだろ?」
 手を軽く丸めて顔の横に持って行き、下へ向けて猫の真似をしてみせる。
「………………………………………は?」


 いつか、こんな時が来るのでは無いかと思っていた。


 シドの言う通り、猫ならニャーなのである。
 ケット・シーの外見は確かに猫なのだ。けれども、中身は中年サラリーマン。冗談の通じない相手だという囁きも耳に入る。猫の姿は出来ても、猫の真似は出来ないのだ。顔を洗う事も、鳴く事も出来はしない。自分の、リーブの声でニャーなど鳴いてみろ。想像するだけでも可愛さの欠片も無い。寧ろ怪しい。それ以上に恥ずかしい。ケット・シー自体おちゃらけてはいても、恥はまだ完全に捨て切れてはいない。
 疑問に思われはしないかと、危惧はしていた。実際、ゴールドソーサーで試験運用をしていた時も、子供達から似たような質問をされた憶えがある。その時は適当にはぐらかしてはいたが、スパイとして潜入する一行は皆最低でも10代半ばは過ぎている。もしも質問されるにしても、無邪気な疑問ではない場合も考えられた。正体の疑いをかけられたり、からかい目的も視野の内に入る。
 今日の今まで、その問いからは運良く逃れられていた。しかし突然入った仲間、しかも30代の、リーブと同年代の人間に、唐突に聞かれるとは予想もしていなかった。


 どうする?どうすればいい?頭の中で解決策を探し出す。
 子供騙しなどは通じない。まだシドという人間がどんな性格かもわからない。同じ神羅といっても、面識などはない。
 黙りこんでいては怪しまれる。ケット・シーはおもむろに口を開く。


「ボク、猫は猫でも、話せる猫なんやで。わざわざ鳴く必要など、あらしませんわ」
「でもよ、おめえはゴールドソーサーにいたんだろ?子供に夢を見せるもんじゃねえのか?」
「そ、そうですけどっ。ボクには占いがありますさかい」
「俺様は思うんだけどよ。おめえ、外見は可愛いが、内面に可愛げがねえな」
「え?ちょ、ちょっと待ってーな。ボク可愛いでっしゃろ?」
 マントを広げてみせ、可愛らしいポーズを取ってみせる。


 話がおかしい方向へ移ってきているのはわかっているのだが、どう流れを戻せば良いのかわからない。
 一体、何をやっているんだ。心の中で突っ込んでもどうにもなりはしない。


「おめえ。付いてきたとか言って、本当は廃棄にされる寸前だったんじゃ…。子供に人気ねえだろ」
「そんなっ。そんな事あらしません!ボクは人気者でっせ。お姉さんに可愛いわねって言われました!」
 力説するケット・シーだが、シドの瞳は疑いを映したままでジト目になっていた。
「お姉さんってなぁ。親父くせえ発言だな。そういうのが透けて見えっから、子供に人気ねえんだよ」
 親父くさい、という言葉が槍となって胸に突き刺さる。リーブは、まだまだ親父と呼ばれたくは無い、若くありたい35歳なのだ。確かに、親父という呼び名に含まれる年齢だとはわかるが、親父に親父と呼ばれると反発を感じるのだ。複雑な心中である。
「子供に人気ないなんて認めてませんわっ」
「怖い顔になってるぜ。マスコットだろ?」
「そんな事あらしませんっ。占いの腕は確かやし」
 ムキになってはいけない、冷静にならなければならない、心を落ち着けようとする。仮の姿の方が短気になりやすいのをリーブは感じた。
「占い、占いってなぁ。それも怪しいもんだ。俺様はおめえの占う姿は見てねえからな」
「じゃあ占ってさしあげましょうか?シエラさんとの相性でも宜しいんですよ?」
「バッ…!なんでアイツの名前を出しやがるんだ」
「遠慮せえへんでも良いですよ。ボクら、仲間やないですか」
 ケット・シーはにぃーっこりと笑う。ゴールドソーサーのマスコットらしい可愛らしい笑顔であるが、当然毒が含まれている。嬉々としてデブモーグリごと身体を揺らしだす。
「て、てめえっ!やめろっ、やめやがれっ」
「照れなくても良いですやん」
 シドはデブモーグリを羽交い絞めにして押さえようと捕まえるが、一緒に揺れてしまう。


「仲、良いわね」
「そうだな」
 1人と1匹を眺めていたティファの一言に、横にいたヴィンセントが同意する。
 ぽかぽかとした暖かい太陽の光が、一行を照らしていた。







好き勝手言い合うケット&シドで。
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