世界でたった一人の君



「あーあ」
 エアリスは溜め息を吐き、その場へ座り込んだ。スカートがしわにならないように整えて、空を見上げる。
 血のような、真っ赤な夕日が瞳に焼きつく。
「赤いなぁ」
 なぜだか染みて、立てた膝の間に顔を埋めた。
 ここはコスモキャニオン。抜けるような空が美しい、星命学の聖地である。コスモキャンドルを眺めた後、抜け出して民家の裏手に来ていた。1人になりたかった。今は、仲間と顔を合わせたくなかった。


 ずっと溜め込んでいた言葉。
 今まで、あやふやにしていたものを。
 とうとう口に出してしまったからだ。


 セトラは、わたし1人だけ。


 皆がいるのに、どうしても満たされない孤独を、口に出してしまった。
 俺たちがいる。クラウドの優しさを、突っぱねてしまった。


 皆がいる。
 それはわかっている。
 しかし、それでも寂しくて、不安で、怖くて仕方が無いのだ。
 どうしたら気持ちは晴れるのか。問われても答えられないだろう。


 いつだって、明日を信じてきた。
 明日を信じて、頑張ってきた。
 それでもやっぱり、わだかまりを拭う事が出来ない。


 あーあ。
 喉の奥から何かが込み上げて、声にならない。




「エアリスさんっ」
 とん。
 不意に背中を押された。
「きゃ!」
 身体をびくりと上下させて、エアリスは地面に手をついた。
 振り返ると、ケット・シーが立っていた。
「け、ケット・シー」
 手を払って汚れを落としながら、名を呼ぶ。
 ケット・シーは彼女を押した手を、ひらひらさせて笑ってみせる。瞬きをするエアリスの瞳は、デブモーグリがいない事に気付く。
「デブモーグリは?」
「乗っていると、気付かれてしまいますやろ」
「初めから、驚かすつもりだったの?」
 エアリスの問いを無視して、ケット・シーは彼女の隣に腰掛け、関係の無い話を振ってきた。
「エアリスさん、ずるいな〜」
「なによー」
「こーんな良い景色、独り占めしてしまうなんて」
「………………………」
 景色を独り占めしたいだけで、抜け出した訳では無い。
 とぼけた優しさに、彼女の口元は苦さを残して僅かに上がる。


「エアリスさんには、エアリスさんを大好きなお母さんがおりますやろ?」
 エアリスと同じポーズで空を見上げて、ケット・シーが言う。
「いるけど………」
 言葉に詰まり、先が続かない。
「1人って、そんなに嫌ですか?」
「やだよ」
「ボク、ちょっと羨ましいですわ」
「え?」
 大きな瞳をパチクリさせて、エアリスはケット・シーを覗き込んだ。


「ボク、ロボットさかい。ボクと同じ顔、同じ仕事をする、ロボットがぎょうさんおるんや。ボクがもし壊れても、代わりがおるんや。もし、ボク以外のロボットが全部壊れたら、ボクだけを必要としてくれるかもしれへん。そう、ちょっとだけ思った事あるんですよ」
 これは内緒の話。ケット・シーは人差し指を口元に添えた。
「ケット・シーは、ケット・シーだよ」
「ボクらだって、エアリスさんはエアリスさんなんです。結局、アレなんですよ」
「?」
「無い物ねだりです」
「そうだね」
 エアリスの表情が和らぐ。普段の彼女が戻って来た。
「寂しいもんは、寂しいんです。仕方ないやろ。でも、ボクらがいるって事を忘れんといて下さい」
「うん。後で、クラウドに謝ってくるね」
「仲直り出来ると、ええですね」
「うん」
 立ち上がるエアリス。けれど去らずに、手を腰に当ててケット・シーの顔を見下ろした。
「ケット・シーも忘れないで。わたし達のケット・シーは、ケット・シーしかいないよ」
「はい」
「よし!」
 ニッとエアリスは笑い、表通路を出て階段を下りて行く。
 とんとんと、刻みの良い音を立てて、ふと足が止まる。
「あれ?」
 ケット・シーがまだいるであろう場所を、怪訝そうに見上げた。
「ケット・シーに、お母さんの事、話したっけ?」
 首を傾げるが、まぁ良いかと、続きの段を下りた。


 先ほどまでエアリスがいた場所を、風が通り抜ける。
 パタパタと、ケット・シーの赤いマントがはためいた。
「わたし達のケット・シー………」
 僅かに開いた口が、呟くように彼女の言葉を発する。
「そう、なれたらええんやけど、ずっといられたらええんやけど」
 首を僅かに横に振る。顔はマスコット特有の笑顔のまま。けれど、その奥にある機械仕掛けの心のそのまた奥の、魂が揺れていた。
「スパイは、つらいなぁ」
 鼻をすすってみせるが、涙は流れない。







エアリスとケット、孤独の中の違い。一号機のアレで、エアリスとのコンビも良いんじゃないかと思いまして。
Back