ごめんな
町の前に停泊させた飛空挺の前で、クラウドは仲間たちの数を指差し確認する。揃っているとわかると頷いた。
「皆いるな。よし、戻るぞ」
飛空挺へと戻っていくクラウドの後ろを、仲間たちは付いていく。
「ふぁーあ、また地面とお別れかぁ」
手を伸ばし欠伸をして、地をわざとらしく踏むユフィ。
「わー、待ってーな」
ケット・シーは一足遅れて、デブモーグリを走らせる。
全員乗ると、飛空挺はエンジン音を出して空へ飛び立って行った。その空の青に、染みのように存在する赤、メテオ。食い止める為にクラウド一行、そして神羅カンパニーも動いていた。本社にいるリーブは相当忙しいらしく、ケット・シーに指示を送って来ない。
リーブとしてではなく、ケット・シー自身として、これはチャンスだと思った。
その日の夜。薄暗い倉庫の中に蠢く1つの大きな影。デブモーグリがそろり、そろりと足を忍ばせていた。
「この辺でええかな」
足を止めさせ、ケット・シーは音を立てないように降りる。そろり、そろりとデブモーグリと同じ動きでぬいぐるみの後ろへ回った。
「………っと」
爪先立ちになり、ファスナーを開ける。ぽっかりと開いた闇の中へケット・シーは手を突っ込み、何かを取り出して床に置く。
それは長細い箱。花柄模様で女性向の包装がしてある。昼に立ち寄った町で購入してきた物であった。体の小さなケット・シーと比べると大きく見える。座り込み、包装紙を剥がす。白い手袋をはめられた機械仕掛けの手は器用かつ精密で、包装紙に切れ目は入らない。
箱を開けると、中にはジャムの付いたクッキーが入っていた。眺めて、静かに微笑む。
もちろんケット・シーが隠れて食べる訳ではない。これは贈り物。本体リーブへの贈り物であった。もうすぐ彼の誕生日があるのだ。指示が届かない間を狙って、内緒で贈るのだ。
デブモーグリの中から手紙と送り状を取り出し、まずは手紙を添えて箱を閉じて包装し直す。その上へ送り状を貼り付けた。送付先は神羅カンパニー、リーブ・トゥエスティ宛だ。
きっとここ何日かは会社に泊まり込みなのだろう。誕生日だって会社で過ごすのだろう。形に残るものはかえって荷物になるだろう。疲れているだろうから、甘い物が良いだろう。
玩具なりに考えた。
準備を整え、1人呟く。
「待っててな。本体」
数日後、神羅カンパニー都市開発部門。職場の中では電話の音と、キーボードを叩く音が鳴り響いていた。奥にある大きなデスク、リーブの席には本人はおらず、隙間を埋め尽くすように様々な書類が乗っている。
その中へノックをして入ってくるのは、花柄模様の入った荷物を持った女性社員。手近にいた社員と言葉を交わして、荷物を渡す。受け取った社員は主のいないリーブの席に荷物を置いた。
しばらくして、リーブが戻ってくる。柔らかな雰囲気だが、疲れは隠し切れていない。書類の上に乗っている荷物をおもむろに手を取り、送り状をまじまじと眺める。
「ゴールドソーサー?」
ゴールドソーサーからとそこには記してあった。ディオからであろうか。
それは後から考えるとして、リーブは荷物を開ける事にした。綺麗に剥がそうと思えば、のっけからテープの横が切れてしまう。一度失敗をすればどうでも良くなり、ビリビリと包装紙が破れる。送り状だけを剥がして机下にあるゴミ箱へ捨てた。
箱を開けた勢いで手紙が床へ落ちるが、気付かずに中身を見る。美味しそうなクッキーが入っていた。
「クッキー?」
思わず口から出た呟き。
送られて来た場所が場所だったので、変わった物を予想していた。
蓋を裏に回し、片手で箱を持って社員に配っていく。疲れているのはリーブだけではない、社員は疲れた顔を上げて彼に礼を言ってクッキーを受け取った。さっそく口にする者、取っておく者、様々だが彼の好意に心が休まる。
職場を一周する頃には、箱の中は数枚しか残ってはいなかった。空箱同然のものを安定した書類の山に戻し、別の山から書類を取り出して部屋を出て行く。ぽつんと置かれた箱は忙しない職場の中には場違いな雰囲気を醸し出していた。どこか寂しそうで、残った物を手にとって貰う事を待っているかのようであった。
リーブはケット・シーの行動を観察する事が出来るが、ケット・シーはリーブの様子すらも想像するしか出来ない。次の目的地へと向かう飛空挺の中で、デブモーグリの上に乗って景色を眺めていた。
「あれ?」
後ろから声がして、振り向いて下を向けばレッドXIIIがいる。
「嬉しそうだね。何かあったの?」
「そう見えます?」
「うん」
レッドXIIIは頷いて見せた。
「こういうのって、わかってしまうもんなんやなー」
照れているのか尻尾を揺らすケット・シーに、レッドXIIIは首を傾げて寄ってくる。
「で、何?オイラに教えてよ」
「あきまへん。幸せってな、口にすると逃げてしまうもんなんや」
「コスモキャニオンにはそんな言い伝えないよ」
「ナナキさん、あんた頑固やなぁ」
ポリポリと頭を掻くが、ケット・シーも話そうとはしない。
「何を話しているのだ?」
2匹の間にヴィンセントが割って入った。
「わっ!!」
ケット・シーとレッドXIIIは身体をビクつかせ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「……………酷いな」
残されたヴィンセントはさすがに寂しくなる。
たまたま傍を通り掛ったティファは苦笑を浮かべていた。
リーブが再びデスクへ戻って来たのは深夜であった。この日も、住まいへは戻れそうに無い。電気は落とされ、非常電源だけが付いていた。自分以外の社員は帰らせたので、ここには1人しかいない。椅子を引こうとした時、何かが床に落ちているのに気付く。手紙のようであった。
拾って椅子に座り、中身を開いた。硬そうな文字が書かれており、どこかリーブに似ている。
気遣いの言葉と、誕生日の祝いの言葉が書かれていた。
無意識に視線は文字をはずれてゴミ箱へ向けられている。くしゃくしゃの包装紙を見つめていた。
顔が熱くなるのか、血の気が引くのか、ドキリとした。ズキリとでも言うのか、胸が痛んだ。
手紙を閉じる指先は冷えて感覚を失う。立ち上がろうとする足も、どこか感覚が無い。僅かに震えていた。包装紙が包まれていた裸の箱を見下ろす。ほんの数枚しか残されてはいなかった。何度見ても増えはしない。
一枚手に取り、ビニールを切って取り出して口に含む。甘い匂いと甘い味が広がった。なぜだか目の奥が染みる。心の中で贈り主に語りかける。意識して送るのではない、ただの言葉。
ごめんな、ケット・シー。
こうなる事はわかってたんや。だから気にせんといて。返事が聞こえたような気がした。
我ながら都合が良すぎると、自嘲した。
ゴールドソーサーはカモフラージュです。ケットにはケットなりの人格があると思ってます。
Back