シーズン



 ツヴィエートの襲来より修復したWRO本部。
 外配備の隊員が隣の隊員の肩を叩き、空を指差す。
 漆黒の空から、白いものがふわりと舞い降りていくのが見えた。
 他の隊員も気付いて空を見上げる。白は一つ一つ数を増していき、地を白へと染めていく。
 季節は冬。恐らく初雪だと、誰かが囁いた。


 また隊員が肩を叩いて指を差す。今度は空ではなく、真ん前であった。
 目を凝らせば、人影を捉える。闇の中に浮かぶ赤。あまりにも目立ちすぎる色に、侵入者では無い事は確かなのだが。
「あ」
 気付いた隊員は思わず声を上げる。そうして笑顔で敬礼し、迎え入れた。
「ご苦労であります!」
 相手も答えるかのように口の端が上がった。






 本部は奥に入れば入るほど警備は厳重になり、外の様子はわからなくなる。
 最も奥にある司令室にいるリーブには、外の雪など知る由も無い。その上ここ数週間は忙しい日が続いており、部屋に缶詰のように篭もっている為、季節感も麻痺している。
 ケット・シーも大忙しで遠い支部で働いていた。もしあのロボットがいたとすれば、鏡など持ってきてリーブの顔を映し“酷い顔してますな”と気分を解してくれるだろう。リーブは冷静を保ってはいるが、かなり煮詰まって疲労を溜め込んでいた。
「んっ?」
 扉の開く音がして、リーブは反射的に顔を上げる。
「ん?じゃないだろー?」
 場に不似合いな威勢で言い返され、苦笑交じりでリーブは笑う。
「ユフィ。帰っていたのですか」
 司令室の訪問者はユフィ。ケット・シーと同じ支部におり、久しぶりであった。
「それだけ?」
 ユフィの頬は不服を露にして膨らんだ。
「んー、素敵な格好……で良いですか?」
 リーブは席を立ち、ユフィの元へと歩みながら感想を言う。
「それで許してやるか」
 おっちゃんだしね……。小さく呟き、ユフィは肩にかけていた荷物を床に下ろした。
 荷物は大きな布製の白い袋。ユフィは真っ赤な厚手の服を纏っていた。袖には暖かそうな綿が付いている。彼女は俗に言うサンタクロースの姿をしていた。けれどもへそ出し、短いスカートと、彼女らしさをアピールしている。いや、ユフィのスカート姿は珍しいのかもしれないが、リーブも彼女本人も気付いてはいない様子であった。
「どうしたんですか、それ」
 袋と衣装を交互に眺めるリーブ。
 反応の薄さに、ユフィはわざとらしい大きく長い溜め息を吐く。額を押さえ、やれやれという演技まで付け足す。
「どうしたって、やだねえ。今はクリスマスシーズンでしょうが」
「クリスマス?もうそんな季節なんですか」
「やだやだ。本当に知らなかったんだ。さすがケット・シーだよ」
「ケット・シーがどうかしたんですか?」
 ケット・シーという名を聞いてすぐさま反応するリーブに、妙に笑いが込み上げ、隠すようにユフィはサンタ帽子を取って髪を直しながら経緯を語る。
「ケット・シーがさ、言うんだよ。おっちゃんが司令室に篭りきりで冬の寒さも気付いてへんかもって。そりゃさすがに無いだろってアタシは言ってやったんだけど、ケット・シーがしつこくって。そこで賢いユフィちゃんは思ったわけよ。様子を見に行って欲しいんだなって。それで来たら案の定。侮れないね、あのヌイグルミは」
「私のケット・シーですから」
「はいはい」
 帽子を被り直し、ユフィは袋に手を入れて何かを取り出そうとしていた。


「優しい皆のアイドル・ユフィサンタはオジサンにもプレゼントをあげるんだよー……」
 目当てのものが見つからないのか、ユフィは腕を限界まで伸ばし、低く呻く。
「手伝いましょうか?」
「駄目駄目!袋の中身は秘密だって、幼稚園で習わなかったのか。お、あったあった」
 ふう。息を吐いてユフィはリーブに“プレゼント”と称したものを彼の手の上に乗せた。
「これは」
 プレゼントは髭剃りや洗顔料などが一つになった“身だしなみセット”であった。
「おっちゃん。髭剃ったら?外も空気も吸った方が良いよ」
「…………………………」
 ユフィから気遣われ、意外さか、成長を喜ぶべきか。どう感謝を伝えるべきかを迷い、リーブは沈黙する。
「え?ちょっと、あれ?皆がそう心配していたんだよ。ここに着くまで散々言われちゃって」
 何も言わないリーブに気恥ずかしくなったのか、ユフィは彼の腕をバシバシと叩く。もちろん、全く心配していなかったといえば嘘になり、ユフィの気持ちは少なからず入っている。それもリーブには見透かされそうで、上手い逃げ道もわからない。
「はい。有難うございます。そうですね、今度外に」
「今度っていつ?」
 言い終える前に遮る。
「そうやって引き伸ばして、春になっちゃうかもしれないよ」
 叩くのをやめ、手を腰に当ててリーブに詰め寄るユフィ。
「いえ、そんなにはかかりませんよ」
「ホントに〜?」
「いやぁ……その」
 ユフィが一歩前に出るとリーブは一歩引き下がる。じりじりと追い詰められていく。
 WROの局長といえども、若い娘の押しにはどうもかなわない。
「決めた。出るのは今夜」
「決めたってユフィ……」
「四の五の言わないっ。アタシ以外におっちゃんを引っ張り出せる人間はここにはいないだろうし、アタシがやらなきゃ」
 目を瞑り、拳を握って使命に燃えるユフィを余所に、リーブは逃げ出そうと横を向くが、カッと瞳は見開かれて襟首を掴まれる。
「そこ、余所見するな!さっきあげたもので身だしなみ整えて出よう。丁度、雪も降っているし。しかも初雪だよ」
「初雪、ですか。クリスマスシーズンなのに、まだ降っていなかったとは」
「そうなの。だから出なきゃ。はいはい」
 掴んだ手を離して、ユフィはリーブの後ろに回ってグイグイと押した。






 伸びた髭を綺麗に整え、髪までセットを強要されて、済んだら済んだで待ち構えていたユフィに引っ張られるままに司令室を出る。彼女に連れられるまま、エレベーターに乗って屋上に出た。
「ほら、ほら」
 扉が開くとユフィはリーブを狭い箱の中から引っ張り出す。よろけながらリーブは久しぶりに外の空気を吸った。冷たく、暗い冬の夜。空からの神秘的な来訪者は、彼に今の季節を伝えるように静かに舞い降りる。
「こっち、こっち」
 情緒に浸る間も与えずに、ユフィは景色をもっと良く見ようと端の方で手を振っていた。いつのまに移動したのか。さすがウータイの忍と言った所だ。
 初雪にはしゃぐ彼女は少女そのもので、率直に感想を述べればジャブをされてしまうだろう。ユフィはもうすぐ二十歳になる。星を護る戦いから数年、時は彼女を大人へと成長をさせていた。とはいってもまだまだ子供で、よくよく凝視すれば色気も感じる時もある。それも口に出せばジャブの刑になるだろう。
「なに?アタシに何か付いてる?」
「いえ」
「そお?」
 ユフィの元に歩み寄るリーブの視線の暖かさに、彼女は目をパチクリさせて首を傾げた。
「ほら、見て!」
 リーブの裾を掴み、ユフィは指差す。
 指の先には微かな町の明かりが見えた。
「綺麗ですね」
「おっちゃん、そこじゃないだろ」
 裾を掴んだ手が後頭部へ回って、目を凝らせと言わんばかりに押される。
「あんたが再生させようとしている世界だろ。閉じ篭っていてどうするんだ」
「ああ…………」
 吐息のように、リーブは呟く。息はふわりと白く染まる。
「また、間違ってしまう所でした」
「アタシの教えを胸に刻めよっ」
「そうですね」
 指を立てて偉そうなポーズを取るユフィに、リーブは真面目に賛同した。
 そう反応されれば、妙に照れ臭くなったユフィの頬は、冬の寒さの上に赤を染め上げる。


「ま、わかれば良いんだよ。わかれば、ね」
 うんうん。手を離し、腕を組んで頷いた。けれども冬の寒さはさすがに堪えて身震いする。
「ううっ寒」
「ユフィ。元気なのは良いですけど、風邪を引かないように」
 リーブは羽織っていたコートを脱ぎ、ユフィに着せてやった。彼の温もりもあるので、氷が溶けるように彼女の身体は温まっていく。
 しかし、今度はリーブが身震いをした。
「おっちゃんもおっちゃんなんだから、カッコ付けはほどほどに。こうすれば良いだろ」
 ユフィはコートを持ち上げてリーブを入れる。浮いて下から寒い空気が入ってくるが、無いよりはマシだし、こういうのは気分を味わうものだと考える事にした。
「戻ったら温かいコーヒーでも出しましょう」
「えーアタシはココアが良い」
「確か、お汁粉の元があったはず……」
「じゃあそれ。それが良い」
 戻った後の事を話し終えると、二人は口を閉ざし、しばし景色を眺める。


「…………………………」
「…………………………」
 冷たさと温かさが混ざり合い、隣の頼れる存在に心の安らぎを感じていた。










おっとりリーブと世話焼きユフィな感じで。
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