一緒に



 ティファの運営するセブンスヘブンの2階は住居になっている。夕方からの運営に備えて、昼間は店を掃除していた。
「よいしょ、と」
 水の入ったバケツを持ち上げ、モップを肩にかけてティファは2階へ通じる階段を上がっていく。店の次は部屋の掃除だ。
「ん?」
 何かに気付いて、階段の途中で足を止めた耳を済ませた。上の方から話し声が聞こえていく。恐らく、デンゼルとマリンだろう。内緒話のような潜めた声。音量は小さいが、通りやすくなっている。クラウドは仕事中で家には3人しかいないのに、そんなにも聞かれたくはない話なのだろうか。子供同士の秘密。わかっていても気になってしまう。気になり始めたら止まらない。
 ティファはそろそろと忍び足に歩調を変えた。


 子供部屋の隅で、デンゼルとマリンが紙を広げて眺めている。
 おおー、すごーい。口から出るのは感嘆の言葉。
 バケツを安全な場所に置いて、ティファは声をかけた。
「なーにやってるの?」
「「!!」」
 デンゼルとマリンは直立不動になり、デンゼルは紙を後ろへ隠そうとする。けれども滑り落ちて、はらりとティファの前へ差し出された。
「これは…」
「あ、ティファ」
 マリンが手を伸ばすが、ティファに拾われてしまう。




 そしてその夜。店を閉めた後、カウンター席で酒を飲む仕事帰りのクラウドに、挟んだ側に立つティファはデンゼル達の見ていた紙を見せた。
「なんだこれは」
 手に取ってクラウドはまじまじと眺める。
 それはゴールドソーサーのチラシであった。大方、新聞の間にでも挟まれていたのだろう。
 神羅は無くなってしまったが、園長のディオが代表となって運営を続けていた。メテオが落下したご時世だが、だからこそ娯楽を求める人間は多い。魔晄が豊富だった頃の派手さは失われたものの、ディオやスタッフの頑張りとアイディアで楽しませて大繁盛だという。
「デンゼル達がね、楽しそうに見ていたわ。きっと遊びたいのね」
「そうか」
 チラシを置いて、見上げるティファの顔は微笑んでいる。
「今度、お休みを取って2人を連れて行こうと思うの。ゴーストホテルにも泊まって」
「それが良い」
 クラウドの顔にも笑みが浮かんだ。
「行っていいの?お留守番、ごめんね」
「………………………………は?」
 クラウドのグラスの氷が音を立てた。
 ゴールドソーサーへ行く仲間に俺は含まれていないのか?
 どう言い出したら良いのかわからず、視線をティファに送るだけである。
「クラウド?」
 ティファはぱちくりと瞬きする。
「お、俺は?」
 ぼそりと呟いた。
「仕事あるんでしょ?」
「そ、そうだが…」
「だってクラウド…」
 視線を逸らし、ティファは悲しそうに瞼を伏せる。彼女の指がチラシの文章をなぞった。
「デンゼルとマリンが楽しみにしているのは、これなのよ」
 クラウドはもう一度チラシを見る。
 そこには“新アトラクション!絶叫!映像コースター”と記してあった。なんでも密室で映像に合わせて乗り物が動くらしい。本来乗り物に弱いクラウドには、想像するだけで気分の悪くなるものであった。
「行くだけなら…」
 青い顔をしながら、またぽつりと言う。
「クラウド、2人のお願いを断れる自信ある?」
「………………………」
 ゴールドソーサーへ行けば、一緒に乗ろうとせがまれるだろう。デンゼルとマリンはクラウドが乗り物は得意ではない事を知らない。苦手だと言えば無理には頼まれないだろうが、今更というか、プライドというか、言わないで済むなら言いたくないのが本音である。
「俺も行く」
 しっかりとした口調でクラウドは言い放つ。
「わかった。無理しないでね」
「ああ。ティファ、もう一杯くれるか」
「はーい」
 ティファのカクテルを作る音が、静かに響いた。
 クラウドはどうしても一緒に行きたかった。ティファとマリンとデンゼルが行くのなら、一緒に行きたかった。なぜなら家族なのだから。1人だけ欠けるような事は、したくはなかったのだ。


 4人全員でゴールドソーサーへ行く。伝えるとデンゼルとマリンは大喜びであった。着々と準備が進められ、旅立つ前日にある電話がかかってきた。
「本当?」
 受話器を持つティファの声が急に大きくなり、たまたま横にいたデンゼルとマリンは彼女の方を向く。
「うん、うん。わかった」
 明るい声で話を終えた後、子供たちににっこりと笑いかけた。
「マリン!バレット来れるって!」
「本当!?」
 マリンの顔がパッと輝く。隣にいるデンゼルも嬉しそうに微笑む。
「良かったなマリン」
「うん!」
 元気良く頷く彼女に、デンゼルは胸がちくりと痛むのを感じた。




 当日。バレットの姿を見るなり、マリンは飛び込んで行った。彼は笑いながら受け止めて、抱き上げてやる。もうそんな子供じゃない、皆も見ているのに、とマリンは言うが照れ臭そうに頬を染めて満更でも無いらしい。
 その様子をティファと並んで見るデンゼルの表情は、どことなく寂しそうであった。そんな彼の肩にクラウドの手が乗る。振り返るデンゼルに、穏やかに言う。
「デンゼル。話題のアトラクション、一緒に乗るか」
「マジ!?」
 デンゼルが白い歯を出してニッと笑った。ティファは驚いてクラウドを見るが、彼は頷いてみせる。
 だが案の定、クラウドは気分が悪くなってしまい、項垂れてしまった。心配するデンゼルをゴンドラに乗せて、ゴールドソーサーの景色を遊覧する。
 しばし沈黙が続いたが、デンゼルがぽつりと口を開く。
「ごめんなさい…」
 顔が合わせ辛く、横を向いて窓に額を当てた。
「謝るのは俺の方だ。ごめんな、実は乗り物が苦手なんだ」
 自然と、正直に言う事が出来た。
「どうして乗ってくれたの?」
「デンゼル、乗りたかったんだろう?デンゼルが喜ぶ事をしてやりたかった」
「…………………」
 デンゼルは横目でクラウドを見る。彼は慣れぬ事を言ったせいか、落ち着かない様子で衣服の皺を伸ばしていた。
「どうして?」
「家族だろう?」
 胸の内からこみあげる何かを抑えて、デンゼルは呟くように言う。
「クラウドは……具合悪そうにしていたけど、楽し…………かったよ」
「良かった」
 嬉しそうに、ふわりと口元を綻んだ。デンゼルの口元も弧を描いている。視線を景色に戻し、見下ろすとティファの姿が映った。
「ティファだ!」
 見えるかわからないが、デンゼルは手を振った。クラウドは彼の後ろから頭を覗かせて、手を振ってみせる。思いが届いたのか、ティファは顔を上げて軽く手を上げた。バレットとマリンもやってきて、ゴンドラの方を見上げた。
 降りればそこに待っていてくれる人がいる。今、隣で温かく包んでくれる人がいる。血は繋がっていない。けれども確かにある絆。家族という姿があった。










家族ものを目指してみました。
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