すれ違いを繰り返して、俺たちは漸く出会えた。



一等星



「僕はロラン。ローレシアの王子だ」
 ロランはにっこりと笑って、サマルトリアの王子・サトリに手を差し伸べた。
「さあ。力を合わせ、共に戦いましょう!」
 サトリがロランの手を握る。
 ここはローレシアとサマルトリアの間に位置するリリザの町。
 二人の王子はすれ違いを繰り返して、漸く出会う事が出来たのだ。
 宿で休憩していたサトリに対し、ロランは森でも突っ切ってきたのか傷だらけであった。
「ロラン王子。貴方は随分とお疲れのようだ。一泊して明日から」
「僕は大丈夫。すぐに旅立とう」
 サトリの言葉を遮り、ロランは意見する。
「しかし……」
「サトリ王子は休んだばかりなのですか」
「いえ、そうではなく」
「では行きましょう。早い方が良い」
 ロランは離したばかりのサトリの手を再び掴んで引き寄せた。
 なんて馬鹿力だ。サトリは眉をひそめる。
「わかりました。行きましょう」
 手を振りほどき、手袋の皺を直してサトリは了承する。
 引き止めたのは、のんびり屋の性格からではない。目指す先のムーンブルクへは大陸を渡らなければならない。魔物の生息も異なるだろう。身体を休めてから行った方が得策だ。
 説明すればわかってくれるかもしれないが、この調子で休んでも大して体力は回復できないとサトリは読んだ。
「ですがまず、傷の回復をしましょう。ロラン王子、そこに座ってください」
 椅子に座るように促す。
「ロランで良いよ。これから僕たちは仲間になるんだし」
「ではロラン。これが俺の力です」
 サトリは回復術を施した。淡い光がロランの傷を癒す。
「凄い。城の神官みたいだ。僕、魔法はからっきし駄目でね」
「貴方にはこの身体があるじゃありませんか。身体一つが全てであり、真実だ。羨ましい限りだよ」
 癒しの力をあてた手で、ロランの腕をなぞった。丈夫で頼もしい筋肉はサトリのそれとは異なる。
「貴方が傷付いたら俺が治す。けれど魔法の力をあてにしないで貰いたい。万能じゃない、限界があるんだ」
「わかった。魔法力が危なくなったら言ってくれ。そろそろ行こうか。落ち着いていられないんだ」
 ロランは立ち上がり、宿を出て行く。サトリが彼の後を追うような形でついていく。
「さっそくローラの門を抜けてムーンブルクへ渡る。いいかい?サトリ王子」
「サトリでいい」
 ロランは後ろをちらりと見て頷いた。
 ロランの背中は同年代なのに大きく、輝きに満ちている。


 俺とは全く違う分類の人間だ。
 サトリは脳裏にロランへの印象を巡らせる。
 出会った時、初めて交差する視線でも瞳に宿る強い意志を感じ取れた。
 ロランと行けばハーゴンの野望を阻止できるのかもしれない。希望を抱くが、それと共に不安も渦巻く。眩しすぎる存在は夜空に浮かぶ一等星のように、遠いものに感じたからだ。
 故郷の大陸を出る前から何を懸念するのだろう、考えすぎだと思う面もある。
 しかし、滅ぼされたムーンブルクの土地が洞窟一つで繋がっている現実が、足を竦ませるのだ。恐怖はもう、すぐそこまで来ている。


 ロランとサトリはローラの門へ辿り着くが、門前にいた老人の話を頼りにサマルトリアの西にある洞窟へ向かい、銀の鍵を取る事にした。洞窟が見えるより前に日は暮れ、二人は森に身を潜めて野宿で夜を過ごす。
 焚き火を囲み、交代して番をする。一人旅では出来なかったものが二人なら可能になる。
 木に寄りかかり、毛布に包まり眠るロラン。番であるサトリは木に登り、望遠鏡を片手に南の空を眺めていた。この先にムーンブルクがある。微かに見える怪しげな暗雲は夜だからか、それとも――――
「ふむ……」
 一人唸り、生唾を飲み込む。
「おっ?」
 下から物音が聞こえる。どうやらロランが起きてしまったようだ。
「ああサトリ。どこへ行ったのかと思っていたよ」
「済まない。場所を離れていて」
 木から降りて詫びる。
「いいや。木の上で何をしていたんだい。ムーンブルクを見ていたのか」
 目ざとくサトリの望遠鏡に気付く。
「何も見えませんでした。ロラン、身体を休めてくれ。俺はずっと助けられっぱなしだったのだから、夜の見張りくらいはさせてくれ」
 ここまでサトリはロランに庇われるようにして来た。多少の剣の覚えではとても魔物に敵わない。
「僕だって君の魔法に助けられたさ」
「ロラン。貴方……いや、お前は優しいんだな」
 皮肉めいた笑みを浮かべ、サトリは焚き火の近くに座る。
 魔法が必要になったのは、サトリを庇っていたからなのだ。ロランの姿を背にして、サトリは続けた。
「俺とは全く違うよ。そもそも出会いからして俺たちはすれ違いの連続だった。これからもすれ違い続けるのかな」
 波風を立ててロランを困らせたいのか。心の内でサトリは嫌悪した。
 正直、傷付いたのだ。ここまで自分の力が通用せず、同じ勇者の血を引く隣の国の王子のお荷物になるのが。何かの力になればと、旅立ったのにだ。
「サトリ……僕は本当に君がいてくれて助かったと思っている」
 ロランの表情は見えない。声だけでは、まだ彼がどんな気持ちなのか察する事も出来ない。
「すれ違っても会えたじゃないか。これからもし、またすれ違う事があっても、解決の道を僕は探し出すよ。君も探してくれるだろう?」
「さて、どうだろう」
 背中越しで吐かれたロランの息が、笑っているような気がした。
「次は君が眠る番だ。お休み」
 後ろから毛布をかけられる。
「わかったよ」
 横になり、目を瞑る。夜が明けるまで、ロランの顔は見なかった。







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