生まれた時からずっと、空と大地は繋がっていると思っていた。
境界
きらきらと眩い光を放ち、妖精・サンディがある人間の元へ近寄る。その人間は木の幹にもたれ、荒い息を吐いていた。先程、魔物の大群から必死に逃げてきたのだ。
「あんた、大丈夫?」
人間の瞼が微かに震え、虚ろな瞳をサンディへ向けて口の端を上げる。
「なら良いけどさ。ひょっとして羽根で飛んでばかりだったから、歩くの辛いんじゃないかと思うんですケド!」
人間は微笑んでいるだけであった。
サンディへ目を向けたまま、泥で汚れた豆だらけの足を擦る。
この人間は、元より人の子ではない。天使と呼ばれる地上を見守る存在であった。しかし、あの運命の日、忌まわしき地下からの邪悪な息吹により天使の象徴となる輪と羽根を失う。見た目は人間と変わらぬ姿となったが、妖精のサンディや死者が見えるという能力は残されている。
この元天使と妖精は天上への昇る手段である“箱舟”の力を取り戻すべく、ウォルロからセントシュタインを目指していた。
「そろそろ立たないと、日が暮れるよ!」
サンディが元天使の肩を掴み、立ち上がらせようと引っ張る。だが疲労が激しいのか息を整えようと呼吸するだけであった。
「ねえってば」
耳元で声を上げるが効果は無い。困ったように頭の花飾りを弄るサンディであったが、偶然良いものを発見する。
「ホラ、神様の助けですよっ」
頬を摘まみ、ある方へ向かせた。一台の馬車が通っていく。
元天使は力を振り絞って立ち上がり、馬車に助けを求めた。隣ではサンディも見えないながら手を振っている。
幸い馬車に乗っていた人間は気前が良く、目指す先も同じだったので快く乗せてくれた。
元天使は馬車の荷台で揺られながら、薬草を傷口に塗る。
「旅人さん、手酷くやられたね。大地震から魔物が湧いて出て物騒になったもんだ」
相槌を打つ元天使に、薬草が投げ込まれた。
「これも使いなよ。昨日、あんたみたいに傷付いた旅人さんを見つけたけれど、使い損ねてしまってね」
「どうも……」
言葉が途切れる。有難うなどとは言えなかった。
元天使は、ふと荷台の後ろから空を見上げる。つい、数日前までは簡単に行き来できたというのに。今はなんと遠い事だろう。
これは、故郷への郷愁だろうか。
それとも、自分の中の常識が打ち砕かれた悲しみか。
物言わぬ天は無常に雲を流すのみ。
羽根を持たない天使に空は高すぎた。
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