今日もシモンは総司令室で書類の処理に追われていた。



デザート



 デスクの上には山のような書類が聳え立つ。すっかり指にはタコが出来ている。目もいい加減しぱしぱしてきた。
「つーっ」
 目の間を指で摘まむ。
 シモンの無意識に出た呟きに、彼の横に監視よろしく立っていたロシウは目を光らせた。
「くうーっ」
 視線に気付かない振りをして、両手を上げて椅子の背もたれに重心をかけて伸びをする。
「おっ」
 反り返った視界に、後ろにかけられた時計が入った。
「昼休みだ、昼休み。飯だ、飯」
 身体のバネを生かして、勢い良く立ち上がるシモン。
「総司令」
 一歩前に出て、ロシウは呼び止める。
 首を回して音を立ててから、シモンは振り向く。
「お前も来いよ、ロシウ」
「いえ僕は後で取りますから……って、もう少し仕事をなさってから休んで下さい」
 厳しい表情をするが、シモンには効果は無い。
「ダメダメ、もう立っちまったから。ほら行くぞ」
 手を伸ばし、ロシウの腕を掴んで強引に引っ張る。けれどもロシウは踏み止まった。
「結構です。それに、ニアさんが」
「ニア?今日はニア来ないけど」
 なぜそこでニアの名前を出すのだろう。シモンは本当にわからないというような、きょとんとした顔をする。ロシウは一人先読みしすぎた気恥ずかしさが込み上げ、シモンの手を振り解いた。
「今日は何を食おうかなー」
 鼻歌交じりでシモンは司令室を出て行く。部屋を出た所で立ち止まり、ロシウに手招きをした。これでは、ついて行かざるを得ない。




 階を降りて、二人は食堂へ入る。普段から利用しているので、司令と司令補佐が入ってきたからといって特に注目はされない。適当な席を決め、それぞれの食事を持って椅子に座る。
 昼休みといっても、昼の混み合うピークは過ぎているせいか食堂にいる人はまばらで、静かであった。
「いっただっきまーす」
 飯を前に手早く挨拶を済ませると、シモンは勢い良く掻き込んだ。一方、ロシウは静々と摘まんでいる。
「ロシウ」
「はい?」
 呼ばれて顔を上げれば、シモンがじっとロシウを見詰めていた。
「静かだと、思わないか」
「昼時と呼ばれるものは過ぎていますからね」
「違う」
 食事の手を止め、シモンは隣の椅子に視線を落とす。
 四人席で向かい合っているので、隣の席は余っていた。
「なんかこう、昔はさ、こう、窮屈でさ、狭かったけれど。今はこう、ぽっかりと、さ」
 どう言えば良いのかわからず、身振り手振りで表現するシモン。
「仕方ないですよ。我々は自分のすべき事を離れて行っているのですから」
 淡々と答えるロシウに、シモンは一瞬顔を強張らせる。
「身も蓋もない事を言う奴だな。ロシウとはこうして毎日顔を合わせているが、随分と向き合っていなかった気がする」
「随分?昔からそうでしたよ」
「そうだったか」
「そうですよ」
 ロシウは喉で笑い、飲み物を口に含んだ。
「あ、これあげます」
 デザートの皿をシモンの方へ、そっと押す。
「では、僕はこれで。ごちそうさま」
 シモンは食事の手を止めていたが、ロシウはその間黙々と食べており、綺麗に片付けられていた。席を立ち、トレイを持って去っていく彼の背に、かける言葉は浮かばない。
 シモンの取ってきた食事の中にはデザートが無い。単純に食べるつもりは無かっただけなのだが、せっかくなので頂く事にする。
 丁度良い冷たさ、丁度良い甘さ、後味がすっきりとして残らない。
 まるで、ロシウのようであった。そう思ったら、なぜか二口目が進まなかった。







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