まんまる



 真夜中――――まんまるな月がプクリンギルドを照らす。
 親方プクリンの部屋では、弟分を庇って重症を負ったペラップがプクリンに介抱されていた。
 乾燥させた草で作ったベッドに寝かされて、治療を施す。幸い、一命は取りとめている。意識は薄いらしく、うなされるペラップ。
「………………んん………う……」
「痛むのかい」
 プクリンは大きく、月のようにまんまるな瞳に涙をためながら、零さないように耐えた。ペラップの方がもっと泣き出したい痛い目に遭っているのだ。そう心の内に言い聞かせながら、優しく羽根を撫でてやる。
 寝ずに看病するプクリンに、ギルドの仲間は交代を申し出た。けれども断った。
 同じ過ちを繰り返させてしまった戒めか、それとも一番の相棒を一番近くで見守りたい独占欲か――――二匹だけにさせて欲しかった。
 突き放した訳ではない。気持ちだけで十分だった。あの頃は、本当に二匹だけの時は、どうしようもなく孤独で、途方に暮れていたのだから。今は落ち着きと自信があった。ペラップは助かるし、停止しようとしている世界も助かると。
 涙を拭い、気を取り直して強い気持ちで、ペラップの様子を覗きこんだ。


「ん……………?」
 ペラップが薄く眼を開けて、こちらを見る。
「ペラップ!……大丈夫かい」
 つい大声を出してしまい、体調を伺う声は潜められた。
 薄くクチバシを開けるペラップだが声が出ない。ゆっくり頷いて無事を伝える。
「良かった……」
 安堵すれば、また目の奥が染みてきた。
「良かった……良かった……」
 何度も同じ事を言って、瞳が潤む。
「親方様………」
 呟くペラップの声色には怪訝がこめられる。
 親方であるプクリンは敬愛し、畏怖さえも覚えていた。自分の為にこうも心配してくれるプクリンに嬉しさがこみあげるが、こうも嬉しいと逆に夢なのではないかと疑っている。夢心地が過ぎると、くすぐったい。
 現実かを確かめる為に頬を叩こうとしても、羽は力が無く上がらない。もう少しプクリンの方へ向き直ろうとすると痛みが走った。やはり現実である。
「なにやっているの。動くと痛いでしょ」
 ペラップの不審な様子にプクリンは瞳をきょろきょろさせた。
「い、いえ」
 まさか優しすぎるプクリンを疑ったなどとは、とても言えない。
「あ、わかった。包帯がきついんだね。ごめん、汚れちゃったし取り替えようね」
 ひらめいたとばかりにプクリンは笑う。包帯を取りに背を向ける彼を慌てて呼び止めた。
「ち、違いますっ。あたた」
 つい羽を上げてしまい、痛みに涙目になる。
「どうしたのペラップ。駄目だよ動いちゃ」
 プクリンは覆いかぶさるようにペラップの身体を支え、寝る体勢を整えてやる。
 わわっわっ。ペラップの胸は高鳴りに襲われた。高鳴りすぎて、危うく止まってしまいそうだった。そう、恐れてはいるが、親方は穏やかで優しい。そんな親方が大好きだったはずなのに。いつの間にか愛は恐怖に侵食されていた。どうしてギルドに、プクリンの傍にいるのか。この短い間にペラップは昔の気持ちを思い出そうとした。しかし同時に、同じ過ちを繰り返した自分の不甲斐無さも蘇ってくる。


「親方様……」
 耳元でそっと囁く。
「申し訳ございません。ワタシは、また」
「違うよ。ペラップのおかげで彼らは助かったじゃないか。謝るのはボクの方さ」
「そんな、ワタシは」
「言い合っても仕方ないよ。皆無事だった。それで良いとしようよ」
 ペラップは口を閉ざし、プクリンは身体を離す。
「そうだ。なにか欲しいものはあるかな」
「ええと……」
 考えるペラップだが、答えたのは言葉では無く、腹の音だった。
「うん」
 プクリンは頷き、もう一度背を向けて何かを取りに行ってしまう。気恥ずかしさを誤魔化す間は与えてはくれない。気にしていない素振りが、妙に羞恥を煽ぐ。
 すぐに戻って来た彼の手には、あるものが抱えられていた。
「それは」
「うん、セカイイチ」
 セカイイチは大きな林檎。プクリンの大好物である。
「美味しいよ」
 いつも美味しそうにセカイイチを食べる姿はよく知っていた。知っているからこそ驚きを隠せない。
 美味しい分、そう手に入らない代物なのだから。
「たあ―――――――!!!」
 気合の一閃。プクリンの手刀がセカイイチを真っ二つに割る。割れたものをさらに手頃な大きさに割って、ペラップに差し出した。
「さあ、お食べ」
「は、はい」
 受け取ろうと羽をうっかり上げてしまい、痛みにうずくまる。何度も上げては同じ事ばかりを繰り返している気がした。プクリンの行動一つ一つに、身体が反応せずにはいられないのだ。
「あ」
 その時、初めて傷口から滲んだ血がベッドを汚していた事に気付く。
「気にしない。口を開けて、食べさせてあげる」
 プクリンはペラップの額に手を当てて、自分の方へ向けさせる。クチバシを開けた中に林檎を入れてやった。
 普通の林檎では到底味わえない甘みが広がり、瑞々しさが喉を潤した。
「美味しいでしょ」
「美味いです♪」
 ペラップは機嫌が良いと語尾に“♪”が付く。
「これも、それもね♪」
 ペラップの機嫌につられてプクリンも上機嫌になった。
 次々とセカイイチを食べさせるが、次第にペラップの腹は膨れていく。
「親方様、もう入りませんって」
「そーお?」
 ペラップが断った途端、プクリンは残ったセカイイチを平らげた。彼も空腹であった。
 腹が膨れれば眠気が襲ってくる。不自然なリズムでペラップは瞬きをしだし、舟を漕ぎ出した。
 眠くなったのはペラップだけではない。プクリンも目を開けているが、夢の世界に足を片方突っ込んでいる状態だ。
「……すう……」
 プクリンの身体はそのまま前に傾いて、ペラップの身体に圧し掛かった。
「うげ」
「………すー……」
 ごろんと寝返りを打ち、潰れずに済んだ。
「すー」
 プクリンの安らかな寝息がすぐ横で聞こえる。
 昔、二匹で冒険した頃は子守唄のようだった。プクリンの安らぎがペラップの安らぎでもある。身体の痛みも自然に忘れられた。
 動けるようになったら、またギルドで働きたい。彼の傍にいさせて欲しい。
 静かに眼を閉じ、夢の世界に入った。




 ギィ……。
 そっと外側から親方の部屋の入り口が開けられる。
 先ほどのプクリンの声で起きたキマワリが様子を見に来たのだ。
 彼女の目には仲良く並んで眠る二匹が映る。
「なんでもないみたいですわね」
 音を立てないように閉めて去っていった。


 窓の隙間から月の光が注ぐ。
 淡い光は星が生きている証。かけがえのない貴重な時は、刻々と刻まれていった。







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